裂けるワニ公
しばらく下水道を彷徨った二人は、今までのものとは違う都市外へ続く大きな下水路にたどり着いた。
水路の幅は倍以上に広がり、両脇には二人並んで歩けるほどの歩道があった。そして何より二人が喜んだのは、通路内を吹き抜ける風だ。それは周囲の悪臭を取り払うと同時に、薄暗い下水道がもうすぐ終わることを告げていた。
外から吹き込む風の存在に元気を取り戻したエリは、嬉しそうに愚痴をこぼす。
「あぁ~!この水路を辿ればやっとここから出られるよ~!」
「そうだな、飯はないし敵はいねぇし、退屈で死んじまいそうだったぜ。」
頭の後ろで手を組みいかにも退屈そうなカルカに、あきれた様子で文句を返すエリ。
「あんたって救いようのない戦い馬鹿なんだね…ちょっと引くわ。」
「うるせぇ、俺の勝手……」
突如何かの気配を感じたカルカは喋るのを中断し、周囲の様子を窺う。前を歩く少女にも動かないように合図を送ろうとするが、立ち止まったカルカに気付かずスタスタと歩きながら能天気に喋りだすエリノラ。
「はいはい、勝手ですよ。…?なんで急にだま―」
『―グゥルルシャァァ』
直後、エリの立っていた真横の水路から巨大なワニのような生物が飛び出し、彼女に食らいつこうと大きく口を開く。
カルカは咄嗟にエリのローブを掴んで自分の方に引き寄せ、もう片方の腕で襲撃者を殴り飛ばしす。間一髪のところで助けられたエリは、まじまじと通路の奥に殴り飛ばされ、唸り声を上げる生き物に注目する。そのワニような生物は下あごから大きな二本の牙が突き出しており、頭には魚のヒレに似たトサカが生えていた。皮膚は固そうな深緑の鱗に覆われ、殺意の籠った眼光で暗闇からこちらを睨んでいる。
「ハッ!これで貸し借りなしだな?…しっかしコイツはなんだ?魔物だよな?」
「ええ、魔物よ。沼地竜って呼ばれてる、でもどうしてこんなとこに…?」
「どうせどっかの物好きが飼いきれなくて捨てたんだろ。まあおかげでこっちは遊び相手ができたわけだが…。」
沼地竜は南方の暖かい湿地帯に生息している魔物だ、しかしカルカの言う通りこの都市の地下市場では、危険な魔物も当たり前のように販売されている。経緯は不明だが恐らくこの魔物もそこからこの下水道にやって来たのだろう…。
少女が冷静にそんなことを考えていると、頭上でカルカが怪訝そうな声を上げる。
「…おい!いつまでくっついてる気だ?いい加減離れろ!戦えねぇだろ!」
カルカに叱責され我に返ったエリは、自分が青年の体に抱き着いたままになっていたことに気付き、顔を赤くしながら慌てて離れる。少女の束縛から解放されたカルカは、通路の先で口を開け唸り声を上げる沼地竜を見据え、ニヤリと笑うと拳を構えた。その鱗の生えた拳がカルカの闘争心に呼応するように、ギシリと音を立てる。
不気味な笑みを浮かべながら、握った拳に力を込めるカルカに少女は問いかける。
「あなた…アイツの倒し方分かってるの?」
「ああ?そんなの殴ってから考えるに決まってんだろ!いいからお前は黙って見とけっての。」
「はぁあ?何よそれ!馬鹿すぎるにもほどが…って、コラ!人の話を最後まで聞けぇっ!」
ムッとした表情で文句を言う少女をよそに、再び魔物に向き直ったカルカは一直線に魔物に向かって走り出した。
勢いよく駆け出したカルカに反応した魔物は、同じようにカルカに向かって進みだした。そして間合いに入ったカルカが大きく拳を振りかぶり跳躍すると同時に、沼地竜は大きく口を開き、諸共食らいつこうと飛び掛かる。その刹那、カルカは振りかぶっていた拳を下ろし体を捻ると、ワニ魔物の鼻先と顎先を掴んだ。そしてその体勢のまま地面に着地すると、必死に閉じられようとする魔物の口をじりじりとこじ開けていく。
常人を凌駕するカルカの腕力により、沼地竜の両顎はメキメキと鈍い音を立てながら限界まで広げられていく。そしてこれ以上開かないほど魔物の口が開かれた瞬間、カルカはニヤリと不気味な笑みを浮かべ、力の籠った掛け声と共にワニ魔物を頭から真っ二つに裂いてしまった。
「ギャハハハハハッ!残念ながら俺の方が力が上だったみてだなぁ?おいガキんちょ魔術師!見てたか?これが俺の戦い方だぁ!ギャハハハハハッ!!」
静まり返った下水道内にカルカの不気味な笑い声が響く中、青年の化け物じみた所業を目の当たりにしたエリノラは強く確信した。
この男……化け物かよ。




