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071 俺と一緒に踊ってくれないか⑪

 あまりに衝撃な言葉だった。


「殿下も他の公爵貴族達もそれがまったく分かっていない。だから俺はフィアナのために動かなくてはならない」

「ど、ど、どういうこと?」


 堅物先輩は目を瞑った。


「彼女は人を惹きつける容姿ゆえに警戒心が強い。だが彼女は容姿に魅せられて声をかけてくる男達を一蹴している」


 それは……まぁ分かる。

 フィアナは基本、男性に対して明確な線引きをしており当たり障りのない言葉で関わらないようにしている。

 違うのは俺と自身に好意を向けてないと確信しているエゼルくらいなもんだ。


「だが……俺と話す時は違う。俺がフィアナと話すと彼女は微笑んでくれるのだ。きっと俺のことが好きでなければあぁはならない」

「それ爵位が高いからじゃねーのかよ。アルセスや他の公爵貴族にも微笑んでたぞ」

「フン、平民には分からないようだな。殿下や他の奴らと俺じゃ明確に違う」

「どう違うんだ?」

「愛を感じる。フィアナは俺を愛していると知っている」

「ええ-」


「俺が送ったプレゼントをいつもありがとうございますと受けとってくるのだぞ」


 そりゃ公爵子息のプレゼントを蔑ろにするわけにはいかんだろ。小学生でも分かるぞ。


 だめだ、コイツ。

 完全に己を見失っている。アルセスですら自分へ好意が向いてないって自覚していうのに……。


「それで俺を狙った理由は?」

「幼馴染という縁でフィアナを縛っていることだ。弱みか何か握っているのだろう。フィアナを解放しろ!」

「そういうことね」

「こんな平民一人制圧できんとは……ヴィラル家の私兵も格が落ちたな」


 平民相手だし、徹底的痛めつけてやろうって魂胆でこんな急に攻めてきたのか。

 さすが公爵坊ちゃんは人使いが荒い。この私兵達も急に言われて大変だったろーに。


「俺のフィアナと同棲など許されん! あの子は物静かで花や音楽を嗜む姿が魅力的なのだ。フィアナに余計な知識を与えるな」

「ふーーーん。フィアナのこと全然知らねーのな。それでよく愛し合ってるなんて言えたもんだぜ」

「なんだと!?」

「本当のフィアナを知らないやつがフィアナを語るな」


 そんなのフィアナじゃねーよ。

 尊いラブコメ漫画を読んで奇声を上げて、踊り出すのがフィアナだ。

 自分の望みのためにグイグイ食い込んでくるのがフィアナだ。


 物静かなんてほど遠い人物なんだよ。


「俺はこの後のアルトの試合で優勝し、フィアナと添い遂げる! 大観衆の前でフィアナと愛を確かめ合うんだ!」


 まさか堅物先輩がこういうキャラだったとは……。

 元々脅威は感じなかったがここまで話が通じない人物とはな。

 こういう男には痛い目にあってももらった方がいい。中途半端は良くない。


 だったら、アレしかねぇか。


「愛を確かめ合うって何をするんだ?」

「フィアナをこの手で抱きしめるんだよ! 跡取りのヴィラル家の嫁として迎えいれてじっくり教育してやる。あの美しいカラダの全てを余すことなく愛してやるんだ」


「随分お喋りじゃねーか先輩。アルセスの前でもそれだけ喋りゃ良いのに」


 堅物先輩が睨み付ける。


「殿下も殿下だ! 貴様のような平民やエドワードのような何を考えているかわからん男など重用している! 俺の実力を見抜かないなんて王族として恥ずかしい! 今日の試合で殿下やエドワードに勝ち、俺がサルヴェリア貴族で最も偉大であることを見せつけてやる」


 大した自信だが、俺の見立てが正しけりゃアルセスの判断は間違ってないようにも見える。

 まぁあいつもエゼルを愚弟扱いしてるから似たようなもんかもしれんが。


 しっかしよく喋る。アルセスの前でもこれだけ喋ったらいいのにねぇ。

 堅物は見せかけなんだろうな。


「がんばるねー。フィアナも殿下も見習えばいいのにね」

「そうだぁ! フィアナも殿下も……俺を見習って生きていけばいいんだよ!」


 よし、こんなもんでいいか。

 だがこの男はここでぶっ飛ばしてどっちが強いか分からせてやった方がいいか。

 俺のためにも、フィアナのためにも。


「今日の試合に自信があるってことは先輩、アルトが得意なんすか?」

「はっ、知らないか! 俺はこの学院のアルト部のエースだ。この学園で誰よりも強いんだよ!」


 アルセスがスポーツテストの時に戦った相手は3年の主将だっけ。

 主将とエース。どっちが強いかは知らんが。


「俺と勝負しましょうよ先輩。俺が負けたら……あんたの言うこと何でも聞いてやる」

「ほぅ、いいだろう」


 堅物男はにやりとする。

 アルトで負けるはずがない。この賭けなら勝てる、そう思っているのだろう。

 相手の得意分野で戦うのは得策ではないが……、必勝方法はある。


 

