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045 俺たちの部始動⑤

 はずだった。


「……あれ……痛くない」

「痛いのは俺だからな」


 さくらの呟くような言葉に安心させる意味でも返すことにする。

 さくらは手を下げて見上げた。


「……零児くん?」

「間に合ったか」


 さくらが学校敷地内の道で転び、自動車が走る音が聞こえた瞬間嫌な予感に体が勝手に動いていた。

 みんなが自動車に気付くタイミングですでにさくらの元へたどりついていた。

 車のブレーキが間に合わないと悟りぐっと力を入れて、防御に徹した。


「れ、零児くん!」

「うるさい騒ぐな。ちょっと傷んだだけだ」

「でも! 車に弾かれて……!」

「俺は大丈夫だ。鍛えてるからな……」


 さくらを覆うように庇い、車の衝撃ダメージを全身に分散させることで最小限のダメージに押さえることができた。

 この前の誘拐事件みたいに車を蹴り壊すわけにはいかなかったからな。 

 この程度の速度でよかった。


「零児くん、本当に大丈夫なん?」

「ああ、問題ない。痛っ」

「っ! ごめんなさい!」


 さくらは申し訳なさそうに表情を歪める。

 精々打ち身程度だ。親父だったらピンピンしてるはずなのに……俺の体はまだまだ弱いな。

 もっと鍛えて鋼の体にならないと。


「謝らなくていい。俺が勝手にやったことだ」

「でも……でも! 零児くんがそれでケガをしたんでしょ……。わたしのせいで」


 さくらの目尻に涙が浮かんでくる。

 普通の人だったら大けがするかもしれないが俺ならこの程度ならすぐ治るし、正直カスリ傷程度だ。そんなに申し訳なさそう顔をさせてしまうことが申し訳ない。

 さくらの体を抱くように手をまわし、頭をポンポンと撫でた。


「大丈夫だ。さくらにケガがなくて本当に良かった。あんたを守れて良かった」

「……零児くん」

「だから泣くんじゃない。いつもみたいに騒がしくしてろ。それがあんたの良いところなんだから」


 さくらは涙を拭いて、立ち上がる。

 確認でちらりと全身を見渡したが本当にケガはなさそうだ。


「ごめんなさい」

「ごめんはやめてくれ。何か庇った俺が罪悪感を覚えちまう」


「うん……」


 さくらが俺の手を取り、涙ながら笑う。


「零児くん。……いつもわたしを助けてくれてありがとう」

「ああ」

「感謝してます。わたしはあなたが……」

「え」


 その先が続くことはなかった。

 慌てて車から出てきた運転手やエゼル、フィアナが近づいてきてさすがにちょっと騒ぎとなったからだ。


 ◇◇◇

 

「ありがとうございました」

「気をつけてね」


 体を見てくれた保健の先生に礼を言う。ってかこの人普通に医者だったな。 


 さすがサルヴェリア最大のお貴族様学校。お抱えの医者や医療従事者が何人もいて、学校内でレントゲンも撮れる設備もあるとは……。

 ここ自体が病院なのかもしれない。何かあってもすぐ診てもらえるな。


 大きな怪我はないってことで教室に戻る許可をもらえた。


 学内の車道を制限速度を超えて走っていた運転手や不用意に車道に出てしまったさくらなどいろいろなことがあったようだが、穏便に終わったとエゼルがメッセージが届く。


 あの状況で軽傷ですんだのが凄いと医者から唸られたが個人的には軽傷でも傷を負ったのが屈辱でたまらない。


 俺が無傷であればさくらも罪悪巻を覚えることもなかったし、運転手の罪ももうちょっと緩和されたかもしれない。

 何のために鍛えてるんだか。怠けてるな、俺は。


 授業をサボってもよかったんだが、いち早く教室に戻りたかった。さくらがこの件で気を病んでほしくないのが第一だ。

 

 休み時間に合わせて教室に戻った俺をクラスの面々が見つめる。


「レイジ君。ケガをしたって聞いたけど大丈夫だったのかい」


 教室に入った俺を同じ平民であるエルラとティターラが迎えてくれた。


「ああ、問題ない」

「授業のノートは取ったから後で見せてあげるね」

「ありがとなティターラ」


「ふはははは、傲慢な平民(コモナー)!」


 気分良さそうに腕を組んだ侯爵坊ちゃんが近づいてきた。


「何だ大した傷じゃないのか。大けがだったら見舞いに行ってやったというのに」

「嬉しそうじゃねぇか親の七光り(おやなな)

