069 俺と一緒に踊ってくれないか⑨
背中に腕をまわされ、か弱い体にゆっくりと抱きしめられていく。
「……おつかれさま」
「はい」
フィアナの銀の髪をゆっくりと撫でた。
そうだよな。大変だったよな……。
「もう無理……ヤダ。ずっとこのままレイジをぎゅっとしたいです」
「あんまり長居はできないぞ」
「燕尾服がゴツくて、レイジの筋肉の感触がない~~」
「ったく」
フィアナのために服を脱いでやりたいが……まだまだ演目は続く。
現状脱ぐわけにはいかない。
「やっぱり大変か?」
「まだアルセス殿下はマシな方なんです。無理なことはされないので……。でも公爵様は本当にやだ。ぐいぐい来るし、家のことを言うし、髪や体を触ってくるし……本当に気持ち悪い」
「ぶち殺してぇな」
「私に触れていいのはレイジだけ。レイジだけいてくれたらいい」
「……」
「私、無意識で手を出しちゃったんです。ここから逃げたいっって……。そうしたらレイジはすぐに掴んでくれた」
「困った時に助けるって約束したろ。フィアナが困った時、俺が絶対駆けつけるから」
「……」
フィアナは俺の胸を顔を外し、体を離す。
くりくりとした碧の瞳と目が合い、フィアナは笑みを浮かべた。
「んっ」
そのあまりの可憐さに心臓が口から出るかと思った。
「好き、レイジのこと……大好き」
「ば、ばか。恥ずかし事言うなよ」
「あ、照れますね。へへへ。……いつもかっこいいけど、今日はもっとかっこいい。カレンが整えたんですね」
「ああ、忙しいのにやってくれたよ」
「かっこいい、かっこいい。レイジ、かっこいい」
ああ、もう……そんな言うな恥ずかしくなるだろうが。
自分が多少メイクした程度じゃ変わらないのは分かってるけど、フィアナがそう想ってくれるなら嬉しい。
「写メ撮ります! あ、スマホ……カレンに預けたままだ!」
「俺、持ってるけど……撮るか?」
「撮ります!! よし100連写に設定して」
「どんなけ撮る気だ!」
本当に俺のこと好きなんだな、コイツ。
……それがたまらなく嬉しい。
写真の俺ににへへと笑うフィアナに告げてやる。
「フィアナだって……」
あの騒動があったからいえなかったけど。
「めちゃくちゃかわいいと想うぞ」
「はぇ」
白を基本としたイブニングドレス。
白のレースで象った花飾りでまさに天使……女神のような美しさだった。
まさしく世界一の美少女。世界で誰よりもかわいい。それがフィアナ・オルグレイスだ。
「そのドレス。とても似合ってて綺麗だ」
何かこういうクサイセリフを最近よく吐く気がする。
かわいいものばっか見てるからだろうな。
ま、フィアナにとってかわいいとか綺麗は聞き慣れたことだろう。
今更感情を揺さぶれるはず……。
「はぅぅ……」
フィアナは顔を紅潮させ、ぶんぶん振り回していた。
「ど、どうした!」
「れ、レイジにかわいいって言われた」
「そんなの世界の誰よりも聞き慣れてんだろ!」
「そうかもしれませんが……」
フィアナは顔を近づけた。
「大好きな人から言われたかわいいが……一番嬉しい!」
嬉しそうに照れるフィアナを見て本当に思った
やっぱ……俺、外面起因なのかもしれないけど、フィアナのこと好きなんだ。
◇◇◇
「さくらかわいい! 神、神! 超絶美少女!」
「もう、フィアナちゃんには負けるって」
再び会場に戻ってきた俺とフィアナはクイーン達の元へ向かった。
そこには日本部の3人もいて、さっそくフィアナを合流させることにした。
フィアナとさくらがじゃれあってる間にクイーンと話すことにする。
「なかなか大変だったみたいね。でもフィアナ・オルグレイスを助けられてよかったじゃない」
「見てたのか?」
「低位貴族の子に聞いたわ。わたくしはこういう場から離れられないから子飼いの子に走らせるのよ」
