073 俺と一緒に踊ってくれないか⑬
試合会場は盛り上がる。
そりゃそうだろう。サルヴェリア王国の次期国王候補である双子の兄弟対決だ。
学院の生徒が全てがこの会場のまわりに集まりつつあった。
どんな思惑があるんだろうな。
アルセスが圧倒的に勝つならそのままだろうが、エゼルが善戦しようものなら第二王子派が増えてもおかしくはない。
この試合の結果をあてにサロンで駄弁ったりするんだろうか。
次期国王候補としてこの国を支配するアルセス。
その対抗馬として少しずつ力を付けているエゼル。
もし賭けが行われるならおそらく9割アルセス、1割エゼルってところだろう。
実際まだエゼルの実力はアルセスには及んでいない。
俺の力を合わせてどうなるかってところか。
エゼルが俺達の所へやってきた。
「凄い人だね。僕はこれだけの前でアルトをやるのは初めてだから緊張してきたよ」
「全校生徒に大人達も含めて200人は超えてるか」
「そうか。僕の推しの声優ユニットが日本武道館14000の前で歌ったことを考えると大したことはないね。緊張が取れてきたよ」
「どんなリラックスの仕方だよ。せめてこの国のホールで例えろよ」
たまにコイツ本当にサルヴェリア人かって思うほど日本に精通している。
だが緊張が取れてきたならいい。
「エゼルくん、ファイトやで」
「ありがとう、さくらさん」
さくらもぐっと力こぶを作り、応援をする。
アウェイというわけではないが大半がアルセスが勝つと思っているだろう。
少しはその期待を裏切らないとな。
「ほらぁ、クイーンちゃんも応援しないと」
「ちょ、わたくしは」
横でシェーンに押し出されたクイーンが前に立つ。
好きな人の前ではあまのじゃくになるクイーン。何て言うやら。
「ふん、まぁ……その……えっと」
煮え切らない。
「両殿下、お時間となります。お並びください」
「そろそろ行かないと」
試合開始の時間が迫ってきた。
アルセスはすでに試合会場のマットの上で待っていった。
エゼルもそちらの方へ向かう。
「エゼル!」
クイーンの声にエゼルが振り返った。
「か、勝ちなさい!」
「……ああ!」
場内に響き渡る声にエゼルは強く言葉を返した。
「いい感じやね」
「そうだな」
友人視点でこの2人の関係を見守るのも悪くはない。
俺自身が散々な目に合ってるからな。そういう立場で色恋沙汰を見てみたいもんだ。
決勝戦は5本勝負となっており、その内3本を先取した方が勝ちとなっている。
長細いマットの上で王家の印が刻印された燕尾服を着る2人の王子。
あの2着だけでスーパーカーが買えるほどの金がかかってんだろうな。
その服を来たままこれから動き回るんだ。
貴族の嗜みって奴は豪勢だねぇ。
俺達がいる場所は公爵令嬢であるクイーンの威光で最前列でほぼ目の前だ。
2人の会話も聞こえる距離である。
「こうやってそなたと向かい合うのも久しいな」
「……そうだね」
「そなたと双子であることを余は恥じていたが、少しはマシになったじゃないか。兄としてたまにはらしいこと言ってやろう」
「相変わらずの傲慢さだね。でも僕はそんなあなたが怖かったし、敵わないと思っていた」
「フン……」
聴力にも自信がある方なので2人の声が聞こえてくる。
審判も始めたがっているが王子の2人の会話に水をさせず、困惑している。
「王国の全てを我が物ままに支配する。独裁王子アルセスはそういう人間だと僕は思い込んでいたよ」
「余は余の利益になるもの以外に興味はないだけだ。余のまわりには余が使えると思った人間だけいればいい」
「そうだね。でもそれを破ったのがレイジだった」
「……」
俺の名前を出されると何か気まずい。
だが口を出す場面ではないことは分かっているので何も言えない
「僕の想像していたあなただったらどんな汚い手を使ってでもレイジを破滅させると思っていた。その過程でフィアナさんすら手にいれると思いこんでいたよ。でもあなたはレイジを可能な限り対等なライバルに仕立てあげた。……あなたは自分と対等にぶつかりあえる人間を欲してたんだね」
「っ!」
アルセスの顔が若干歪む。
「双子なのに気づいてあげられなくてごめん」
「見くびるなよ愚弟。理解したような口をきくな」
「そうだね。今の僕じゃその領域に到達しない」
エゼルはアルトの武器である、ツールをアルセスに向ける。
「だから今日、あなたに勝って証明する。あなたと対等に立ち向かえるライバルは……レイジじゃなくて僕がなる」
「……」
言うじゃないかあいつも。
アルセスは表情変えないながらも少し雰囲気が変わったような気がした。
……今更だけど。あの二人と戦いたかったなって思う。
「だったらその思い上がりを砕いてやる。そなたもレイジも余に屈するが良い!」
「行くよ……兄上!」
「決勝戦、始め!」
◇◇◇
2人の王子がツールを構えた瞬間、試合開始の合図がなされた。
先に動き出したのはエゼルだ。
先手必勝、今日何度も戦っているのでエゼルの体は十分に温まっている。
今のままの勢いをそのままにツールを振るい、アルセスに向ける。
しかし。
その反撃はあっという間だった。
エゼルの行動を読んでいたアルセスがわずかな隙を見逃さず、ツールを突き出したのだ。
その一撃がクリーンヒットしエゼルの肩のパッドが光る。
この肩の判定パッドは打撃が加わると光る仕組みになっていた。
つまり第一試合はエゼルの負けとなる。
「アルセス殿下、1ポイントです!」
『オオオオーーーー!』
芸術的な勝利に歓声が沸く。
アルセスのやつ完全に狙った一撃だった。
エゼルは信じられない表情を浮かべている。
まだどのようにしてやられたか理解していないようだった。
「まだこれからよね!」
「……いや」
さくらの不安そうな顔に俺は首を横に振った。
このままじゃまずいな。
アルセスとエゼルが再びツールを構える。
2セット目のプレイが開始された。
「アルセス殿下、2ポイントです!」
さっきと同じ攻防でアルセスにポイントが付与されてしまう。
あっと言う間に後が無くなってしまった。
「エゼルくんが……」
隣でさくらがオロオロした様子をしている。
このままだと3本目もあっと言う間に取られてしまうな。
アルセスが突然、俺の方を見る。
そうだな。これは俺とエゼルで挑む戦いだ。
ここで終わらせるわけにはいかない。
「エゼル!」
「レイジ……?」
「俺の言うとおりに動いてみろ」
「……!」
「良いのですか?」
審判がアルセスに確認する。
「余が許可をした。この試合、2対1で来いとな! だが……レイジ、そなたが変わりに戦っても良いのだぞ?」
「必要ねーよ。エゼルだけであんたに勝てるさ」
俺とエゼルで目を合わせる。
次の3セット目が勝負だ。
試合開始のブザーが鳴る。
「っ!」
今度はアルセスが突っ込んできた。
さっさと決着をつけるつもりか!
