記憶
「う~ん。やっぱり無いね。戸籍」
「………へ?」
自分の間抜けな声が頭に響く。冷や汗が止まらない。
「止めましょう。これ以上は無意味です。」
「住所もだねぇ。捜索願も出てない、こまっちゃったなぁ。」
パソコンに向かった若い警官が冷めた表情で呟く。やや間延びした話し方の中年警官が方苦笑いでこちらを見ている。
「なんとかお願いします。他に手掛かり無いんです、僕はそこに住んでるはずなんです!」
「住んでるわけ無いです。何度調べても墓場じゃないですか。」
ゆっくりと足元から這い上がってくる絶望感に目眩を感じ、パイプ椅子に崩れ落ちる。
この瞬間に僕が住所不定無職であることが確定した。
マジでどうすんのこれ。
「あの……僕が死んでる可能性は無いですかね。」
「なんですかそれは。ふざけてる場合ですか。」
「まぁまぁ。残念だけど、おじさん達霊感ないの。まだ落ち着いてないのかな?ゆっくりで大丈夫だからね。」
精一杯の冗談が一蹴され、視線を落とし黙る以外に出来ることが無くなってしまった。優しいおじさんには悪いが、これ以上落ち着いても何も出て来そうにない。
冷たい蛍光灯の光が照らす無機質な机に乗ったコーヒーをいくら眺めても、なにも思い出せない。居心地の悪い数十秒があまりにも長く感じた。
若い警官がうつむいた僕の脳天に冷たい視線を突き刺さしながら口をひらく。
「もう一度確認します。昨日未明、海岸で気絶している所を近隣住民に保護される。外傷は無く、脳の検査等も異状無いものの、氏名と年齢、住所以外を思い出せない。」
「はい、そうです。」
「……続けます。氏名、クロミヤハルキ、色の黒に宮本武蔵の宮、季節の春に22世紀の紀で、黒宮春紀。年齢は18歳で無職。お住まいは………まぁ、墓場と。合ってますか?」
「えぇ、まぁ、一応、おそらく。」