第三話
宜しくお願い致します。
バタン。
扉が閉まる音が部屋に響くと、宮森優が玄関に立っていた。
優は、その靴が二足しか置けないくらいのスペースしかない土間に靴を脱ぎ、台所の前を通って6畳間の部屋へと入っていった。
「はぁ、今日も疲れた…。繁忙期だからって忙しすぎだろ。これじゃゆっくりご飯も食べれないよ」
独り言をこぼしながらスーツを脱ぎハンガーに掛け、下着とタオルを箪笥から取り出し、風呂場へと入っていった。
しばらくすると、髪がまだ濡れた状態で出てきた。
服を着ると冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルタブをカシュッという音と共に開け、中の液体を喉へと流し込んだ。
それから仕事帰りに買ってきたのか、ビニールの袋の中から少し冷めた牛丼の器を取り出し、蓋を開けて中の肉を一口食べた。
「あぁ、もう今週ずっと牛丼だよ。たまには野菜も食べないとなぁ。それはそれとして、明日は休みだし、今日は朝までやりますか」
と言うと、牛丼を掻き込んでビールを飲み込んだ。そしてゴミとなったそれらをゴミ箱に捨てる。
「さてと、あとはもうやることは無いかな」
確認するように周りを見ると、VRデバイスに繋がっているヘッドギア型のコンソールを被り、パイプベッドに寝転がった。
「それじゃ、始めますか」
「さてさて、今日は何をしようかな?」
気が付くと、いつもゲームを始める際に見る寝室の天井だった。
夜なので部屋は暗いが、すぐに部屋に備え付けられた燭台に火が灯り、暗かった部屋を一気に明るくする。すると、部屋の扉が開き、メイド服の女性、グローリアが入ってきた。
『おはようございます。ユグドラシル様』
「あぁ、おはよう。夜だけどね」
『…』
「…返事が返ってくるように設定してないから仕方ないけど、寂しいなぁ。今度運営にお願いしてみようかな。テロップだけじゃなくて音声出力も。あと、挨拶の種類も追加で。よっと!」
僕はベッドから立ち上がり、メイド服を着た女性、グローリアを見る。
彼女はNPC、従者システムでプレイヤーに一体は与えられる従者である。
従者はプレイヤー達の選択によって、様々な人種であったり、外見だったり、服装も千差万別に作られている。
僕もこのグローリアと名付けた従者を、自分の趣味全開で好きなように人種の設定、外見の変更をしていた。
まぁ、そのために苦労もしたし、運営と契約しているデザイナーさんとプログラマーさんにはかなりお世話になったが、その苦労に見合った、いやそれ以上のものができたから僕はとても満足している。
元は森妖精族であったが、レベルを上げ進化をし続けたので、今では古代白妖精族になっている。
身長は170cmと高身長の美女で、絹糸のように艶やかなブロンドの長髪を三つ編みにしてまとめている。
着ているのはクラシカル風のメイド服で、僕のメイド服へのイメージを形にした。
ワンピースはロングタイプの長袖で、無駄な装飾は無く、足元の裾に一本の白い線がぐるりと描かれている黒の無地のものである。エプロンは胸元からワンピースの裾を隠すほどの真っ白のロングタイプ、肩や裾に少しおしゃれにフリルがついており、腰の後ろに蝶結びで留められている。
他にも鮮やかな緑色の宝石、ペリドットの粒が装飾されたチョーカーを首に巻き、ブラックリボンタイを首元に結んでおり、頭にも可愛らしくフリルが着いたカチューシャを付けていた。
身体は高身長に似合ったスレンダーな、しかしその豊かな双丘がメイド服の一部分から己の存在感を示している。
テーマとしては「貞淑」で、出来上がった彼女を見ると印象としてはイメージ通りお淑やかな感じになったと自分では思う。
そんな外見にも関わらず、戦闘職業のメインは「忍者(影)」で、サブは「特級巫女」なのでバリバリの前衛職であり、ヒーラーでもあるのでガンガン前線に出られるようになっている。
そんな僕の理想である彼女を連れ歩いていくと、リビングについた。
リビングには暖炉があり、その前にゆりかご椅子や暖かそうなソファ、テーブルが置かれ、今みたいな寒い時期にピッタリなイギリス風の家具を揃えており、またそのリビングの一角には和室を作っている。このリビングを作るときも色々調べて、違和感が無いようにアレンジを加えて作成したので大変であったが、完成後の様子を見て大変感動した思い出がある。
リビングの中央にあるテーブルの席に着くと、僕はグローリアに指示を出す。
「食事、【炎舞牛のステーキ】を作って」
『承知致しました』
グローリアは機械的に返事をした後、リビングの隣にあるキッチンへ向かった。
少しすると、
『【炎舞牛のステーキ】ができました』
というメッセージが出ると共にシステム音が鳴り、テーブルに分厚いステーキ肉の載ったプレートと飲み物が置かれた。
「いただきます」
僕は手を合わせ、食事を始めた。
食べ終わると、食事によってバフが付与されたことを知らせるメッセージが出てきた。これで鍛冶仕事をするための準備ができたことがわかった。
