048 あまのじゃくな女の子
この後、空気の読まないシャルネ先輩がフィアナとさくらにオムライスを食べさせることを要求したため何とか今日の部活は終わる形となる。
フィアナが嫉妬した表情を見せていたのが気になる。あの後、怯えたさくらとにっこりとしたフィアナが2人で寮に戻っていった。
夜にエゼルと2人で大丈夫だろうかと心配していたが翌日2人はいつも通りの仲の良い姿を見せていた。
何となくフィアナには聞きづらかったのでさくらに聞いてみたら……。
「全部喋らされました……」
「何をだ」
「の、ノーコメントで!」
顔を赤くして言われてしまったのでこれ以上突っ込むことはできなかった。
◇◇◇
その日の放課後、日本部の部室でエゼルを除く3人で喋っていた。
その頃にはフィアナもさくらもいつも通りだったので……これ以上蒸し返さず、そのままでいこう。
そう思っていた時だった。
「失礼するわ」
部室の扉をガラリと開けられ、一人の女子生徒が入ってきた。
目映く澄んだ青色の、毛先をくるりとウェーブさせている髪が印象的な女子生徒だった。
「きれい……」
さくらが思わずそう漏らしてしまうほどのその女子生徒は美しかった、
沖縄の海のように綺麗なコバルトブルーの髪に翡翠の瞳、手足は長く……顔立ちは非常に整っている。
この美貌、美形ばかりのサルヴェリアにおいて頭一つ抜けている。この国においてフィアナに匹敵する美貌を持つ女子がいるんだと思うほどだった。
「エゼルはいるかしら?」
凛とした声には強い気持ちがこもっている。
胸章から俺達と同じ1年生だ。
またフィアナと同じ金の肩章をしており、少なくとも侯爵家以上の爵位の令嬢であることが分かる。
女子生徒と目が合ったので答えてやることにした。
「まだ来てないぜ。遅れてくるって言ってたからまぁもうすぐだと思うが」
「そう。だったらちょうど良いわ」
女性生徒が強い口調で指をさしてきた。
「日本部なんてわけのわからない部活に時間を使ってる暇なんてない」
「へ?」
「エゼルを引き取るわ」
それはいきなりの要求だった。
「いや、いきなり何だよ。この部活はエゼルが作ったんだぞ。意味わかんねぇ」
「分かる必要なんてないわ」
「そもそもあんた誰だよ」
随分と高圧的な物言いをする女に俺はいつも通りの口調で対応する。
男だろうが、女だろうが……俺は偉そうなお貴族様への対応を変えるつもりはない。
「わたくしを……知らない? ああ、あなたがアルセス殿下に歯向かった平民ね」
「そのとーり。だからあんたが偉いかどうか知らねぇんだわ。訳のわからないやつの言うことなんて聞く気はねぇ」
目の前の女はむっとした顔をする。
いい顔するじゃねぇか。
気の強い女は嫌いじゃない。か弱い女よりよっぽど扱いやすいからな。
「レイジ」
フィアナが俺の腕に触れてくる。
「この方はクイーン様です」
「フィアナ?」
フィアナが恐る恐る口を出す。
「四大公爵家の1つ。エレスポール公爵家の長女。3組のクラス代表でもあります」
「ああ、唯一公爵家の中で俺達と同年代の……」
「ええ、わたくしはクイーン・エレスポール。世界一美しいわたくしに跪く権利を上げるわ」
クイーンは頬に手を上げて高らかに笑う。
この国に来て、いかにもな令嬢様が現れたな。フィアナが様付けをするんだ。公爵家ってのは間違いないのだろう。
ま、俺には関係ないけど。
「ふーん。この部活にはあなたがいるのね、フィアナ・オルグレイス」
「びくっ」
クイーンの視線は俺に変わってフィアナを捉えた。
標的を完全に変えてしまったように思う。
「久しぶりねぇ……。わたくし、あなたに会いたかったのよ」
「……お、お久しぶりです」
「中等部3年の時、同じクラスになれて喜んでいたのに……あなたは外国へ逃げてしまうのですもの」
フィアナは気まずそうにクイーンから目を反らす。
「王族や公爵家の子供は中学に通わないんじゃないのか?」
「あくまでそれは選択制で、本人が希望すれば通えるんですよ」
「わたくしの前でひそひそ話とは偉くなったものね」
「も、申し訳ありません!」
再びびくりとフィアナはクイーンに向き直り謝罪をする。
「相変わらずサロンではあなたの話題が多いわ。人の注目を浴びることに関してはわたくし以上ね」
「そんなことは……」
公爵家と侯爵家。家の位で言えばフィアナよりこのクイーンの方が上となる。
