雪だるまの手ぶくろ 別バージョンその3
※このお話は、拙作『雪だるまの手ぶくろ』の別バージョンとなっております。独立したお話となっておりますので、『雪だるまの手ぶくろ』を読まれていないかたでも楽しめるようになっております。
山の斜面に建てられた小さな神社に、雪だるまが三つ並んでいました。一つ目の雪だるまにはマフラーが、二つ目にはコートがかけられています。そして、少し離れたところにある、小さな雪だるまには、手ぶくろがかたっぽだけつけられています。
この日は朝からふぶいていて、夜になっても雪はやみませんでした。真っ赤な神社の鳥居にも、雪がこんもりとつもっています。遠くでふくろうの鳴き声が聞こえてきました。
そのうちに、ほんのわずかですが、雲間から銀色の、満月の光がさしこんできました。光が鳥居をくぐって、マフラーをまいた雪だるまを照らしました。すると、その雪だるまはぐりぐりっと、頭の雪玉を動かしたのです。
「動けるぞ! 早くママに会いにいこう」
マフラーの雪だるまは、ずりずりと雪玉を動かしながら、神社から出ていきました。
銀色の光は、コートがかけられた雪だるまも照らしました。
「言い伝えは本当だったんだ。早くあの子の元へいかないと」
やはりぐりぐりと頭の雪玉を動かし、ずりずりと神社から出ていきました。残されたのは、手ぶくろをつけた雪だるまだけです。しかし、銀色の月は、再び雲に隠されてしまいました。風がだんだんと強くなり、いつの間にかふくろうの鳴き声もやんでいます。小さな雪だるまだけが取り残されてしまったのです。
「おばあちゃん、湯たんぽのお湯新しくしておいたよ」
冬美がタオルに包んだ湯たんぽを、おばあちゃんに渡しました。
「ありがとうねえ、冬美ちゃん。この季節になると、足が痛むんだよ。もうまともに歩けないし、あたしも長くないかもね」
「おばあちゃん!」
冬美がぎゅっとおばあちゃんの手をにぎりました。おばあちゃんはすまなそうに笑うと、冬美の頭をなでました。
「ごめんね、ちゃんと長生きするからね。……そうしないと、冬美ちゃんのお父さんに顔向けできないからね」
冬美はおばあちゃんの目を、じっと見つめました。
「おばあちゃん、村の言い伝えは、本当なんだよね。満月の日に雪だるまを作って、会いたい人の身につけていたものを雪だるまにつけると、たましいが宿るって」
「もちろんだよ。あたしはこの目で見たことはないけど、あたしのいとこなんかは、自分の娘に会えたっていってたねえ。でも、十二時を過ぎたとたんに、とけちまったっていっていたよ」
「ママは、信じてないみたい。口では信じてるっていうけど、今日も疲れて眠っちゃった」
せっかくの満月なのにと、冬美はつけくわえました。
「お母さんは、この村の人じゃないからね。でも、お母さんを責めてはいかんよ。女手ひとつで子供を育てるっていうのは、とても大変なことなんだから」
「ママのことを責めるなんて、そんなことできないよ。それに、わかってるの。一番悪いのは、わたしだって」
冬美はごしごしと目を手でぬぐいました。
「じゃあ、わたし玄関で待ってるね」
「風邪を引かないように、温かくしてるんだよ」
神社では雪がやんでいました。再びふくろうの鳴き声が聞こえてきます。雲間から銀色の光がさしこんできました。鳥居を照らし、その奥にある小さな雪だるまにも、ゆっくりと光が当たりました。ふるふると頭の雪玉をふるわせ、雪だるまはつぶやきました。
「うーん、ここはどこだろう? ずいぶん寒いぞ」
雪玉をずるりずるりと動かして、雪だるまは神社の境内を見わたしました。
「なんだろう、なにも思い出せないけど、なんだかどこかへ行かないといけない気がする」
雪だるまはずりずりと、雪玉を動かしながら鳥居をくぐりました。少し離れたところに、三角形の屋根をした家が見えました。真っ暗な闇の中、その窓だけが、真っ白に輝いて見えます。
「なんだかなつかしい気がする。よし、あの家にいってみよう」
ずりずりと、明かりのついた家へと向かいました。くだりの山道はすべりやすく、何度も転がりそうになりながら、ようやく雪だるまはその家へとたどりつきました。
「こんばんは、だれかいませんか」
冬美の家のドアが、がちゃりと開きました。毛布をまきつけた冬美が、おそるおそる顔を出しました。
「パパ、なの?」
「わからない、でも、なんだかここは、居心地がいい気がする。胸の奥が、暖かくなるような、でも、ずきずき痛むような」
「パパ!」
冬美は毛布を投げ出し、雪だるまに抱きつきました。パジャマが雪でべちゃっとぬれましたが、冬美はおかまいなしでした。
「ごめんよ、ぼくは君のパパかどうか、わからないんだ。なにも思い出せないんだよ」
「記憶が、ないの?」
冬美の顔がゆがみました。雪玉の中が、さっきよりもずっとずきずきと痛みました。
「ごめんね」
「……いいの。だって、手ぶくろかたっぽだけだったもの。だからちゃんとたましいが宿らなかったんだ」
満月はすでに雲でおおわれて、だんだんとふぶいてきました。
「わたし、パパに会ったら、あやまりたかったの。パパだって、この村にひっこしてきてから、なれない山で仕事していたのに、わたし、パパに大嫌いなんてひどいこといって。でも、もうあやまることもできないんだよね。きっとばちが当たったんだ」
冬美は自分の頭を、雪だるまの頭につけました。
「雪山からは、結局パパは見つからなかった。見つかったのは、パパの手ぶくろがかたっぽだけ。でも、きっと言い伝えは本当だって思ったのに。言い伝えなんて、信じないほうがよかった。だって、パパはもう」
雪だるまは、べちゃり、べちゃりととけていきました。きっと十二時を過ぎてしまったのでしょう。
「パパ、ごめんなさい、パパ……」
冬美はぐちゃぐちゃになった雪を、手ですくいあげました。
「あれ、なにかある。これって」
雪の中から出てきたのは、もうかたっぽのパパの手ぶくろでした。
「どうして?」
手ぶくろはきらきらと輝きはじめました。冬美は手ぶくろを胸に押しあてました。心の中に、パパの声が聞こえてきました。
『ごめんね、冬美。ひとりぼっちにしてしまって。パパは知っているよ。突然この村にひっこしになって、冬美はさびしかったんだろう。あの日もそれでパパといいあいになってしまったんだ。冬美、ごめんよ』
「パパ、ごめんなさい、ごめんなさい! わたし、パパに大嫌いなんていって、ずっとあやまりたかったの。ごめんなさい」
手ぶくろの輝きが、うすれていきました。パパの声も、だんだんと遠ざかっていきました。
『本当はもっと一緒にいてあげたかったんだけど、もう、いかないといけない。でも、これだけは伝えさせておくれ。姿は見えなくても、パパはずっと一緒だよ』
パパの声が聞こえなくなると、手ぶくろは温かくかわいていきました。
「……パパ」
冬美は手ぶくろにそっとほおずりしました。かすかにパパのにおいがしました。
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