002 10年ぶりの幼馴染
それは5歳の時の頃の話だ。
サルヴェリア王国に家族4人で住んでいた時がある。
1つ年下の妹の体調が優れなくて母さんが付きっきりで看病していて……俺は一人寂しく遊んでいることが多かった。
それを見かねたのか親父がある場所に連れてきてくれたんだ。
「この子と友達になってやってくれ」
親父が紹介してくれたその子は同い年の銀髪碧眼の女の子だった。
何かの事件に巻き込まれて療養中だったその子は引きこもりがちで寂しさからお人形を抱いているような子だった。
女の子自身もお人形のように美しい容姿をしていて、まるで宝石のような存在の彼女に俺は……。
「何だか知らんけど、おれと遊ぼうぜ!」
「あ……」
何も考えずいろんな所へ引っ張りまわしていたっけ。
正直外見は何にも気にしてなかった。
当時は男女の垣根なんて理解してなかったから……異性だろうがなんだろうが関係なくその子と話していた。
多分寂しさを紛らわせる方が強かったのかもしれない。
その子も喜んでくれていたからこの選択は良かったと思う。
「あんた、もうちょっとじこしゅちょーした方がいいぞ」
「え……どうすればいいのかな」
「ツッコミだ」
「ツッコミ?」
「日本にそういう文化があるらしい。父ちゃんが言ってた」
「そうなんだ。レイジはもの知りなんだね」
「だから俺がボケたら……あんたがつっこむ。そうしよう」
「え! どうすればいいの」
それで生まれたのがはりせんだ。
でも、あいつあれから事あるごとにボコボコに俺を殴ってくるんだよな。
たまに奪って殴り返すこともあったけど……。
でもそんな楽しい時も長くは続かなくて。
「レイジ」
銀髪碧眼の女の子が俺の名を呼ぶ。
「日本に行っちゃうんですよね……」
女の子は悲しそうに呟く。
親父の仕事先が日本になったこともあり、帰国することになったんだっけ。
あと俺の黒髪のことからサルヴェリアで暮らすより日本で暮らす方がいいって話になったってことも聞いた。
「泣くなよ! 笑ってお別れしよーぜ! おれ、絶対会いにくるから」
「ほんと?」
「父さんみたいにめっちゃくちゃ強くなってあんたを守ってやる」
「じゃわたしは綺麗になる。だから……ね」
女の子は涙を目に浮かべて笑った。
「再会したらわたしと――――」
「おう! ―――――任せろフィアナ!」
◇◇◇
「そうか……あんたがあのフィアナか」
「っ!」
5歳の時、一緒に過ごした幼馴染。
銀髪碧眼の女の子。それが……目の前にいるフィアナ・オルグレイスだった。
「レイジ……レイジィィ!」
フィアナはあの時と同じで目尻に涙を浮かべ、抱きしめてくる。
「んぐっ」
甘い香りと胸部に当たる大きな膨らみに俺の脳は強い刺激が起こる。
5歳の時は男も女もどうでもよかったが、15歳の今は人並みに女を求めるようになっている。
そんな俺が女に抱きしめられたら意識してしまうだろうが。
離れささないと……。
「ちょ、フィアナ……おい」
フィアナの両肩を持って、離れさせる。
このまま抱きしめられるといろんな意味でまずかった。
距離を置きフィアナと目が合う。
ぱっちりとした瞳に整った鼻筋、小さくも潤いのある唇。
全体的に小顔でシミ一つ無い完璧とも言える顔立ち。
それはほんととんでもなく可愛らしくて……思わず見惚れてしまうほどだった。
顔が赤くなりそうだったのでフィアナから目を反らした。
「人目につくから離れてくれ」
「あ……。むぅ」
フィアナも注目を集めてることに気づき、ようやく離れてくれた。
がやがやと声がする。ひったくり騒ぎのせいで人を集めてしまったようだ。
「フィアナ行くぞ」
「あ……はい!」
警察とか来るとめんどくせぇ。
盗られたバッグをばあさんに渡して、フィアナを連れてこの場を離れる。
