第五話
宜しくお願い致します。
ギィ…バタン
扉が閉まる音が響くと、玄関にはアパートの一室の住人、宮森優が頭に雪を載せたまま立っていた。
ため息をついた後、雪を払い靴を脱ぐと部屋の中へと進み、鞄などの荷物を置いた後スーツを脱いで箪笥から下着を取り出し、風呂場へと入っていった。
数分後、体から少し湯気を発しながら風呂場から出てきて、半裸のままテーブルの上に置かれたリモコンを取り、ボタンを押した。すると、部屋に取り付けられたエアコンから暖かい風が出て、冷え切った六畳間の部屋を暖気で満たしていった。
「…はぁ、ホワイトクリスマス、全然嬉しくないわ。一週間前はそんな寒くなかったのに、急に冷え込むなんて。寒いし疲れたしゲームできないし、もう勘弁してよ本当…」
と愚痴を吐く。そして床に座り込み、そのまま寝転がった。
「あぁ、今夜か。はは、もしかして運営はクリスマスプレゼントのつもりかな? ははは、はぁ」
優はかなり疲れている様子だった。少し時間が経つと静かに寝息を立て始めたが、すぐに目を開け起き上がった。
「ッは! やばい寝てた寝てた! こんな格好じゃ風邪ひいちゃうし、ゲームができなくなっちゃう。それは嫌だ。何のために今日まで頑張ってきたんだ!」
と早口で言うと、箪笥から服を出し、買ってきていた親子丼の器を袋から取り出し、蓋を開けて中身を掻き込み始めた。一緒に買っていた味噌汁を飲み込み、ゴミ箱へ放り込むと、また風呂場へと行き、洗面台で歯を磨き始める。
色々とやることを片付けると、箪笥の上に置かれた時計を確認した。現在は23時45分、まだ大型アップデートをしている時間ではあるが、待ちきれない様子でヘッドギア型のコンソールを被り、パイプベッドに寝転がると何かを操作し始めた。
「…うん、まだみたいだな。早く0時にならないかな。でも大型アップデート明けだからアクセスが集中して入れないということもあるか…はぁ」
と呟くと、優は一度コンソールを外してテレビをつけた。
「…何か面白い番組はやってないかな。アニメはもう今週のは見終わっているし、ソシャゲは飽きたしなぁ。はぁ、本当にLFOが無いとダメだなぁ」
などと呟きながら、リモコンのボタンを押し続けた。
午前0時半、僕はベッドに座り、スマホを見ていた。
画面にはLFOの情報掲示板サイトが映っており、30分前に大型アップデートが終わったことのお知らせと、今回の急な大型アップデートについての説明、謝罪の文章が書かれている。
内容を読んでみると、どうやらまだLFOはサービスをまだまだ続けるようで、最後のアップデートとは今年の、ということみたいだった。あとは大型アップデートによって修正した内容や開催されるイベントの説明、対応が遅れたことへの謝罪などが書かれており、最後に今年の反省と来年の目標で締めくくられていた。
「…あーよかった~。まだゲームは続けられるみたいだ。よかったよかった。でも本当、今回の運営の対応はひどかったな。掲示板の書き込みがすごいことになってるよ。…さて、やりますかぁ! 一週間ぶりだから楽しみだ!」
と言いながら、ベッドの上に置いているコンソールを被った。
そして、コンソールのスイッチを押しゲームをする準備をすると、視界には光が満たされていく。
気が付くと、僕は真っ白な空間に居た。足場はなく宙を浮くようにその場にとどまり、いつも通りにこのホームエリアでメニューが出るのを待った。
すぐに右から左へとたくさんのアイコンが流れてきて、僕の前に等間隔で並び始めた。
そのアイコンの一つ、LFOのアイコンを選んで確認メッセージの[YES]にタッチをすると、周りから光が失われ、暗くなった。いよいよ待ちに待ったLFOの始まりだ。
…だが、いくら待っていてもゲームは開始されなかった。
それどころか、さっきのホームエリアにも戻ることさえもできなかった。
そのことに気づいた僕は、焦りを感じ始めた。なぜなら、こんなことは初めてだからだ。昔のパソコンやゲーム機だったら手動で強制的に電源を落とせば解決だろうが、ここではそんなことはできない。
意識はVRデバイスの中にあるので、自分の本当の手足でVRデバイス本体の電源ボタンを押し、強制終了することはできない。出来るとすれば、外から人を呼んで電源ボタンを押してもらうか、コンソールを外してもらうしかない。
しかし連絡が取れるかつすぐに対応可能な知り合いはこの近くには居ない。他に取れる手段としては、カスタマーサービスの人に対応してもらうくらいだが、来てくれるのに一日以上はかかるだろう。
どうしようかと悩んでいると、突然周りに変化が起きた。
どこを見ても真っ黒だった世界には、まるで冬の夜空に広がる満天の星々のように光がそこら中に溢れかえっていた。
上も、下も、右も左も、前も後ろもどこを見ても様々な大きさ、強さの光が闇を照らし、僕を中心に回っていた。
その不思議で、どこか神秘的な光景に見とれていると、光は次第に早く強くなっていき、僕を光の渦の中へと飲み込んでいった。
頭の中を混乱に支配された僕は、何の抵抗もできないまま、次第に意識を失っていった…。
ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!