 サルヴェリアの伝統剣技【アルト】のルールは極めてシンプル。

 武器はツールと呼ばれる、軽くてよくしなる木の枝を使うことになっている。

 互いに向かい合って相手よりも早く利き腕の肩に取り付けた判定パッドに打撃を打ち込んだら1ポイントが入る。


 攻撃ばかりしているとカウンターでやられるし、守ってばかりだと一生勝てない。

 柔道と同じであまりに守りに入ると指導って形で相手にポイントが入るらしい。


 今回のような野良試合だと相手を倒して決着がつくことになる。


 堅物先輩が手に持つ箱を床に置き、ツールと判定パットを2つ取りだした。

 マイ道具ってやつか。その内の1つを俺に渡す。


「俺にアルトで挑んだことを後悔するといい」

「そっすね。お手柔らかにお願いしますよ」


 準備も完了。お互い向き合い、ツールを構える。


「平民、貴様は知らぬと思うがスポーツテストのアルトの試合は全て録画されているのだ」

「へ?」

「貴様の動きも殿下の動きも俺の頭に入っている。貴様に万に一つも勝ち目はない!」

「ふーん……まぁあの時の動きだったら勝てないかもな」


 俺は息を吸い、先輩の肩パッドに狙いを定める。


「まぁあの戦いで俺が本気を出したなんて一言も言ってないけど」

「っ?」


 先輩があらかじめ設定したスマホのアラームが鳴り響く。


 決着は一瞬。

 相手がこの競技に慣れているのであれば時間をかければかけるほど不利になる。


 だからこそ最初に踏み込んで……一気にツールを前に伸ばして先輩の肩のパッドに突き刺した。

 一介の高校生に反応できるはずのない領域。最強の傭兵である親父が得意とした神速の一撃。

 相手の反応より早く、開始の音が鳴ると同時に動けばどんな奴にだって負けることはない。

 もはやスポーツの試合ではない。ツールがナイフならその時点で死だ。


 判定のシールから音が鳴る。

 先輩は一歩も動けなかった。


「俺の勝ちだな」

「……え」


 俺はツールと肩の判定パッドを外して先輩に放り投げる。

 負けたことを分からない先輩が呆然としている。

 数秒の後、ようやく事態を飲み込めたようだ。


「こ、こんなの反則だ! 音が鳴る前に動いた」

「じゃ、コレ見る?」


 俺はトイレの床に置いておいたスマホを手に取る。

 ちょうど試合前に全体像が写るようにしれっと仕掛けておいたんだ。


 こんなことを言われる可能性を想定して動画を撮っておくのは当然だ。


 先輩に試合の動画を見せ、音と同時に動いていることを証明させる。

 0.1秒単位の動きだからスローにしないと分からないけどな。


「ぐっ……だがこんな無様な結末を認めるわけにはいかない!」

「認めないってアルトって宮廷剣術なんだろ? 試合の結果に意義を唱えるなんて貴族らしくないんじゃないの? 認めろよ」

「貴様ぁあ!」


 この種目は高潔な競技と言われている。

 競技者のモラルが試され、ルールもガバガバな所があるためこのサルヴェリア以外の国ではまったく広まっていない。

 日本でも聞いたことねーもん。

 この種目に想いをかけてるからこそ、ズルはできない。


「そろそろ試合も始まるし、俺は戻るわ」


 わりとすっきり勝負ついたし戻ることにした。

 先輩の横を通りすぎた瞬間、ブンとツールが俺に向かって振るわれる。

 当たり前だが当たるはずもなく、先輩と距離を置く。


「なんすか」

「貴様を……ここから出すわけにはいかん」

「ふーん」


 先輩はスマホを取りだした。


「今から警備兵を呼ぶ! そうすりゃ貴様は捕まる。公爵子息である俺に刃向かったのだからな! この惨状言い逃れはできまい!」

「はぁ」


 倒れてるのは確かに俺がぶっとばした公爵家の関係者かもしれないけど……か弱い高校生を7人の男が取り込んだって事実を説明すればいいんだろうか。


「えー、正当防衛だと思うけど」

「誰がそれを信じる! 平民の言うことなど誰も信じない。信じられるのは公爵家である俺だけだ!」


 穏便にすませたかったんだけどな。

