001 日本から遠く離れた国
俺、四条零児にはかつて幼馴染がいた。
銀髪碧眼で同い年の女の子。引っ込み思案だけど、俺が手を引いて走れば嬉しそうに笑ってついてきてくれる子でもあった。
その容姿から日本人ではなく外国人。当然出身も日本ではない。
5才の頃、家族の都合でとある国に滞在した時に出会って遊んだわずかな時間。
日本への帰国が決まった時にいつかまた会おうって別れたんだっけ。
あの子は泣いて、俺は笑っていた。
それっきりだけど、あの子は今も元気にしているんだろうか。
俺が日本にいる限り会うことはない。
いつのまにか彼女に対する記憶は薄れてきて、彼女と別れて10年の月日が経過した。
◇◇◇
「零児。おまえ来月に中学を卒業するんだってな」
それは東京で一緒に住む父親に言われたことだった。
「ああ、出張ばっかで家を空けてるくせによく知ってたな」
「そりゃ愛する息子のことなんだから当然じゃねぇか」
「うさんくせぇ。1年の大半は出張でいないくせに」
実際、不自由のない暮らしで親に愛されているんだろうなと思うがこっちも思春期ゆえに文句の1つも言いたくなる。
家事は全部俺がやってるし、この親父は帰ってきたと思ったら土産だけ渡してまたどこかに行きやがる。
ただ、親がしっかり働いていて金を入れてくれていることも良く分かっている。
「どこの高校にするか決めたのか?」
「ああ、地元の公立高校に決めたよ。メッセージを送ったろ? まぁ見てないだろうけど」
「わりぃ、わりぃ。零児の進路はもっと早くに決まってたのに本人に言うの忘れてたわ」
「ったく……。は? 今何ていった?」
まったく報連相の出来てない父親に呆れるが聞き捨てならない言葉に困惑する。
「卒業後はすまんけどさ。海外のサルヴェリア王国の高校に行ってくれ」
「はぁ!? 沖縄とか離島ならまだしも……サ、サルヴェリアって外国じゃねーか!」
サルヴェリア王国。
北太平洋に存在し、日本とアメリカの間くらい位置する北海道くらいのサイズの島国である。
気候は温暖湿潤。四季もあり、過ごしやすい国で有名だ。
成田空港から6時間ほどで行けるため近隣諸国と並ぶ日本からの観光客が多い国だったりする。
「あの国が母さんの母国で良かったな。向こうに住む母さんが手続きしてくれてるから後はおまえが卒業後にサルヴェリアへ行くだけだ」
「聞いてないって! いきなりそんなこと言われても」
「だから言ったじゃねぇか。すまんって」
「そんなすまんあるか!」
「悪ぃが頼むわ。あの国にあの子が帰ってくるんだ。守ってやれるのは幼馴染だったおまえしかない」
「あの子……?」
「覚えてないか? おまえが5歳の時にあの国で一緒に過ごしたあの子のことだ」
◇◇◇
『アテンションプリーズ、まもなくサルヴェリアです』
「到着か……」
国際線の飛行機に乗り、まわりはサルヴェリアへ観光に行く日本人や帰るサルヴェリア人に混じって1人エコノミークラスの座席でくつろぐ。
結局、俺は親父の口車に乗せられて、外国であるサルヴェリア王国の高校に通うことになってしまった。
短期留学ならまだしも、まさか高校3年間まるまる留学することになるなんて。
同じ学校に進学すると思ってた友人も急すぎると言われ、涙ながらの別れを交わすことになる。
ま、今の時代スマホを使えばいくらでも繋がれるし、長期休みでは日本に帰省するのも考えてる。
向こうの生活に慣れたら友人を招待するのもありかもしれない。
着陸態勢に入ってすぐにサルヴェリア国際空港に到着。
速やかに大荷物を回収した後、入国審査のゲートへ行く。
「どのような目的で来ましたか?」
審査官が英語で聞いてくるが簡単な言葉なので動じることはない。
「留学です」
「OH!」
サルヴェリア人の入国審査官に驚いた顔をされた。
まぁそうだろう。黒髪で明らかに日本人にしか見えない俺がサルヴェリア語で答えたからだ。
サルヴェリア王国では公用語として独自の言語、サルヴェリア語が使われている。
「お上手だね」
「ありがとう」
滞在期間や滞在先などを答えて、俺はゲートを出ることにした。
10年ぶりのサルヴェリア国際空港か。5歳の頃に行ったはずだがやっぱりガキの頃の記憶なんてあてにならない。
看板の指示に従って……出口に向かって進んで行く。
さてと……到着時間は確か連絡していたはずだ。
空港の出入口で迎えの人を探す。
「確か母さんが……迎えに来てくれるはずだが」
サルヴェリアは母さんの母国だ。
母国ってことで母さんはサルヴェリア人ってことになる。
日本人の父とサルヴェリア人の母、つまり俺はハーフってやつだな。
前述の通り日本人の血が滅法強く、黒髪黒目で6歳からずっと日本に住んでいるのでほぼ日本人で通している。