エゼルも反応してツールを前に出し、対抗しようとする。
「エゼル、手を出すな。一歩下がって右手を下に」
「っ!?」
エゼルは俺の言う通りアルセスの強襲を下がって避けた。
「右足を前に出して、ツールを振り上げろ!」
「ちっ!」
前に出すぎたアルセスに隙が出来る。
振り上げたツールがアルセスのパッドに命中した。
「え、エゼル殿下1ポイント!」
『オオオオーーーー!』
エゼルのポイントにまた歓声が湧いた。
「零児くんの言うとおりで一本取るなんてすごいやん!」
「ああ……」
この第三試合、俺がアドバイスをしたおかげで一本を取れたと思うかもしれないが、実際はそう簡単なものじゃない。
指示した通りに間髪入れずに動ける人間はそういない。
正直アドバイスをしても勝てるかどうかは五分五分だった。
だが今のエゼルは俺のアドバイスにほぼ誤差無く動くことが出来ている。
頭の中で考えず、そのまま体を動かしているのか。
今のあいつは……俺そのものと言ってもいい。筋力量の差分はあるのだろうけど。
第4試合の開始のコールがされる。
今度は最初と同じでアルセスは待ちの姿勢となっていた。
今度はこっちから攻める番だ。
俺はエゼルのこれまでの動きであいつの運動能力を推測して、トレースしてみる。
「左足を前に出して、真っ直ぐに手を伸ばせ」
1戦目、2戦目で行ったエゼルの動きを口に出す。
この動きには明確な隙が存在する。
アルセスに軽々点を取られたのはそれが要因だ。
生じた隙をアルセスに攻められて今回も終わり……とはならない。
「手を曲げて腰を大きく曲げろ」
「っ!」
生じた隙を埋めて、攻撃へと転じる。
アルセスの動きも鋭いが……対応な無理な動きではない。
指示次第で十分に戦える。
「手を突き出せ!」
エゼルの突き出したツールがわずかにアルセスのパッドを叩いた。
これで2対2の同点だ。
「エゼル殿下2ポイント!」
「やったやった! これで……同点。この感じだと勝てそうやね!」
「そうでもないぞ」
「なんで? もしかして第一王子に秘策があったりするの?」
「多分ないな」
「じゃあ……」
俺はエゼルと目を合わせる。
「最後のセット……俺は何も言わない」
「な、なんで!」
さくらの言葉に俺は下がって最後の攻防を見守る。
この2戦は戦況をイーブンに持っていくのが目的だった。
そしてもう一つ。経験不足のエゼルの弱点をあいつに認識させる目的もあった。
ここから先はお互いの真の力で戦った方がいい。
もしこのまま俺の助言で勝ったとしても平民のアドバイスで優勝した情けない王子という声が少なからず出てしまうだろう。
最後くらいは正々堂々のタイマンが一番良いと思う。
「レイジの助言なしで余に勝つつもりか?」
「勝つよ。この2回で兄上の動きはよく見れた。勝ってみせる」
「図に乗るなよ、エゼル! 余が叩き潰してやる」
最後の戦いが始まった。
俺はその戦いを見ることをやめた。
目を瞑り……ただまわりの声だけでエゼルやアルセスの動きを想像していく。
さくらはアワアワした抑揚のない声をあげている。一進一退の攻防なのだろうか。
その横で大声でエゼルの名を叫ぶクイーンの声が強く聞こえる。
なんだ。素直になれてるじゃないか。
全5試合の中で最も長い攻防を決着がついた時、俺の耳に入った音は2つのパッドにツールの打撃が与えられたものだった。
そこで目を開く。
2人の王子の差し出した剣がお互いのパッドを突き刺していた。
対人戦での判定パッドは同時に光ることはない。より早く打撃を与えられた方のパッドが光る仕組みとなっている。
それゆえにパッドが光った方が先に打撃を受けたということになるため敗北となる。
タイミング的には相打ちだ。
この場にいる全員がどちらのパッドが光るのか見守っている。
光るまで一瞬のはずなのに随分と待ったような気がした。