「ふん、当然だ。これは僕を馬鹿にした天罰だろうな」

「ったく……」


 言いたいこといってくれる。

 まぁケガをしてしまったのは俺が弱いせいだ。そこは間違いない。


「だがさくらさんを守ってケガをしたってのは褒めてやろう」

「え」

平民(コモナー)のくせに気概はあったのだな」

「やめろ。あんたに褒められても嬉しくないから勘弁してくれ」

「なんだと! これだから……平民(コモナー)は!」


 あいつなりに心配してくれてんのかねぇ。

 まぁいいか。


「あの……零児くん」


 奥からさくらが暗い顔をして近づいてくる。

 大したケガじゃないし、こういう顔をされる方が俺としては困る。


「問題ないしそんな顔をするな」

「ほんとうに? 本当に大丈夫なん? わたし……零児くんに」


 もう面倒だ。


「助けてもらってばかり……ふえーー」


 面倒なのでさくらのほっぺを両手でぐにーっと引っ張ることにした。もちろん弱めにだ。

 ばっと、さくらに後ろへ下がられる。


「な、なんなん」

「朝も言ったろ。いつも通り騒がしくしてろって。それがあんたの取り柄だろ」


「……」

「負い目を感じさせるために助けたわけじゃない。気にするなって言っても気にするだろうけど、……俺が困るからいつも通りにしてくれ」

「……うん」

「だから……この件で謝るたびにほっぺつねるからな」

「でも! いひゃい!」


 また言いそうだったのでつねることにした。

 軽くだけどな。


 ほっぺをつねられたくなかったらこの話題は終わりそういうことだ。


 これで一件落着とは言わないが、いつも元気なさくらがあそこまで落ち込むなんてな。

 あの道だって……ほぼ校内だから車なんて全然通らないし、まわりも見ずに横断しまくってる生徒ばかりだぞ。

 運が悪かったのと、運転手が速度出しすぎてたのが要因だからさくらに落ち度ってそんなないんだよな。

 