元々フィアナは爵位で人を見る女の子ではないがやはり上の位の子息、令嬢においては気を使ってるように見えた。
「まさかあなた……エゼルを狙っているんじゃないでしょうね。アルセス殿下や他の男子から好かれているだけじゃ満足しないということかしら」
「違います! 私はエゼル殿下に対して、そんな」
「何、エゼルに魅力がないと言いたいのかしら! ふん、内部試験をトップで通過、世界一の美少女と評される容姿、殿下達の好意を一新に浴びる様」
クイーンはぐっとフィアナを睨んだ。
「本当に憎らしい」
「っ」
「フィアナ」
俺はフィアナに声をかける。
「は、はい」
「ドーナツ食いたくなってきたから買ってきてくれないか。今すぐ急いで」
フィアナの手を引っ張り、ドンと部室の外へと追いだした。
「れ、レイジ」
「戻ってきていいタイミングで連絡する。あとは任せろ」
「はい……」
これ以上はまずいと思った。なのでフィアナに用事を頼んで強制的に引き離す。
正直クイーンとフィアナの関係はよく分からない。女同士、何か過去からの確執があるのかもしれない。
だからと言って放置はできない。フィアナに悲しそうな顔をさせたくはない。
フィアナを守るのが俺の役目だ。
「あなた」
「は、はい!」
フィアナが食堂へ向かった後、クイーンの視線が今度はさくらの方に向く。
こいつ……フィアナだけじゃなくさくらまで嫌みを言うつもりか。
「日本からの留学生ね。もうサルヴェリアには慣れたかしら」
「あ、うん……。みんな良くしてくれるから」
「そう。ふふ、困ったことがあったらいつでもわたくしに言いなさい。力になってあげるから」
「へ?」
そのあまりに優しい言葉にさくらだけじゃなく俺もびっくりする。
「あ、ありがとう。それと……何でそんなにゆっくり話してくれるの?」
「あなたはまだサルヴェリア語が不慣れと聞いているわ。ちゃんと聞き取りやすいように話してあげるから安心なさい」
なんだコイツ。
さっきまでフィアナの対応とは雲泥の差じゃないか。
まぁいい。
「おい」
「なに? わたくし、あなたとは別に話したくないのだけど」
俺に対してはそんなに優しくないらしい。
「一つだけ言っておく。今後もフィアナに対してあんな態度を取るってんなら」
「なによ」
「あんたも他の生意気な貴族と同じで敵認定を」
「ふーん」
少し圧をかけて言葉を投げかける。
女に対して威圧を使いたくないが……フィアナに対して害があるなら分からせてやる必要がある。
公爵令嬢ならコイツに何か言える奴は少ないだろうしな。
だがクイーンは俺の威圧に対しても怯んだ様子は見せない。
こいつ……意外に強いのか。
その時だった。
「まぁまぁ……それ以上はやめてあげてくれないかなぁ」
そんな柔らかな声と共に女の細腕に俺の腕が掴まれる。
こんな細腕なのにこの俺が手を動かせない?
その掴み方は力の使い所を分かっているやり方で生半可な力では動かせない。
俺の意識は強制的にそちらへ向く。
そこには若草色をした髪のサルヴェリア人の女がいた。
「えっ……どこにおったの?」
さくらはその女の登場に驚く。
しかし俺は分かっていた。この女はずっとクイーンの後ろにいたのだ。
気配を消し、自分の存在を完全に隠していた。さくらもフィアナも気づいていなかったようだ。
「あんたは誰だ」
「ふふっ、ボクの名前はシェーン・プリズマー。クイーンちゃんの側付きと思ってくれていいかなぁ」
側付き。
主人に仕える者。
気配の消し方、主人が危険と思った瞬間での登場。そして俺の間合いを計る足さばき。
エルファイリのようなスポーツ系の強者ではなく、どっちかというと俺に近い邪道系の強者だ。
この国にもこんなやつがいたのか。
「にゃははは。レイジくんだよね。大丈夫、君が心配するようなことは何一つないよ」
サルヴェリア人だけあってシェーンと呼ばれるこの女の子も美形である。
小柄で線も細いが……底知れないものを持っている。
クイーンから完全に目を離し、シェーンと向かい合う。
「その根拠を教えてもらおうか」
それだけでフィアナに対し害がないと信じろなんて無理すぎる。
俺はまだクイーンもシェーンにも警戒を緩めていない。
微笑みを崩さないシェーンは言った。
「だってクイーンちゃんはフィアナちゃんのことが大好きだもん」
「は?」
予想外の言葉に変な声が漏れた。