ピンポンピンポン!
ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!
ピンポンピンポン!
「宮森さーん! いるんでしょう!? 出てきてください! 宮森さーん! …おっかしいなぁ、部屋にはいるはずなのに」
「すみません、こんな朝早くから」
「いいえぇ、私も気になっていたからいいんですよ。毎朝ゴミ出しの時に宮森さんに会うのに、もう三日も会わずにいたんですから」
「そうなんですか。いやぁ私も宮森さんが三日間無断欠勤してて連絡がつかないので、上司から確認しに行けと言われまして、本当困ったもんです」
12月31日 午前10時7分、恰幅のいい50代ぐらいの女性と、ひょろりとした20代ぐらいのスーツ姿の男性が、ある部屋の前で話をしていた。
女性は宮森優が住んでいるこのアパートの大家で、男性の方は会社の人間のようだった。
二人は宮森優の普段の様子を知っているので、この三日間のことを不思議に思いながら、宮森優が住んでいる部屋の扉を叩いていた。
「中の明かりがついていることと、エアコンの室外機が稼働しているから、部屋の中にいると思うのよねぇ。もう鍵を開けて確認させてもらいましょ」
「すみません。よろしくお願いします」
大家はマスターキーを取り出し、部屋の鍵を開けた。
「お邪魔しますよ。宮森さーん。いるんでしょ。課長が怒ってますよ! 寝てるなら起きてください!」
と言いながら部屋の中を会社の同僚がズンズンと入っていった。すると、パイプベッドにヘッドギア型のコンソールを被りながら横になっている宮森優の姿を見つけた。
「この三日間ゲームをしていたのか? ちょっと宮森さん! 起きてください!」
肩を揺さぶる。しかしまだ宮森優は起きない。
「ちょっと、起きてくださいよ! ほら、強制終了させますよ! いいですか?それっ!」
と言うと、ヘッドギア型のコンソールを外した。そして顔を見た瞬間、
「ほらっ! 早く会社に…ってあれ、宮森…さん?」
しばらくして、宮森優の身体は救急車に運ばれ、近くの病院で死亡が確認された。
五日前の12月26日、午前7時にこのような緊急速報が放送されていた。
「今日の12月26日の午前中に、謎の死亡事件が全国で発生しました。死亡者数の正確な人数は今だ把握されておらず、死亡者の発見が午前4時から相次いで報告されています。
多くの亡くなった方々の死亡時間は午前0時から2時に集中しており、このことから何らかの共通点が見られます。
この死亡者の主な共通点は、VR装置を付けたまま死亡していた事、あるゲーム『Last Fantasy Online』にログインしていた事などが挙げられています。
この事件はVR装置が世に出てから初めての死亡事件です。このことは歴史に刻まれることでしょう。
では専門家の方々に来ていただいているので、話を聞いてみましょう。スタジオの方、どうぞ!」
「はい、こちらスタジオの…」
このようなニュースがどのニュース番組でも流されており、ネットや色んなところで話題となっていた。
中には、遊び半分で「Last Fantasy Online」にログインしようとするものがいたが、エラーの表示が出続けてログインすることが出来なかった。
多くの死亡者が出た時間帯に同じようにログインしようとしていた人たちに、当時の状況をインタビューされたが、その人達もエラーが表示され、ログインすることはできなかったと報道されていた。
なにやら専門家たちもバグだとかハッキングだとか騒いでいたが、本当はどうなのかわからない。
ゲームのスタッフにも事情聴取したが、緊急大型アップデートをしていたこと以外はいつもと終わりは無く、アップデート後も異常は無かったと言った。
事態を重く見た警視庁が特別チームを編成し、各専門家たちを集め、最後にはVR装置の発明者や研究者までもが出て原因究明に取り組んでいた。
しかし、原因は結局解らずじまいだった。
このことから集団オカルト事件だとか、神隠しみたいなことが起きたんだと言われるようになり、しばらくは歴史にも残る大事件だということで皆騒いでいたが、少しずつ興味は薄れていき、忘れ去られていった。
このようなことがあり、事件後、何らかの原因であると考えられた「Last Fantasy Online」から多くの人が離れていき、しばらくすると運営からサービス終了の発表がされ、ひっそりとその十年間の歴史に幕を閉じてしまった。
その後、一部の人々はVR装置に対しての危険を叫んでいたが、VR装置の取扱説明書の文章の中に注意の言葉が入ったこと以外は、特に変わりはなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。
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