047 俺たちの部始動⑦(さくら視点)
「何であんたが……」
「だめなん? わたしも零児くんをご奉仕させて!」
「錯乱してないか!?」
正直混乱している自覚はある。
でもいい! やってしまったことを後悔しちゃいけない。
助けてもらった礼を返さなきゃいけない。
「さくら! 朝も言ったけど、別に負い目に感じることはないんだ。いつものあんたになってくれ」
「いつもってなんなん。まだ出会ってそんな経ってないし……わたしのこと知らんやん」
「そうかもしれんけど……」
「レイジは私がご奉仕しますから」
フィアナちゃんがぐいっと手を引っ張る。
来たな正妻。分かってる、わたしに勝ち目なんて無いし、あなたの好きな人を奪うつもりもない。
ただ今日だけは貸してほしいから挑ませてもらう。
「フィアナちゃんはいつも一緒なんやからたまにはええやろ!」
わたしは逆の手を引っ張った。
「ちょ、あんたら!」
「レイジを取り合う二人の美女。三角関係のラブコメは尊い。僕好みのシチェーションだ」
「てめぇ、面白がってんじゃないぞ!」
「さぁレイジ、君はどっちを選ぶ?」
「私です!」
「……わたし」
「俺は選ばない、クソっ!」
しかしこのままじゃまずい。
わたしとフィアナちゃん、どっちを選ぶとすれば間違いなくフィアナちゃんが選ばれる。
そりゃ幼馴染だし、同棲もしている。今後の関係を考えたらわたしが選ばれない可能性が高い。
そのためにできること……。考えろ!
「エゼルくん!」
「なにかな」
「わたしを援護して!」
「……まぁふっかけたの僕だしね」
1対1で勝てないなら1対2するだけだ。
「フィアナさん、手を離してあげてくれないかな」
フィアナちゃんがぴくりと反応する。
「……殿下」
「今日の朝の件。フィアナさんも知ってるとおりだ。さくらさんはそのお詫びをしたいからこうやってレイジに迫っているんだ。それを汲んであげるべきじゃないか」
「ですが……」
「常に側にいる君が優位なのは変わらない。僕はそう思ってるよ。……さくらさんを信じてあげてもいいんじゃないかな」
「むぅ」
フィアナちゃんの手が止まり、その隙に零児くんを引っ張りあげた。
思惑は成功だ。エゼルくんは王族でフィアナちゃんは侯爵令嬢。王族のお願いに貴族は逆らえない。
ごめんね、フィアナちゃん。
「殿下、ただいま戻りましたぁぁ!」
大声を上げてシャルネ先輩が部室に戻ってきた。
手にはオムライスが乗せられた皿がある。
「ジャストタイミングだね」
「それはいったい……」
零児くんが呆れた顔をしている。
「メイド喫茶と言えばやはりオムライスだろう。ご奉仕の仕事を先輩に見てもらうためオムライスを食堂から持っていてもらった」
「余計なことを……」
先輩が机の上にオムライスが置かれたお皿を置く。
そこにはスプーンが2つ置かれていた。
つまりそういうことだろう。
「零児くん、わたしが食べさせてあげる」
「おい、マジか!」
「マジや」
「あんた……なんでそこまで」
「か、勘違いしないで欲しいんやけど、これはお詫び! あくまでお詫びやから」
「顔を真っ赤にして言うことじゃない気がするが」
わたしだってこんなしたことないもん。
スプーンを掴んで、オムライスに突き刺す。
卵とケチャップライスをすくい、震える手を押さえて零児くんの口元に持っていく。
「分かったよ。それでさくらが気を病むをやめるなら食ってやるから」」
「うん、ありがと」
わたしは彼の口にスプーンを入れた。
……何だか胸がドキドキする。
家族を除いて、男にこんなことをしたのは初めてだ。
わたしだって女の子だし、憧れなかったわけじゃない。
……それが今ここで叶うと思ってなかったけど。
「うまい」
「本当? 美味しい?」