この女、やっぱ抜け目ねーな。
「相変わらずケンカを売るのが好きね」
「だって大したことねーもん。少なくとも公爵家4人いてあんたとエドワード先輩以外は大したことなさそうだな」
「……あなたっておバカだけどほんと上手く見分けるわね」
何か褒められている気がしねーけど、まぁいいいか。
「エドワード先輩は底がしれねーな。下手をすればアルセス以上かも」
「そうね。彼相手の時はわたくしも手を抜かないようにしているわ。本当に十分に気をつけなさい」
「ああ」
「……もう一つヒントを上げるわ。オルグレイス夫人はエドワード様のヒルフェステス公爵家出身よ」
「なんだって!」
「フィアナ・オルグレイスを守りたければ……絶対に外せないところね」
なるほどな。
雑に扱ったりすると手痛いしっぺ返しをくらう可能性があるってわけか。
「やぁレイジ、クイーン」
「お、エゼルじゃねぇか」
タイミングよく現れたのは第二王子のエゼルだった。
アルセスほど派手ではないがちゃんと燕尾服に王家の紋章をつけて立派な振る舞いをしている。
今回はちゃんとメイクも着付けもやっているようで髪もしっかり整われていた。
「へぇ、王子らしくなってるじゃないか」
「君も燕尾服がよく似合ってるね」
「お互いがいつもがズボラすぎんだろうな……ってクイーンどうした?」
クイーンがエゼルの顔をちらちら見ては視線を外していた。
これは何となく……さっきの俺を思い出す。
着飾ったフィアナがあまりにも綺麗でずっと直視できなかったことと似ている。
しゃーねぇな。
「おう、エゼル。クイーンの奴も結構似合ってると思わないか? なぁ」
「ちょ、レイジ!」
「へ?」
慌てるクイーンにちょっと意表返しが出来て満足。
さてこんな優男はなんて答えるかな。
「似合っているも何も、クイーンが綺麗じゃなかったことなんて一度もないよ。彼女はフィアナさんに負けてない立派な淑女だよ」
「ごふっ!」
「クイーンしっかりしろぉ!」
「?」
「よくそんなセリフを素で言えるな!」
実際エゼルの言っていることに間違いはないのだろうが、クイーンとしては意中の男子にそんなこと言われたらたまらないに違いない。
この頓珍漢コンビ……今までもこんなことを繰り返していやがったのか。
クイーン……どう返すつもりだ。
「フゥーーー……フゥーーー」
「口から血出てんぞ。舌でも噛んだか」
にやけそうになる顔を必死で耐えたってところか。これが公爵令嬢。ちょっと尊敬する。
さぁどう返す。
「フン、エゼル、あなただって随分気に入られたじゃないの。あなたの周囲に人が集まり始めたの見てたわよ」
「あ~~。今まではあんまり無かったんだけど、急にね。僕もびっくりだよ」
スポーツテストでアルセスに勝った件があり、エゼルも王族として注目を浴び始めたといったところか。
「20人も女性貴族に声をかけられていい気なものね。鼻を伸ばしてたんじゃないの」
「そんなことはないよ、僕なんて」
「いや、あんたも相当囲まれてたのに……よそ見して人数を数えてたのかよ。どんな執念」
「あァ?」
「なんでもないっす」
ここは口を挟んではいけない領域だ。
「それで良い子は見つかったのかしら? ま、まぁあなたもそろそろ婚約者を決めてもいい時期だしね」
「僕にはまだ早いよ」
「そ、そうよね。ま、あなたを好きになる物好きなんてそういるはずし、見つかったらしっかり確保することね、おっほっほ!」
「でも一人面白そうな子がいたね。うん、クイーンの言うとおりにするよ」
「え、え……」
「あ、さくらさん……黒髪! すっごく綺麗だね!」
エゼルはさくらの存在に気づき、黒髪につられていってしまう。
クイーンは呆然な顔をして、やがて膝を地面につけた。
おい、側付き女どこいった。主の顔が絶望してんぞ!
