エピソード 03
驚いて荷物を見つめるけど、何も見えない。
「私もこうなって悲しいもの。
・・・でも、泣けないよね。
泣いたら、私をこうした奴が喜ぶだけだから。」
再び声がして、私は恐る恐る幌をめくる。
そこには小さな牢屋の中で、こちらに背を向けてしゃがみ込んだ、栗色の髪をした1人の女性がいた。
その手には、重そうな鎖が繋がれた、魔法の腕輪がはめられている。
「人・・・?」
私がそう尋ねると、その女性は首を振る。
「いいえ。
私は黄泉の一族。」
その女性は答えて、こちらを振り向いた。
その目は瞳が白く、その周りが真っ黒になっている。
人の目の造りが反転したかのような、感じだ。
「黄泉の一族・・・?」
私は思わず聞き返した。
私は、小さい頃からここにいて、外の世界をほとんど知らない。
「冥界であらゆる死者の魂を迎え入れ、生前の記憶を消して神の元へ送り出すことを生業にしている一族。
光と闇の精霊たちの力を、使いこなせる一族なの。
知らない?」
その女性に聞かれて、私は頷く。
「知りません。
わ、私長くここから出てないので。」
と、私がいうと、その女性は目を細めた。
「そう・・・。」
それっきり、またこちらに背を向けてしまった。
は、初めて見た。
人狼と人間以外の種族なんて。
とても綺麗な人だな。
目は怖いけど。
この人をどうするんだろう。
私はすっかり涙が止まり、背を向けたままの女性に目が釘付けになった。
やがて昇降機は地下にたどり着き、扉が開く。
私は慌ててめくっていた幌を戻すと、台車を後ろ向きに引いて、昇降機を降りた。
そこには、魔法で先回りしたノアム理事長が待っている。
「中は見てないだろうーな?」
低い声で彼が聞くので、私が怯えて頷くと、
「その部屋の中へ入れーろ。
それから幌を取って、食べ物と水を持ってこーい。」
と、言われた。
言われた通り、見知らぬ部屋に入れて幌を取る。
初めて入るその部屋はとても異様で、見たことのない機械が沢山あった。
私は、さっきの女性の方をチラリと見て、言われた通り、食べ物と水を取りに部屋を出ていく。
そんな私の後ろで、ノアム理事長は牢の中の女性を覗き込んで、
「さぁ、教えてもらおーか。
神を喰らう者を作り出す秘儀ーを。」
と、言っていた。
私はなんのことかわからずに、その場を後にした。
私は水と食べ物をトレーに乗せて、地下にある部屋に戻ってきた。
「強情な黄泉の一族ーだ!!」
と、怒鳴るノアム理事長の声がする。
何・・・?
どうしたんだろ。
恐る恐る中を覗くと、牢屋の中の女性が、ぐったりと横たわってる!
大丈夫かな?
ノアム理事長はイライラしながら、彼女が入った牢屋の周りを行ったり来たりしている。
「黄泉の一族は遥か昔、『神喰いの乱』を起こし、怪物を使役して神の力を喰らおうと精霊たちを襲ったではないーか!
我々は異種族の胚を組み合わせた、いわゆるキメラは作れても、魂を融合させることができーぬ!
その技は、精霊界に次ぐ高次元に住む天族、魔族、黄泉の一族しか持たーぬ!
教えーろ!!
さもなくば、呪符を書くインクの材料にするーぞ!」
と、ノアム理事長が叫んだ。
え・・・呪符のインク?
どういうこと?
ぐったりと横たわっていた黄泉の一族の女性が、顔だけをノアム理事長に向けて、
「・・・この研究所が、次々と高次元の種族を捕らえては、呪符の材料にしているという噂は本当のようね・・・。
そりゃ、私たちの体を使えば、上級精霊の力を使いやすくなるものね・・・。」
と、言った。
「うるさーい!
これだけ薬物を打ち込んでも屈しないなんーて!
教える気はあるのか、ないのーか!?」
「ないわ。」
「くっそー!
もっと強力な薬を打ってやーる!」
ノアム理事長が、ものすごい剣幕で部屋から出てきた。
私に気づいて睨みつけると、
「水を飲ませてやーれ!
食い物はやるーな!!」
と、言い放って姿を消した。
「だ、大丈夫ですか・・・!?」
と、言って私は牢屋に近づくと、中で横たわる女性の顔を覗き込む。
苦しそう・・・。
すぐに、牢屋の柵の隙間から、水の入ったコップを渡そうとしたの。
でも、彼女は体を起こせない。
ストローをさして、口元に近づけると、少し飲んでくれた。
「ありがとう・・・。」
と、彼女は言った。
ぐったりした姿を見ていると、何とか逃してあげたくなる。
多分、そんなことをしたら、私は命をなくすかも。
それでも・・・彼女をこのままにしておけない。
私は震える手を握り締めながら、あたりを見回した。
悔しい。鍵も何もない。
この牢を壊すこともできない。
私は牢の柵を掴んで、彼女に謝ったの。
「ごめん・・・なさい。
逃してあげたいけど、鍵が見当たらないの。」
と、言うと、中の女性は首を振った。
「いいの・・・。
そんなことしたら、あなたが酷い目に遭うわ。
せめてこの腕輪が外れたら・・・。
自分の力で脱出できるのに。」
そう言われて、私は彼女の腕につけられた腕輪を見つめると、手を牢屋の柵の隙間から差し入れてそっと撫でた。
彼女は一瞬驚いたけど、振り払う力もないようね。
「錆びて壊れちゃえばいいのに・・・。」