 そっちがそういう手で来るなら仕方ない。


 選択を間違えたな先輩。あんたはその手を使うべきじゃかった。

 確かにこの国は貴族至上だ。平民である俺の声なんて誰も聞かないかもしれないな。


「じゃあ……先輩に言ってもらおうかな」

「は?」


 俺はスマホの《《音声》》アプリを操作して、再生のスイッチを押す。


《フィアナをこの手で抱きしめるんだよ! 跡取りのヴィラル家の嫁として迎えていれじっくり教育してやる。あの美しいカラダの全てを余すことなく愛してやるんだ》

《俺の実力を見抜かないなど王族として恥ずかしい!》

《フィアナも殿下も……俺を見習って生きていけばいいんだよ》


「この言葉を聞いて、アルセスとフィアナは俺とあんたのどっちを信じるかな」

「あ……あ……ああああああああああああああああ!」


 音声データってのは大事だ。

 親父からはどんな時でも録画、録音は重要な武器になるから絶えずしておけって口酸っぱく言われている。

 平民という立場の俺が爵位の高いやつらに勝つには搦め手が必要なんだよな。


 この国はアルセスの言うことに右に倣えだ。

 99%の人間がこの先輩を支持してもアルセスが違うといえば違う方になる。


 そして意中のフィアナにこんな穢れきった言葉など聞かせられないはずだ。

 この男は堅物キャラでフィアナに接していたみたいだしな。


「みんなを呼んでいいっすよ。その時はこの音声を流し続けますね。お互いいろいろ失うかもしれませんけど、失う量が多いのはどっちでしょうね」

「……っ」

「さぁ……どうする? ちなみにこの音声はクラウド保存していて、俺の信頼できる奴のフィルダと共有できるようにしてます。スマホをぶっ壊しても無駄です。SNS上にバラまくのも楽しそうっすね」

「……!」


 先輩が崩れ、静まった。


「さ、時間ないっすよ。どうします?」

「……」


 はぁ。

 息を吐き、先輩の胸ぐらを掴む。


「聞こえてたんだろ、公爵貴族ならさっさと決断しろや! 考えるまでもねーだろ!」

「ひっ! わ、分かった……。何もしないから……殿下やフィアナにだけは言わないでくれ」

「ふん」


 それでいい。


『さて……参加投票は締め切らさせて頂きました。10分後試合を開始致します』


 あ……。

 こんな茶番やってたからアルトの投票が終わってしまったじゃないか。

 どうすっかなぁ


「先輩のせいで出られなくなってしまいました。当然先輩辞退してくれますよね? ま、そんな精神状態じゃ勝てんだろうけど」


 先輩は絶望した表情で頷いた。


「先輩との一騎打ちに勝ったので一つ言うこと聞いてもらいたいなって」

「な、なんだ。願いって……」


「公爵家の力を借りたいんですよ。将来、必要になった時に俺の力になって欲しいです。だからは今はその力を維持し続けてください。」

「それは……、平民にそんなことができるわけ」


「そっすか。じゃあ邪魔なんで公爵家の力を削ぐことにしますね。試合に出れなくなった理由も含めてアルセスに相談します」

「や、やめてくれっ! そんなことをしたらヴィラル家は!」


 アルトの試合を楽しみにしていたアルセスに今の件を話したら間違いなくこの堅物先輩はアルセスの機嫌を損なうだろうな。

 次期国王候補のアルセスから徹底的に嫌われたら公爵家としてのは弱まるだろう。

 公爵家が取り潰されることはないだろうけど、将来的に四大公爵としてパワーバランスも大きく変わるかもしれない。アルセスならやりかねないし、その責任を10代後半の若造が負えるはずもない。


「だったらもう……頷くしかないっしょ。俺は優しいから、何もなきゃ先輩には害は与えませんよ」

「……うぐ」


 俺は先輩の肩をポンと叩いた。


「じゃ、これからよろしく。堅物先輩」


 項垂れたままの先輩を放ってトイレから出た。

 やっぱこれぐらいで収めるって俺って優しすぎるな。ヒーローじゃね。

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