六話 なぜか隣国の王子様に溺愛される
「リン王子。敬語やめてもらえますかね……」
「いいだろう。ローラ。お前もそうするならな」
「ええ……そんなぁ」
王族に……?
「将来一緒になる間柄じゃないか」
「……はあ」
「もうお前以外考えられないからな、俺は」
そう言ってあたしの髪の毛をそっとなでるリン。
困ったなぁ。どうすれば、王子の婚約者って状況から逃れられるのだろうか。
全然そんな器じゃないんだけれど、あたしは。
むしろ、召使いがお似合いだと思う。だから、王子の婚約者じゃなく召使に戻りたい。
けれど、王族の言葉は絶対だから……はあ。
「そういえば、最近泥棒が出るそうだな。この城にも出ないといいけれど……」
不安そうに、リン王子は言った。
「護衛がいるような?」
「それがな、ローラ。まるで忍者みたいな泥棒らしく……」
「忍者」
どこまで日本かぶれなんだ、このゲームは。
たとえが座敷童だったり忍者だったり……。
昨日のごちそう、そういえばお寿司もどきもあったな。
「手裏剣を投げられたら、猛毒で死ぬんだろう」
「……見たこともあったこともないんで」
現代日本にはいないんで。忍者。
「見てみたくはないか、ローラ」
「いえ別に、見たくないかな」
さりげなく、軽く天然なんじゃ?リン王子って……。
大真面目に何を言い出すんだ……。
顔はきれいなのに、頭は実は残念なんだろうか。
勉強はできそうだけれど……。
「不安で実は一睡もできてないんだ……俺」
「それは大変。泥棒のせいですか」
「ああ」
「きっと皆さんが捕まえてくれるはず」
「どうだろうな、忍者だぞ忍者」
リン王子の中で忍者はどれだけ万能なんだ。
騎士や魔法使いよりも上の認識な気がするけど。
「ああ、眠い……なのに眠れない」
「な、ならあたし子守歌歌うっ」
「いいのか、さすが優しいな」
「それぐらい、これだけしてもらってるし」
「ありがたい……」
「では行きます」
そして、あたしは子守唄を歌い……なぜか地響きがして……。
「うわあああああああ」
「!?」
誰かが高いところから落ちた音がした。
「えっ、何事?」
「むしろ、ローラ……お前の歌が何事だったぞ」
「へ?」
あたしの歌?
「不審者捕獲しましたー!」
「はい? 不審者?」
「今の異常なうめき声にびっくりして屋根から落ちたと思われます!」
「う、うめき声って何?」
そんなのどこからも聞こえなかったけど?
「……ローラ」
え? 何で可哀そうな目でリン王子はあたしを見ているの?
同情されるような事態じゃないと思うんだけれど。
ぽかんとしていると外がにぎわってきた。
「伝説の忍者、無事捕獲―!」
護衛たちの歓声に、心底ほっとした顔のリン王子。
意味が分からないままあたしはきょとんとするしかなかった。
でもまぁ、泥棒が捕まったならそれでいいか……理由は不明だけれど。
ワイワイする庭を無視してあたしはリン王子を見る。
「これで、ゆっくり眠れますね」
「ああ、助かった。ありがとうなローラ」
「だから何であたしにお礼を言うんです?」
「……まさかの無自覚か?」
「何がです?」
「……深く考えないでくれ」
「?」
意味が分からないよ、リン王子。
とりあえず、あたしはリン王子が眠るのを見ていることにした。
ゆっくり瞼を閉じて、まどろむ王子はやっぱり美しい。
気が付けばあたしもうとうとし始めて……慌てて起きる。
眠気って伝染するよね。
「ローラ、お前も一緒に寝るか」
「そんな、はしたない」
「どうせ夫婦になる仲だ」
「えっと、まだそれ言います?」
「添い遂げる運命なんだから、同じだろう」
確定ですか? はああああ……。
仕方がないので、リン王子と同じベッドに入る。
さすが王子様、というぐらいの大きな天蓋付きベッドなので、二人どころか五人ぐらいで眠れそうである。
しかも、全部が真っ白でふかふか! ナニコレ、マシュマロみたいな感触の枕……。
「何をきらきらした目で見ているのだ」
