003 2人きり?①
「ま、ま、漫才コンビを組もうぜとかだっけ?」
パシン! とフィアナにはりせんで思いっきりぶったたかれてしまう。
ちょっと痛かったがこれは多分俺が悪いので許す。ボケとツッコミとはりせんを教えておいて本当に良かった。いい感じで逃げられたんじゃないか?
「結婚してくださいって言ったんです! ほんとは覚えてるんですよね!」
「き、記憶にございません。まことに遺憾です」
「日本人はいつもそう言うー!」
「まぁまぁフィアナ落ち着きなさい」
母さんがフィアナを落ち着かせた。5歳の頃の冗談みたいな話を鵜呑みにする方がどうかしてるって話だ。
……びびってるわけではない。
「親同士がOKを出しているのよ。レイジのことは少しずつ分からせてあげればいいんじゃないかしら」
「なるほど! そういうことですね」
「は!? 外堀から埋めてんじゃねーよ! どうせ親父も絡んでんだろうけど……あんたの親はどうなんだ。結婚って両方の親の同意も必要だろ!」
「私の父は……」
フィアナの父は少し寂しそうな顔を見せた。
「父は自由にしろって言うだけなので……」
その場のノリでつい逃げた発言をしてしまったが……、もっと根深い問題があるのかもしれない。
フィアナは黙り込んでしまった。
俺はフィアナの気持ちを考えない発言してしまったのかも。
気まずい……。
「積もる話もあるし、行きましょ! 2人とも車に乗りなさい」
年長者のありがたい言葉に乗ることにした。
◇◇◇
「王都に到着~~」
サルヴェリア国際空港からサルヴェリア王国の首都、王都サルヴェリアまでは車で1時間ほど。
この王都こそ、王国の全人口の2割が住む大都市だ。
先進国とは言わないが王都は東京とそう大差ないほど文明は進んでいる。
車だって右ハンドルで左車線通行だし、今走ってる高速道路だって首都高と変わらない。
ま、日本ほど車は多くないけど。
ICで下道に降りて30分近く走った先の郊外のステーライヒ区にシジョウ家の自宅がある。
王都の中心街はビルが立ち並ぶけど、少し外れたら自然が見えてくるな。それは日本も同じか。
母さんが運転し、助手席には俺が。後部座席にフィアナを座らせている。
「すやすや……」
「よく眠ってるな」
「疲れてたのかもね」
後部座席に座ったフィアナは車が動くと同時に寝入ってしまった。
今のこととか聞きたかったんだが……起こすわけにもいかない。
しゃーない、母さんと話すか。
「さっきの結婚ってなんだよ」
「ああ、それ」
子供の時、間違いなく結婚の約束をしたんだろうなと思う。
多分フィアナが言っていることは事実で俺も適当に任せろって頷いたに違いない。自分のことだからよく分かる。
そんな子供の個人的な約束に親達も悪乗りしやがって。
「どうせ親父がフィアナの願いを二つ返事でOK出したんだろ」
「そーね。私も初めて聞いた時はびっくりしたわ……。でもフィアナだったらレイジのお嫁さんにぴったりだと思うし」
「俺はまだ15だぞ。結婚なんて考えられねぇよ」
「ん? もしかして中学時代誰かと付き合っていた子とかいたの?」
ないです。
そもそも友達自体ほとんどいなかったからな。
たまたま気があったはぐれもの達とたまに喋ることができたらそれでよかったんだ。
中学時代の数少ない友人の話では俺は陰キャラぼっち系に相応しいんだと。失礼な話だ。
「フィアナは凄く可愛くなったからねぇ。まぁアレに選ばれるくらいなんだから当然よね」
「アレ?」
「すぐ分かるわよ。そうだ、部屋はフィアナと一緒にしてあげようか?」
「アホらし、何言ってんだか」
シジョウ家のあるステーライヒ区の中心部を通過。
馴染みのある風景のはずだが……まったく覚えていない。
さすがに自宅は覚えているが、このあたりのベッドタウンの風景は日本と同じだな。
10年ぶりのサルヴェリア。俺も5歳まではこの地域に住んでいた。
親父、母さんと妹と4人で住んでいたんだ。
「そういえば妹はいないのか?」
一つの下の妹のシャロン。俺と同じハーフだが母さんの血を強く受け継いでおり、どっから見てもサルヴェリア人にしか見えない。
今は王都から離れた中学に通っていると聞いている。
あいつが小学生の時はよく母さんと一緒に日本に来てたんだが、最近来なくなり、3年近く会ってないので顔もよく覚えてない。
「この前の休みでは帰省してたんだけどね。また次の連休で帰ってくるって言ってたわ。フィアナにも会いたいって言ってたし」
「ふーん」
ま、そのあたりの話は後でもいいか。
そうこうしている内に家の前の駐車場へ着いた。
「この家は変わらないな」
「家を建てたのはレイジが生まれるちょっと前だしね~」
久しぶりのシジョウの家。2階建ての大きな白い屋根の一軒家。大きな庭に池もあり、仕事に精を出す両親のおかげで立派な家となっている。東京だったら下手すれば億超えてしまいそうなサイズだがこの国で王都から離れた場所なら安いモノらしい。
日本では親父お気にいりの狭い賃貸アパートだったから、住む分にはこっちの方がありがたい。
確か……部屋もかなりの数があったはずだ。
「……」
フィアナはまだ寝息を立てている。
さすがに起こすか。
体を揺すろうとフィアナに近く。
「すぅ」
「フィア……。……」
綺麗だな。本当に綺麗な寝顔だ。
「レイジ、フィアナに見惚れるんじゃなくて起こしてね」
「み、見惚れてない!」
母親ってやつは見抜いてきやがる。
元々サルヴェリア王国ってのは世界で一番美形が多い国と言われている。
日本とは違い美形率が格段に高いらしい。
フィアナの顔の造形が整いすぎているのも仕方ないことなんだ。
特に特権階級の貴族の大半は美男美女だとか。
母さんも今は平民階級だが生まれは貴族家だ。
フィアナは……どうだったっけ。
「レイジって昔は男も女も関係ないって感じだったけど……やっぱり思春期かしら」
「母さんは更年期に入ったもんな」
「もう、いじわるぅ」
「ふわぁ? もしかして到着しましたか」
ちょうどいいタイミングでフィアナが起き上がった。
車を降りて、手荷物を降ろし、家の前で伸びをする。
「それじゃねレイジこれ家の鍵ね。分かんないことあったら連絡ちょうだい。母さんしばらく帰らないから後よろしくね」
「ああ。っておい!」
母さんが車に乗ろうとしたので慌てて止める。
「ちょっと待て母さん。どこ行く気だ」
「あれ言わなかったっけ。私は仕事で王城勤めしてるからシャロンやパパが来る時以外はたまにしか帰らないって」
「知っている」
母さんは王都の中心部にある王城でデザイナーの仕事をやっている。
休みを自由に取れる仕事なので家族の休みに合わせて休暇を取るが、逆を言えば休みを取らなければずっと帰ってこない。
スマホがあればいつでもどこでも連絡は取れるのでそれに関しては問題はない。
「母さんがいないって、そんな!」
「もしかして寂しいの? きゃーーー! お母さんと一緒に王城に行く?」
「1人暮らしは問題ねぇんだよ」
家事は全部出来るし、生活費は今の時代、銀行口座に入れてくれれば問題ない。
まずいのは一つ。
「フィアナと2人暮らししろってことなのかよ!」