「うぅ……このまま上手くいって婚約者が出来て、わたくしは一人寂しく生きていくんだわ。アアアアアア!」
「いや、ただ会うだけだし上手くいくとは限らないぞ」
「でもっ! ふわああああん」
「何であんな風に煽るんだよ。バカか?」
「だってぇ……。素直になれないんだもん」
こういうとこはクソかわいいな。
なんかお互いに直接言う方が早い気もするけど……、当人同士の問題だしな。
もういいや、放っておこう。
「かわいい、かわいい、かわいい!」
フィアナとエゼルがさくらに言いまくっていた。
さくらは恥ずかしそうに顔を隠そうとしている。
「こらー、恥ずかしいからやめなさい!」
俺もあんな軽々言えるキャラだったらなってちょっと思う。
実際さくらのあの姿は可愛らしいし、恥ずかしがる所も魅力的だ。
だけど見ることぐらいしかできん。
『アルトに出場希望の生徒はこのボックスに参加券を入れてください! このBOXに参加券を入れないと参加できません!』
呼びかけの声に気づき、会場の中にはいつのまにかアルトの勝負ができる簡易エリアが設営されていた。
これだけの人数の前で試合することになるのか。こりゃ盛り上がるだろうな。
「なぁ、エゼル。あんたはアルトの試合に出るのか?」
「今回は止めておくよ。何か今日はそんな気分じゃないんだ。でもレイジは出るんだろ? 兄上から宣戦布告されてたもんね」
「まーな」
そのまま、さくらと目が合い、一瞬かわいいという言葉が出かけたがフィアナの手前もある。
それは我慢し、目線を下げる。
「零児くん。め・せ・ん」
「わざとじゃない」
「顔の次は胸にいくクセを何とかした方がええと思うよ」
「むっ! 胸だったら私だって……ほらっ!」
白のドレスからは強調された巨大なバストに目が釘付けになる。
やっぱり大きいし、柔らかそうだ。
わりとさっきの抱き合いの時にずっと見てたけど……まだまだこみ上げるものがあるな。
「フィアナちゃんが揉ましてくれるから他の子は我慢しなさい」
「揉ましませんよ!?」
「でもテストの時に、レイジはフィアナさんと約束したからね」
「そっか。エゼル。その時の借りがあったな」
「へ?」
俺はエゼルの肩に触れる。
「ま、何でもいい。俺はちょっと投票してくるから離れるぜ」
このままここにいると胸の件でからかわれそうだったので離れることにした。
エゼルもクイーンもいるし、フィアナから離れても大丈夫だろう。
今の内にアルトの参加投票をしておかないとな。
俺は手元にある参加券を持ち、投票場所へ行く。
そのBOXに参加券を入れた。
「そういや俺の参加券ってどこにあるんだ?」
俺以外全員持っているってことは恐らく入場時に配られたんだろう。
俺は遅刻したから受け取っていない。
とりあえず、受付に行ってみるか。
あぁ、ちなみにさっき入れた投票券はエゼルのものだ。
あいつ、紙系をポケットに入れるくせがあるからな。
肩を触れると同時に抜き取っておいた。
栄えある第二王子が伝統剣技のアルトの試合に参加しないなんてありえねーからな。
親友として俺が出場申請をしておいてやる。
俺、おっぱい星人の扱いにしやがった復讐だ。
いったん会場を出た俺は……受付の方へと向かう。
「……むぅ」
ちょっと小便がしたくなったのでトイレに行くことにした。
トイレはどこだ? ないことはないはず。確か……フィアナとさっき会ってた近くにトイレがあったはず。
そこへ行こう。
手早くトイレへ行って、男子便器に用を足す。
さてと時間も無くなってきた。さっさと参加券をもらって会場に……。
「で」
振り向く。
「何で後ろにゴツイ男が3人もいるんですかね」
俺が小便器の前に立ったタイミングで3人の男が便所に入ってきたのだ。
てっきりみんな同タイミングで小便をするのかと思ったがそうではなかった。
隣にたくさんの便器があるのに俺の後ろに並ぶんだもんな……。さすがに焦るわ。
グラサンをかけた黒服の男達。欧米系サルヴェリア人ゆえに筋肉質で図体はでかい。どう見たって誰かの護衛って感じのやつらだ。
「あの……」
「寝ていろ」
その内の一人が拳を振り上げた。
つまりそういうことか。
このまま俺は大の男にぶん殴られ……意識を失う。
 