フィアナの手を引っ張って集まりつつあるギャラリーから抜け出すことに成功した。
そのまま国際空港の出口から外へ出た。
「レイジ!」
聞き覚えのある声にそちらの方に向く。日本車のミニバンが駐車されており、側には妙齢の金髪の女がいた。
「ごめ~~~ん、遅くなった!」
「いや、いいタイミングだったよ」
「ほんと! レイジ大好き、チューしちゃう」
「うっざぁ」
俺の母、ベネーティアは相変わらず陽気な言葉を吐く。
溺愛気味で何でも褒めちぎるのが思春期の俺的に嫌だが……この際良い。
半年に1回会っているから別段懐かしさもない。
「あらあらあら」
そんな母が艶めかしい笑みで俺を見てきた。
何だか嫌な予感がする。中学時代、毎回会うたびに女性関係を聞いてくるようなめんどくせー展開になりかねない。
「ベネーティアさん、ご無沙汰しております」
「フィアナぁ! 久しぶりぃ。また可愛くなってぇ! 元気そうで良かったわ」
母さんとフィアナは面識があったのか、
そもそも子供の頃、父さんがフィアナと俺を引き合わせたのだから母さんが知ってて当然か。
「でもさっそく手を繋ぎ合ってるなんて……やっぱり幼馴染よね」
「っ!」
そうだ、さっきからずっとフィアナと手を繋ぎっぱなしだった。
俺は慌てて手を離す。
「あ……」
フィアナが物足りなさそうな顔をしたが……俺がこれ以上もたない。
女の手ってなんなんだ。柔らかすぎるだろ。
「もうレイジったら恥ずかしがって、若いわねぇ」
「母さんはババくさくなったな」
「ひっどーい! もう! ……じゃあ2人とも車に乗って。家に連れていくから!」
「え、フィアナも来るのか」
母さんもフィアナもごく自然に車に乗ろうとしていたので停止させる。
「ええ、今日からシジョウ家にお世話になります」
待て待て、俺はまったくそんな話を聞いていないぞ。
でも確かにタイミングが良すぎる。10年ぶりの幼馴染の再会が俺の飛行機に合わせてだなんて……。
「母さんが謀ってたってわけか」
「そういうこと。再会した2人が仲睦まじく繋いでいたから安心したわ。フィアナが言ってた10年越しの結婚の件も現実を帯びてきたわね」
「はい……ずっと想い続けていましたから」
「オラ、ちょっと待て」
今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
母さんもフィアナもサルヴェリア語で会話をしているので通訳が上手くいっていないのかもしれない。
俺は日本暮らしが長かったしネイティブな発音とかいろいろあるもんな。
「今、結婚って言ったけど……違う意味だよな」
母さんとフィアナが見合う。
「ねぇレイジ」
フィアナが俺の側に寄る。
「レイジが日本へ経つお別れの日のことを覚えていますか?」
「あ、ああ……何となく」
正直な所あんまり覚えてない。
そんな一字一句覚えてるほど印象的なことあったっけ。
正直フィアナの名前を思い出せただけでも奇跡に近い。
「最後のお別れの時、私がお願いしたことにレイジは何て答えたか分かりますか?」
そんなの分かるわけないだろ。
って思ったが脊髄反射で生きてきた5歳の頃、何を言ったか正直予想がつく。
「……何だかよくわからんが任せろって言ったような気がする」
「大正解です! やっぱりレイジも覚えているじゃないですか」
覚えてるんじゃなくて想像の範囲内だよ。
結婚という言葉に承諾の言葉……フィアナと別れた時の言葉が予想をつく。
「じゃあ……最後に私が言った時の言葉を思い出してみてください」
ニコニコ顔のフィアナが期待するような目で見てくる。
隣で母さんが同じような顔で見てくるのが歯がゆい。
「5歳の頃」
3月末なのに汗がにじんできた。
「フィアナは俺に……こう言った」