地下市場の監視者
「ね、ねえあんた!こんな質問変かもだけど…加護って知ってる?」
「ぁあ?あいつもそんなこと言ってたな…知ってたらなんだってんだ?」
唐突に発せられた奇妙な質問に対し、思い当たる節があるような口ぶりで答えた青年。
やはりこの男、師匠と同じ”加護持ち”なんだ。だとするとこのデタラメな強さと丈夫さにも納得がいく。ならこのまま戦っても勝ち目なんてないわね。ここは一先ず…
エリノラは青年の矛先を自分の師匠に向ける作戦に出る。世界屈指の魔術師である師匠の強さならこの男にも問題なく対処できるはずだ。
「ちょっと相談なんだけど、あんたうちの師匠に会ってみない?」
少女からの提案にカルカは少し顔をしかめた後、何かを思いついたのか少し真剣な表情になった。
「あ?なんだよ急に…そいつはお前より強いのか?」
「もちろん師匠だもの、あたしなんかよりずっと強いわ。良ければ紹介するけど?」
よしよし!いい感じに誘導できてる。このままこの面倒な人の興味を師匠に向けれれば何とか助かるはず!
心の中で作戦がうまく進んだことに、したり顔を浮かべ喜ぶ少女だったが、直後青年から発せられた言葉によって全てが水の泡となった。
「まぁ、それは後でいいか。今はお前との決着を付けるのが先だ!」
そう言って喜色の表情を浮かべるカルカ、しかし少女エリノラにとってその顔は人の心を弄ぶ悪魔のようにしか見えなかった。少女は必死に時間稼ぎを行いつつ次なる作戦を考えるが、もう何も出てこない。
「い、いやー…あのーですね、あたしなんか倒しても全然楽しくないと思うんですよ!それよりも師匠をですね…」
「うるせぇっ!歯ぁ食いしば―」
「―おい貴様らか?この騒動の原因は…」
カルカが今にも飛び掛かろうとした瞬間、その背後から音もなく奇妙な集団が現れた。
十数人くらいだろうか?全員が同じ黒いコートに白いペストマスクを被り、身動き一つせずこちらの様子を窺っている。不気味だ。
「やばいよ…”監視者”だよ…。」
「ぁあ?なんだそれ強いのか?」
「あんた馬鹿なの!?奴らは地下の治安維持を謳いながら裏で捕まえた人間を奴隷として売ったり、消したりしてるヤバい奴らだよ!早く逃げないと!!」
彼ら”監視者”は治安維持組織を名乗ってはいるが、そこに道徳や法律なんてものはない。捕まった場合、運が良ければ奴隷として売られ、悪ければ想像もできないほど惨い目に遭わされると噂の地下世界では屈指の激ヤバ集団だ。しかも地下の執行機関として商業都市から援助を受けているらしく、構成員もかなりの手練れがいるらしい。
もう最悪!絶対に目をつけられるなと師匠から言われてたのに…。
”監視者”達の先頭に居た男が恐怖を感じさせる静かな口調でカルカに話しかける。
「そこの赤髪、貴様だな?賭博区画を滅茶苦茶にしたガキってのは。」
泣く子も黙るような恐ろしい集団に喧嘩を売る奴なんてこの地下世界には一人もいないはずだった。しかし眼前の青年はとんでもなく反抗的な態度で集団に対し喧嘩を売る。
「だったらなんだってんだ!ぁあ?てめぇらこそ人の喧嘩に水を差しやがってよぉ!そのふざけた面ごとぶっ飛される覚悟…できて…」
突如集団に向かって喧嘩を売っていたはずのカルカが、静かになりその場に倒れた。見ると胸に十センチほどの針が刺さっている。
「なん…だ、体…しび…れ。」
「麻痺毒の針だ。しばらくは動けまい?さて次は魔術師のお嬢さんだが…」
監視者の男は視線をこちらに向けつつ懐に手を伸ばす。少女は咄嗟に集団の前に石壁を出現させ、横たわったカルカを浮遊する岩の腕で掴むと、魔法で開けた地面の穴に飛び込み塞いだ。
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何も考えずに飛び込んだ先は、むせ返るような悪臭の充満した下水道の中だった。好都合だ、このまま下水を辿って行けば街の外に出られる。
少女は何かが腐敗したような悪臭に顔をしかめながら、岩腕に掴まれたまま痺れた口で必死に文句を垂れている青年に目を向ける。
「はらせっ!おい聞いっれか!」
「あのねぇ!あんたのせいであたしまで狙われるはめになったじゃん!どうしてくれんのよ!」
少女はカルカを掴んでいる岩の手を自分へ引き寄せると、頭を思い切り杖でぶん殴った。
「ってぇっ!じぁなんれ助けた?りぶんあけにれれば良かったらろ!」
確かに彼の言う通り、自分だけ逃げるという選択肢もあった。いきなり喧嘩を売られたうえ、面倒ごとにまで巻き込まれたんだ、普通に考えて助ける義理なんてないはずなのに…。
「確かに…なんでだろ?でも助けたのは事実なんだから、ちゃんと恩返ししてよね!」
「はぁあ!?」
不満そうな声を上げた青年だったが、急に真剣な表情をしたかと思うと、今までの態度が嘘のような真面目な口調で話し始めた。
「…まあそうらな…恩は返さないろな。それと…」
「それと…何?」
言葉の続きを聞こうと近寄ったエリノワールに、カルカは頭が割れそうなほどの大声で怒鳴り散らす。
「さっさとこの腕放しやがれボケ魔術師がぁっ!!」
「うるっさいわっ!!」
もう麻酔が切れて来たのか突如明朗に発せられた大声に、色々なものが頂点に達した少女は再び杖を青年の頭に打ち付けた。