「こんなお布団、初めて! さすが!」
「……普通だろう。まあいい。お前の部屋のも同じようにしておこう」
「わあい」
「だから今は、そばでゆっくり休め」
「子守歌は……」
「絶対いらない」
断固拒絶するリン。
なぜだ。
「おやすみ、ローラ」
「はい、おやすみなさい。リン王子」
「よい夢を」
そして、あたしは夢を見たのだった。
***
それは、前世でやったゲームの記憶。
お姉ちゃんが主人公で、王子様やいろんな攻略対象が出てきて。
きらきらした世界に、前世のあたしは憧れた。
敵役の忌み子の今のあたしを、ほかのプレイヤーと同じように憎んで。
応援するのはもちろん主人公だった。
だからこそ、こんな闇がこの物語にあるとか、考えもしなかった。
表層だけ見て、正義は主人公にあり、忌み子は悪だと考えていた。
それが、このざまだ。
「おはよう、ローラ」
「……リン王子」
「その、王子ってのもそろそろやめてくれ」
「でも、……王子は王子だし」
「リン、でよいと言ってるだろう」
「……はい」
あたしは、結局は悪役令嬢。
もう、エンディングは迎えてはいても、これからどうなるのだろうか……?
不安に思っていると、リンがあたしを抱きしめた。
「大丈夫だからな、ローラ」
なぜだかリンにめちゃくちゃ愛されているあたし。
何もしていないのに忌み嫌われ、何もしてないのに愛される。
いったいどういう仕組みなんだか……。
ため息をつきたいのを我慢して、あたしはリンを見た。
「そろそろ、あたしお腹がすいたかな……」
「まあ、朝だしな。一緒に食べよう」
「……本当に、いいの? あたしと一緒で」
「お前がいい、と俺は言っている」
「リン」
「聖女だとか、色々言われていたのも知っている。だがそんなのは関係ない、命を張って自分を助けてくれた女を愛せないわけがないだろう」
いや、助けてないんだけど……?
不思議に思っていると、あたしの黒髪をリンが撫でた。
「もっと自信を持て、ローラ」
「……はい」
そう返事はしたけれど、自信なんか持てるはずがない。
だって、あたしは無能なんだから。
何にも、魔力すらもない。
今は人々になぜか恵まれているけれど……あたしだけでは何もできないから。
「そんな顔をするな」
「え?」
「泣きそうな顔をしていたぞ、ローラ。俺はお前の悲しんでる顔は見たくない」
「そんな、あたし」
「……まぁ、お前にもいろいろあるのだろう」
「聞かないの?」
「お前が自分から話すまで、何も聞かないよ」
「……ありがとう。リンは本当に立派な王子だね」
「立派な恋人と扱ってほしいがな」
もったいない言葉すぎて恐縮する。
愛される資格は、あたしにはないのに。
「まあ、いずれそう思われるように努力していく気だがな」
「そんな、あたしなんかのために」
「ある意味自分のためだ。好きな相手のために強くなるということは」
かっこいい……とリンに感じながらあたしは無言になる。
いったいあたしのどこに惚れたんだろうか。
「俺は、自分で自分に胸を張れる人間になりたい」
「リン」
あたしだって、なりたい。
だけど……。
「…………」
「ローラ?」
「あたしは、人の役にたちたい」
「十分だろう。今でも。いるだけでお前は幸福を運んでくる」
「……本当に?」
「ああ」
「……あたしは本当は」
忌み子だ、と言いそうになり、焦る。
ダメだ、こんなこと言えば、リンにも皆にも嫌われるに決まってる。
この秘密は、墓までもっていかないと……。
胃がチクチク痛む。
罪悪感からだろう。
「本当は?」
「いつか……いえる時が来たら、話すよ」
「待っている」
そう言って、優しく微笑むリンを見て、泣きそうになった。
あたしは、何でこんなにも幸せなのだろう。
何もしてない、何もできない忌み子なのに。
なんだか後ろめたさを感じつつもあたしもリンに向かって笑った。
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