 人を守るのって難しいな。

 そんなことを考えたまま授業を受けた放課後、日本部の部室へ足を運ぶ。



「……」


 朝の件があったからか部室内での雰囲気も重い。

 いつもさくらが積極的に喋ってたからだろう。ムードメーカーがこうなると大変だ。

 フィアナもエゼルも気をつかってるように感じる。


 何か空気の変わることがあればいいんだが。


「日本部はココデスカ!!」


 がらっと強く部室の扉を開けられて金髪の女子生徒が入ってきた。

 登場と同時の大声に強制的に視線はそちらへ行く。


「ホワット、聞いた通りで日本人、いっぱいいますネ!」


「子爵令嬢の長女のシャルネさんか」

「オウ! エゼル殿下、お久しぶりデ~ス!」


 さすが全貴族子息、令嬢の顔を覚えているエゼル。

 説明役として便利な存在だ。

 制服の胸章は2年生のものが付けられていた。


「マルフィンとトークしました! この部活ではジャパンにまつわるを悩みをリスニングしてくれると!」

「何でこの先輩変に鈍ってるんだ?」

「彼女はアメリカの血が入っていて、少々アメリカかぶれの言動になるらしい」

「いや、そうはならんだろ」


 サルヴェリア語に英語も混ぜられると意味がわからんな。

 しかし元気いっぱいな人だ。


 前と同じように先輩を座らせて、フィアナが紅茶を差し出す。

 シャルネ先輩はフィアナに視線を向ける。


「フィアナさん! 相変わらずキュートですね!」

「あ、ありがとうございます」


 そしてさくらにも目を向けた。


「うん! ユー達なら私のウイッシュを叶えてくれそうデス!」

「わたしも?」


「先輩、日本部に何をしたいすか?」

「ワタシ、春休みにジャパンにトラベルしに行きました!」


 マルフィン先輩といい、サルヴェリアのお貴族様は日本への海外旅行がお好きのようだ。

 子爵以上は基本的に裕福な生活をしてるって聞くし、海外旅行は当たり前なんだろう。


「メニーメニー遊びました! 温泉行ったり、ディズニー行ったり、ジンジャーにも行きました!」


「ふーん」


「でも飛行機のタイムがギリギリで行けなかった所があるので~す!」


「それは?」


「メイド喫茶デース!」


「サルヴェリアの貴族って変人多くないか?」

「やだなぁ、僕は普通だよ」

「私だって普通ですよ」


「躊躇なく普通って言う所に問題があると思う」


 エゼルもフィアナも素の顔で言いやがった。

 まぁいい。メイド喫茶って秋葉原でも行きたかっただろうか。


「かわいいメイドさんにおかえりなさいませって言って欲しかったのデース!」


 先輩はオーノーと言わんばかりに頭を抱えた。


「つまり?」

「そこの可憐なレディ達にメイド服を着てもらって……ワタシを接待してほしいデース!」

「この部活はいかがわしいやつじゃねぇぞ」


「シャルネさん、メイド服は持っているのかな?」

「もちろんもってマース!」


 シャルネ先輩は通学鞄から2着のメイド服を取りだした。


 あとは。


「フィアナ、さくら。やれそうか?」

「えぇ!? 本気で言ってるん。わたし、コスプレなんてしたことないし、フィアナちゃんは……」

「わぁ、メイド服着てみたかったんです! 是非着させてください!」


 フィアナのメイド姿にすごく興味がある。


「フィアナちゃんだけじゃダメなん?」

「先輩どうなんすか?」

「できれば日本人の黒髪メイドさんが見たいのデース。だからそちらのあなたには是非とも着て欲しいデース!」

「うっ……」


 さくらはかなり戸惑っている。

 普通は抵抗あるよなぁ。俺だって執事服着ろなんて言われたら抵抗すると思うし……。


 嫌なことをさせるのは良くない。

 そう思っていたらエゼルがさくらに近づき、耳打ちをした。


「え!」

「レイジだって男の子だし、きっと喜ぶと思うよ」


 あいつ……何を吹き込んでる。

 さくらは屈んでずっと悩んで……シャルネ先輩の側に来た。


「先輩、着ます!」

「グッドです!」


「おいエゼル、さくらに何の悪い話を吹き込んだ」

「人聞きが悪いなぁ」


 エゼルは両手をあげて、戯けてみせる。

 こんな表情するときは腹にイチモツ持ってそうな時ばかりだ。


「朝の件で君達はぎくしゃくしているだろ? そんな空気を払拭したいのはレイジだって同じだよね」

「ま……まぁそうだな」

「それでさくらさんはレイジに対して罪悪感を持っている」

「つまり」

「メイド服を着てレイジをご奉仕すればいいって。かわいい女の子にお世話されて嫌に思う男はいない。そうだろう」

「……」

「フィアナさんもいるから君にとっては両得だね」


 この男……。はたきたくなったがそれでさくらの罪悪感が消えるならいいか……。

 メイド服を着てくれること自体は男として喜ばしいし。


 さくらとフィアナは給湯室の方へ行く。

 そこは鍵付きの部屋となっており、更衣もできた。


 やがて着替えの終わった2人が出てきた。


 それを同じ服を着ているというのにまったく違った様相だった。


「おお!」

「ベリーキュート!」


 まずフィアナ。

 白のエプロンを基調としたクラシカルなメイド服に銀の髪は非常にマッチしていた。

 胸元は緩く、胸の大きなフィアナが着ることで強く色気を感じる。

 サルヴェリアの貴族が着るようなドレスとは違う着衣をフィアナは楽しそうに着こなしていた。

 ロングスカートがひらりと揺れ、フィアナは一礼をする。


「メイド服、初めて着ましたけど……すっごくかわいいですね! ってさくらも前に出ましょう」

「きゃっ! まだ心の準備が!」


 フィアナはさくらの背にまわり、ばんと押し出してくる。

 黒髪ロングのさくらがメイド服を着るということは日本的な意味になってくる。

 黒髪とメイドプリムはよく似合っていて、恥ずかしがっている所も表情として良い。


「そうデ~ス、これが見たかったのデ~ス! おかえりなさいませお嬢様って言ってほしいです」

「先輩は何をそこまで求めてるんだ?」

「レイジ!」


 フィアナが俺の袖を引っ張る。


「どうですか? かわいいですか?」

「言わなくても分かるだろ」


 世界一かわいいんだからかわいいに決まってんだろ。

 言わせんな恥ずかしい。


「ええー、言ってくれなきゃ分かりません!」

「言わない」


 フィアナが俺の手を掴んで、自分の頬に当ててくる。


「言ってほしいなぁ」

「ひょわっ!」


 胸を金槌で打たれたかのような衝撃が走る。

 なんだよコイツ可愛すぎか。

 車に弾かれるよりよっぽど胸に来る。


 あ~もう、抱きついてくるな、胸を当てるな!

 普段と違う格好だからまた違った感情が芽生えてくる。

 だが我慢だ。俺は絶えぬくって決めたんだ。絶対に負けない!


 その時だった。

 俺の腕を引っ張る影。フィアナだと思ったがフィアナは目の前にいる。


「わ、わたしにもご奉仕させて……くれへんかなぁ!」


 真っ赤な顔をした黒髪メイドが俺の腕をひっぱってきた。



【後書き】


 ここからさくらのターン。

 明日は12時、20時の2話投稿します。

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