第二話
宜しくお願い致します。
広場の中央には、9つの器が段状に積み重なり、最上位の器の上に浮かぶように配置されている球体から水が湧き出ている噴水、この都市のゲート兼モニュメントがあった。
その噴水から溢れた水が、多くの人達が行き交う広場の下にある水路へと流れていき、今も様々な種類の、一見魚のような生物や白鳥達が優雅に泳いでいる様子が見られる。
そのモニュメントの前に、複数人の男女が集まっていた。
その複数人の男女が楽しそうに話をしているところへ、紫色の金と銀で模様が描かれた豪華な、それでいて静謐な雰囲気を漂わす魔法使いのような恰好をした女性が近づく。その右手には自身の身長と同じくらいの長さの漆黒の杖を携え、左手側にはオーソドックスな執事服を着こなす男性を従えさせ、その集団へ声をかけた。
「やっほーみんな。時間通りお集まりのようだねー」
「アリスさんが最後ですよ。もう、夜の10時に待ち合わせって言ったのに何10分も遅刻してるんですか。5分前行動は社会人としての基本ですよ、基本」
「いやーめんごめんご。定時で帰ろうとしたのに、ギリギリになって仕事が発生してさー、もう大急ぎで頑張って終わらせて帰ってきたら9時45分だったんだよ。ほんっと嫌になっちゃうよー」
「あー、アリスさん忙しそうっスからねー。前のオフ会の時も「海外のお客様がー」とか言ってたっスもんね」
「そうなのよ。あっちは昼かもしれないけどこっちは夜とか朝だからハラハラするし、外国語だから対応できるのが限られちゃうから大変なのよー」
「それでも最低限の連絡ぐらいは」
「まぁまぁいいじゃないですか。私たちも結構ギリギリだったですし、そこまで待ってないですよ」
「ありがとヴィヴィちゃーん。んじゃベリスさんはいつ来たんだよー」
「十分前ですよ。まぁ、ユグさんはもっと前に来ていましたが」
「ほんと~? まぁいいや、みんなごめんね~。次は気をつけまーす」
「ったく本当に、ユグさんもなんか言ってやってくださいよ。一番待ったのあなたじゃないですか」
「いえいえ、僕はゆっくりしたかったのでちょうどよかったですよ」
「…まぁ、あなたがいいんならいいんですがね」
「ちょーベリスさんしつこーい。ユグさんごめんね。次は気を付けるよー」
「いいですよ、それよりお仕事は大丈夫なんですか?」
「うーん、まぁある程度片付けたし、大丈夫でしょ! 心配してくれてありがとー」
「それならいいんですが、それじゃ行きましょうか。今日は皆さんのNPC従者のレベリングでしたね」
ユグと呼ばれた、暗緑色をベースに、黒と金色の葉脈のような模様が全身に施されている西洋風の全身鎧姿の男性が他の男女へ声をかけると、肯定の意が含まれた返事が返ってきた。
「ではいつも通り、地獄で悪霊退治と行きましょうか」
その言葉を言い終えた後、その男女の集団は一人、また一人と光に包まれていき、消えていった。
時間は0時30分、真夜中である。
約二時間前に町のモニュメント前から消えた男女の集団が、戻ってきていた。
「うーん帰ってきた―! あー、疲れたわー」
「そりゃレベリングですもの。前みたいにダンジョンを攻略とかじゃなくて作業だから飽きるし疲れるわ」
「でも、おかげで目標だった全員のNPC従者のレベルマ達成できたじゃないですか」
「そうっスねぇ。これでやっとうちの子のビルド構築が完了したッス」
「まぁ、これで今度のイベントに間に合ったし、十分戦えますね。ねぇユグさん」
「そうですね。いやー長かったですね本当に」
「それじゃーあたし、明日も仕事あるんで落ちまーす。バイバーイ!」
「私もそろそろ寝ます。お疲れさまでした」
「お疲れっしたッス―」
アリスと呼ばれていた女性が姿を消すと、それに続いて次々と人が言葉を残して消えていき、最後に四人が残った。
「皆さんお疲れさまでした! また遊びましょう!」
「お疲れでした。それじゃユグさん。私も落ちます。今度のイベントも頑張りましょうね」
「はい、ベリスさんもお疲れ様でした! また今度!」
そして二人が残った。
「…はぁ、それじゃ明日も仕事だし、ちょっと片づけしてから僕も落ちよう。行こうか、グローリア」
「…」
ユグと呼ばれていた男性とグローリアと呼ばれたメイド服を着た女性は、住宅街へと歩いて行った。
「…ハウスに戻ったら今日のドロップアイテムを整理して宝物庫に入れて、お金は金庫に入れてっと。そしたらホントの家に帰りますかね。そうだ、この子の武器も新調しなくっちゃ。どんなのがいいかなー」
ユグと呼ばれていた男性、プレイヤー名「ユグドラシル」は、独り言を言いながらグローリアと呼んだ女性を後ろに控えさせて歩いていた。
住宅街に着いたがそのまま歩き続け、抜けた先にある森へ入っていった。森の中では道が整備されており、街灯も設置されている。しばらく歩き続けていると、門と庭付きの立派なログハウスが見えてきた。ユグドラシルは門を開け庭へ入り、
「ただいま」
と言いながら玄関へと入っていった。
ユグドラシルとグローリアは家の中を進んでいき、地下へと進んだ。そして鍵のかけられた金属扉の前で歩みをとめると、扉にかけられたロックを解除し、扉を開いた。
開かれた扉の先には、部屋の中心に重々しい雰囲気を漂わす、ところどころに幾何学模様が浮かんでいる金属製の箱と、様々なものが置かれた棚が所狭しと置かれていた。剣や盾などの武器も壁に立て掛けており、この部屋は倉庫なのだとわかる。
ユグドラシルが箱に触れると、周りに浮かんでいた幾何学模様が触れたところに集まって重なり合い、文字を映し出した。
「さて、今どれくらいお金が貯まってるかな?おっ、5億貯まっているじゃないか。十分十分。これで新しい武器用の素材が買えるね。じゃあ、ドロップアイテムも入れて…終わり。さて、やめますかぁ」
と言った後、その地下室から移動した。
移動した先は寝室のようで、ユグドラシルは今まで付いてきていたグローリアに
「待機」
と告げると、彼女はどこかへと歩いて行った。
そして、寝室の壁際に配置されたシックなデザインの大きなベッドに体を預け、眠る準備を始めると
「ログアウト」
と言う。すると次の瞬間、その姿は淡い光に包まれ消えていった。
「…ふぅ、戻ってきたか。それじゃ、寝ますかね」
そこは狭い部屋だった。さっきまでいたような寝室とは違い、6畳くらいしかなかった。
しかも、その6畳の部屋以外は二畳分のスペースにトイレと風呂、台所と思われるものが存在していて、他は歩くスペースしかなかった。部屋にはVR装置と机、パイプのベッド、椅子、テレビにタンスがあった。あとはプラモデルくらいしか置かれていなかったため、殺風景という言葉が似合う部屋であった。
そう、そこはユグと呼ばれた青年の、現実では宮森優の住居であるアパートの一室であり、一人の社会人の生活空間であった。
会社へ行き、仕事をし、家に帰ったら時間が許す限りLFOの世界へ行くのがこの男の日常であった。
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