屍鰐(コープスダイル)
監視者からの刺客ハウンドは、持ってきた魔物の死骸で死霊術を発動させた。すると魔法陣の上にあった沼地竜の半身はみるみる膨張し、歪な球状の肉塊になった。紫色をしたその肉塊は、今にも張り裂けそうなほどパンパンに膨れ上がっており、表面に走った血管のようなものが不規則に脈動している。
すぐさま攻撃が飛んでくると身構えていたカルカは予想外の出来事に肩透かしを食らった気分になり、小ばかにしたような態度で相手を挑発する。
「どんな術かと思えば…なんだぁ?その玉っころは?弱そうでがっかりだぜ。」
「まあまあ、そう焦らないでくれよ?面白いのはこれからさ。」
「はぁ?そんな悠長に待つ馬鹿がいるかよっ!!」
カルカからの挑発を軽く受け流したハウンドは、もう少し待つように提案するが、当のカルカは敵の言葉を素直に聞いてやる義理はない、と言わんばかりに術者であるハウンドに向けて攻撃を仕掛ける。
突っ込んでくるカルカに対し、一切動じた様子を見せないハウンド。魔術師特有の違和感を覚えたエリノラはカルカに向けて警戒するように叫ぶが、少し遅すぎた。
「待って!!そいつ何か企んで…」
「危ないよ?」
肉塊の横をすり抜けようとした瞬間、ハウンドの呟きと共にその塊が弾け、直後強い衝撃を全身に受けたカルカは、走って来た方へ弾き返される。通路を二転三転した後、地面に爪を立てて態勢を立て直すが、立ち上がろう力を入れた瞬間に右肩に痛みを感じた。見ると人間の指ほどの大きさの骨のトゲが何本も刺さっている。
「だから待ってって言ったのに…その怪我大丈夫なの!?」
「ハッ!こんなの大したことねえよ、それよりも…奴の言う通り面白いのが出てきやがったな。」
肩に刺さったトゲを躊躇なく引き抜きながら、視線の先に鎮座する自分を殴り飛ばした存在に目をやり、ニヤリと笑うカルカ。それはワニのような頭をした巨大な怪物だった。
見た目は前傾姿勢の二足歩行獣といった感じで、ワニに似た頭には細長い牙がいくつも生えており、何の意味があるのか根元からウニョウニョと動いている。皮膚はただれた肉のような見た目をしており、頭と体の一部には、肉が付いておらず骨がむき出しになっている。カルカを殴り飛ばしたであろう、大きな前腕には無数の細長いトゲが皮膚を突き破るようにして生えており、殴られた者は追加で負傷を負う仕組みらしい。
「ハハッ!どうだい?これが死霊術の力の一つ、不死生物の生成さ!ワニ魔物をベースにしてるから名前は…”屍鰐”ってとこかな?いや~我ながら実にいい仕上がりだよ!」
ハウンドは自分が生み出した化け物に名前を付けると、芸術家が傑作を生みだした時のような興奮した声で自分の創作物を褒め称える。そんな不気味な死霊術師の自画自賛を聞かされつつ、カルカは自分を殴り飛ばした化け物の様子を窺い、エリノラはこの状況を打破する策を考えていた。
まずいわね…接近戦主体のカルカにとって、この化け物はこの上なくいやらしい相手だわ。相手の攻撃を防御するだけでダメージを負うリスクがある上に、相手に防御されても同じようにこちらがダメージを負う可能性がある。ここは優先して術者を…。
気付くと先程まで眼前で様子見をしていたはずのカルカが、いつの間にか化け物に突っ込んでいた。
「あ!コラッ!馬鹿男!無闇に突っ込むな!!」
エリノラは慌てて呼び止めるが、走り出したカルカに少女の声は届かない。屍鰐の巨腕による薙ぎ払いを躱し、大きく跳躍したカルカは、怪物の直上から眉間目掛けて拳を繰り出した。
「喰らえやオラァアッ!!」
青年の気合の入った怒号と共に屍鰐の頭は、肉の中で何かが砕けるような不快な音を立てて、そのずんぐりとした胴体に埋没した。頭を潰された巨体はフラフラと体を揺らすと、前のめりに倒れこんだ。