「あんたが作ったわけじゃないだろ」
「そ、そうやな」
「んでも……食べさせてもらったからより美味しく感じたかもしれん」
零児くんはそっぽを向いてしまう。
「もう一口食べようか」
「いや、もう一人でやれるって」
一回やってしまえば緊張は収まってくる。
顔を紅くして慌てる零児くんに少しいたずらこころが芽生えてしまう。
まぁお詫びなのは間違いないわけだけど。
「はむ」
体を少し乗り上げて、もう一口食べさせてあげる。
うん、何か……楽しいかも。
零児くんは頬を赤くしたままだ。わたしが彼を照れさせてるんかな? そう考えると何か高揚感が芽生える。
もう一口食べさせてあげようかなぁ。
「あのさ」
「ん?」
「ちょっと言いにくいんだけど……、誰も指摘しないから言わせてもらうけど」
「うん」
「ちょっと胸元見えてるから隠した方がいいぞ」
「へ」
わたしはそこで気づく。
今、胸元が異様に緩いメイド服を着ており、机に乗りかかったようなスタイルで彼にあーんをしていたのだ。
零児くんの視線はわたしのそこ行ってしまったから顔を紅くしてたんだ。
「っ!?」
恥ずかしくてさらに顔に熱が灯る。
思わず手で胸元を隠してしまった。
無防備な所を……見せてしまった。恥ずかしい。
「悪い」
「う、うん……指摘してくれてありがとう」
零児くんは悪くない。調子に乗ったわたしが悪かった。
あんな感じで屈んでしまうことはもう出来ない。
もうあーんなんてできない。どうしたら……。
「はぁ」
零児くんは息を吐く。
「お返しをしてやる」
「え?」
「これでおあいこ様だ。それで全部終わり。そうだろ?」
「それってつまり……」
零児くんはもう一つのスプーンを手に取り、オムライスをすくう。
そしてわたしの口元に持ってくる。
「えっと……」
「ほらっ」
「うん」
男の子にあーんしてもらうのは恥ずかしいけど……おあいこだったら受けるしかない。
わたしはスプーンを咥えた。
ケチャップと柔らかでふわふわな卵の味が口の中で広がる。
「あ、おいしい」
「だろ?」
「もう一口だめ……かな」
「まぁいいけど……」
本当に普通のオムライスだ。
でも……食べさせてもらったらすごく美味しく感じる。
あなたが食べさせてくれているからかな。
零児くんに再度食べさせてもらって心が落ち着くように感じた。
今の位置だと屈むことになるけど……。
わたしは零児くんのすぐ側まで寄る。
「ここまで寄れば見えへんやろ」
「お、おお」
「……もう残りわずかだね。じゃあ……今度はわたしが」
「ふ、二人とも」
声が上擦ったエゼルくんの声に視線をそちらに向ける。
「い、いちゃつくのはいいけど……それぐらいにしておいた方が」
「べ、別にイチャついてるわけじゃ……ひっ!」
ずっとわたし達を囃し立てたエゼルくんが食べさせ合いを停止させようとしたのか。
疑問に思ったけど彼の隣にいる……彼女の姿を見て血の気が引いた。
「へぇ……零児とさくらってとってもお似合いですねぇ。やっぱり日本人同士が一番ですねぇ」
世界一の美少女から恐ろしいオーラが出ていた気がした。
「こ、これぐらいにしておくか」
「そ、そうやね」
ちょっとだけちょっとだけ横恋慕させてもらったけど……やっぱりわたしはフィアナちゃんには敵わないんだと感じた。
今夜、わたし……殺されたりせんよなぁ。
今夜はフィアナちゃんの喜ぶことを何でもやってあげようと思う。
【後書き】
今回はさくらに注目して描写させて頂きました。
フィアナに匹敵するヒロインとして好かれればいいなと思っています。
さて、次回から12時投稿に戻りますが、4人の部活動にメインキャラ級の新キャラが登場します。これからも宜しくお願いします。