リビングから庭へ出て、右手の方の奥にある建物へ向かう。中へ入ると、まだ火が入っていない炉が鎮座しており、整理整頓された鍛冶道具がその周りに吊るされていた。
炉の前にポツンとおかれた椅子に座ると、炉に火が着き、鍛冶仕事をする際に出てくるシステムウィンドウが開かれる。
それに各設定の入力をしていくと、鍛冶場の倉庫から金属などの材料の塊が飛んできて、金床の上に浮かんでいた。その一つを火箸で掴み、炉の中に突っ込む。その際に表示されるゲージを注意深く見て、一定のところまで達したのを確認し引っこ抜くと、真っ赤な炎のエフェクトを纏っていた。
その塊を右手に持った大きなハンマーで、何度もやって覚えたリズムや力加減で叩く。
この時に適当な叩き方をしたら失敗してしまうので、ゲームといえども気が抜けない作業である。
このリズムを覚えるのにどれだけ貴重な材料を無駄にしてゴミを生み出してきたのか、今思い出しても涙が出てくるものだ。
その作業を、時には熱した材料を混ぜながら何度も繰り返していた。
しばらくして、叩いていた真っ赤な塊から七色の光が漏れてくると一瞬、強い光が発せられた。そして光が収まると一本の短い刃がでてきた。
「よし、一本目ができた。性能は…おぉ、伝説級だしなかなかいいんじゃないかな。服部半蔵・正成の槍の欠片を使ったのがいいみたいだな。なかなかの高ステータス。おっ、スキルもちゃんと付与されているね。「忠義の心[鬼]」、全ステータス1.5倍と、アレ?さらに敏捷値が1.5倍って、へぇ、ラッキーだね。それじゃ、デザインを張り付けるか」
今出てきたこの刃に対してデザインデータを張り付け、仕上げに入る。
「よし完成!じゃあ次に行きますか。次は予定通り「望月千代女の小刀の欠片」を使って作ろうか。攻略サイトだとスキルで回復系のものが付与されるって書いてあったし」
また、先ほどと同じように製作を始めた。
「よし、完成! 性能は…神話級でもステータスはそこそこだなぁ。まぁスキルが目的だからいいけど。…うわぁ改めてみるとすごいなぁ。一秒間に5%、HPとMPを回復させるとか。うん? なんか知らないスキルついてるね。…うん「水大蛇の猛毒」か…、50%の確率で10秒に5%のダメージを与える猛毒とか確殺だね、流石神話級だわ。スキルも無事ついているみたいだし、んじゃ、デザインを張り付けて仕上げとするか」
もう一本の刃にもデザインデータを張り付け仕上げをすると、二振りの忍者刀が完成した。
「さて、これでグローリアの専用武器、『忍者刀[鬼の小刀]』と『忍者刀[大蛇の毒刀]』の完成だ。疲れたー」
僕はその二振りの忍者刀を背伸びをしながら見る。
二振りの小刀『忍者刀[鬼の小刀]』と『忍者刀[水大蛇の毒刀]』は似たデザインの忍者刀で、鬼と蛇の文字と絵が彫られている。
刃は細く少し短いが、どちらも怪しく煌めいており、妖美さを感じさせるものであった。
「うーん終わった終わった。さっそくグローリアに装備させよう」
今まで後ろにいたグローリアのステータス画面を開き、装備欄に二刀の忍者刀を装備させた。
「これでよし。あっ、忘れていた。この前アリスさんに作ってもらった装備まだだったな」
また装備欄を操作すると、グローリアの服装が少し変わった。
グローリアの服装はこれまでとほぼ一緒だが、違う点は手に付けられた漆黒の手甲や、腕やスカートで見えないが足にもプロテクターが追加されている。
それを見て満足したので、僕はリビングに戻った。
リビングに戻り、ゆりかご椅子に座って音楽を流しながらアイテムボックスの整理をしていると、軽快な音楽が鳴るとともに通信画面が開いた。どうやらベリスさんからのようだ。
「はいもしもし、ベリスさんですか。お疲れ様です」
「お疲れ様です、ユグさん。夜遅くすみません。ログインしているのでどうかなと思ったのですが…」
「あぁ全然大丈夫ですよ。さっきうちの子の武器が完成して装備して一息ついているところなので」
「そうなんですか! おめでとうございます!」
「ありがとうございます。ところで何か御用があったのでは?」
「あっ、そうですそうです。お時間があったらなんですけど、明日の午後いつものカフェに来れますか? 皆さんでお話したいことがありまして」
「いいですよ。『鳥籠』でいいですか?」
「はい、皆さんもそこに集まる予定ですので、時間は14時くらいでお待ちしています」
「わかりました。ではまた明日」
「はい、失礼します」
会話が終わるとシュン、という音と共に通信画面が閉じられた。
「んー、なんかイベントでもあったかな?今週メールチェックしてなかったからなぁ」
僕はすぐにシステムウィンドウを開き、メールボックスを確認すると、運営から『重要情報』の吹き出しメッセージ付きの最新メールが届いていた。
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