母さんは半年に1度、俺の顔を見に日本に旅行に来ていたので顔が分からないことはない。
まだ到着してねぇのかな。
「きゃあああああ!」
サルヴェリア語での叫び声に自然とそちらに視線がいく。
一瞬日本語との違いに戸惑うが、ここはもう日本ではないのだから当然だ。
通路の先には倒れ込むばあさんとばあさんの手からバッグを盗ろうとしている身なりの悪い男。
ひったくりってやつか。
日本を離れると治安って奴がぐっと悪くなる。
男がバッグを奪い取って逃げ出した。
逃げた先はこっちだが……おそらく途中で曲がるはずだ。
男がいる方に向かってくるはずがない。
何か牽制できないか……キョロキョロとまわりを探す。
「レイジ、これを使ってください」
「おう悪い」
声をかけられ、渡されたそれを掴む。
それを見て……目を疑った。
「は、はりせん!? 何てモンを渡すんだ」
思わず渡してきた奴の顔を見る。
帽子にマスク、そしてサングラスを付けて顔を隠している女だった。
なんだこいつ。
「早く……あの人を」
「ちっ」
だったらもっとまともなもん渡せよと思ったが仕方ない。
俺ははりせんを掴んで向かってくる男が曲がる瞬間、視線をこちらから外すタイミングでぶん投げた。
親父から投擲術は学んでる。ダメージはともかく、当てられるはず。
「逃げてんじゃねー!」
このはりせん、しっかりした紙を使っているため投げやすい。
いいもん使ってんじゃねぇか。
真っ直ぐ飛んだはりせんは曲がるタイミングの男の頭に突き刺さる。
命中に絞ったため、怯ます程度しか出来ないが効果は覿面だ。
「ぐわっ」
男は怯んで、盗んでいたバッグを手放す。
俺は飛び出してそれを回収した。
「ぐぅ……、てめえ」
「失敗したんだし逃げた方がいいんじゃないか」
「ガキが! 逃げ場なんてないんだよ」
男が俺を睨んでくる。
正直言うと撤退してくれるとありがたいんだがな。
俺のためにも……そしてひったくり犯のためにも。
しばし睨みあっていると……さっきの顔を隠した女がひったくり犯の後ろにまわっていた。
そして地面に落ちたはりせんを掴む。
あいつまさか。
「えい!」
パシンとはりせんの小気味良い音が聞こえてくる。
だけど……そんな力の弱い一撃じゃ男を怯ますことなんてできない。
「なんだコラ!」
「きゃっ!」
ひったくり犯は怒りの矛先を見知らぬ女の方に変える。
穏便にいきたかったが、危険が及ぶ相手が俺からあの女になっただけの話だ。
掴みかかろうとする男の側方に移動。
俺の存在に気づいてももう遅い。
「寝てろ」
足を振り上げて、意識を刈り取るレベルの力を込めて渾身のハイキックを男の顔面にたたき込む。
「ごふ」
小気味よい音とわずかに聞こえた悲鳴に相手の意識を奪えたと確信する。
悪いけど武道の心得は十二分にあってな……。無理にでも逃げてたら良かったのにな。
かなり加減はしたがしばらく目は覚めないだろう。
気を失った男の側で……はりせん女がへたり込んでいた。
女のやった危険行為を褒めることはできないけど、はりせんを用意してくれたのはありがたかった。
「あんた大丈夫か」
「は、はい」
はりせん女に手を差し出し、掴まれた手を引っ張り上げる。
「強くなったんですね……レイジ」
「ああ。ってなんで俺の名前を。そういえばさっきも俺の名を言っていたな……」
はりせんを渡す時も名前を呼ばれた気がする。
顔を隠したはりせん女は帽子を外し、サングラスを取る。
マスクまで外し……はにかむように笑った。
「ああ……レイジ。ずっと会いたかった」
「あ、あんたは……」
その女の子はとんでもなく美しかった。
輝くような艶やかな銀の髪、白くシミ一つない瑞々しい肌。ぱっちりと大きな碧眼の瞳。鼻筋も通っておりどこを見たって完璧な造形だった。
手足は細く長く……とても綺麗な声をしている。まるで精巧優美な人形に魂を吹き込んだかのようだった。
「私はレイジのことを一時の間も忘れたことはなかったです!」
待て、昔……そんな髪色の女の子にこの国で出会ったことがある。
それは……。
「アレ、誰だっけ?」
「むん!」
パシンと思いっきりはりせんではたかれた。
新連載となります。区切りのいい所まで書き溜めているので毎日投稿させて頂きます。
前6万ほど投稿した作品は書き直して膨らませて15万文字にしました。
最近では少ない外国を舞台にした現代ラブコメをお楽しみ頂けたらと思います。
「楽しく読んでる」「先が気になる」と思って頂けたら今後の活動の励みや執筆モチベーションとなりますのでブックマーク登録を頂けると嬉しいです。
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