三話 突然、座敷童と呼ばれても……!?
「ローラ様、お元気で」
「気を付けてくださいね、ローラ様」
助けた村長たちに見送られ、あたしは今の村よりちょっと都会の村を目指した。
せっかくなので、機嫌よく歩いていくことにした。
なんか気分いいし、馬車を借りるのも申し訳ないしね。
もらったネックレスをぶら下げ、鼻歌交じりに歩き出す。
ああ、なんて今日はいい日。まるで人生の記念日だわ。
なんて足取りが軽いの。なんて心が弾むの。
こんなの初めて!
「ふんふんふんーるるん……ってあれ、かわいいお花!」
視界に小さなお花が見えた。
とっさにあたしはそれを拾うためにしゃがんで……それをつかんだ瞬間首を引っ張られた。何事!?
呆然としていると、後ろには大きな鳥。なにこれ……魔鳥?
ネックレスに惹かれたのかしら。鳥って光物が好きだもんね。
あれ? よく見ればケガしてる……。
そして、なんかあたしのぶら下げてる袋をつついてるぞ。
何か匂うのかなぁ……あたしは、あっちで湯浴びもさせてもらったんだけどな。
袋……袋……。
あ! わかった! 薬草だ。薬草、一本だけ袋に入れたままだったみたい。
全部渡したつもりだったんだけどね。
「これが欲しいの? あげるわよ、鳥さん」
ピンクから水色へのグラデーションのメルヘンな色をした鳥は、意味が分かったのかそれを持って消えていった。
「なんだったのかしら」
ふと、手を見てみるとお花だと思ったのはかわいいペンダントだった。
「落ちたままだとこれ、踏まれちゃうし、そもそも、これに躓いて転んじゃうから……とりあえず拾っちゃえ」
ぼろぼろなペンダントだけど……なんとなく、気になった。
色も剥げてるし、高そうな感じもしない。
おもちゃだろうとあたしでもわかる。
だけど、どうしても放置できなくて。
貧乏性なんだろうなー……。
実際貧乏育ちだけど!
本来はいい家の令嬢なのに! そう、悪役令嬢を名乗るだけの家柄なのに!
まあ、いいわ。そんなこと考えても意味がない。
「村が見えてきた」
花々が咲き誇る、鮮やかな村だった。
明らかに木造建てしかなかった前の村とは違い、しっかりとした家が目立つ。
裕福な村、というのが見てすぐわかるレベルだ。
村人の身なりにも余裕を感じる。
「うわああ……」
思わず感嘆の声が漏れた。なんか、絵本の中の世界のようだと思った。
確か昔は、もっといい村に住んでいたのだろうけれど……残念だけど記憶にないのよね。
ララ家は本当に裕福で、権力もある。その設定はあたしも頭では理解している。
だからこそ、その家を失ったゲームの中のローラが悪役令嬢になってしまったのだけど。
正直あたし自身の設定には同情してしまう。忌み子に生まれただけで、人生がダメになるなんて。実際かなりつらかったもん。そりゃ、やさぐれる気持ちもわかるけど……。
どうせ、復讐なんか無駄だし。何よりあたしはそんな能力ないし。
実は、最後までゲームしてないんだよねぇ、ラスボスになぜ、ローラがなったのかあたしは知らないのだ。自力で復讐劇を繰り広げる頭もないし……それに意欲もない。
「ローラ様、ですね。お待ちしておりました」
また、新しい案内人だった。
今度は初老の男性だった。かなり、紳士な感じがする。
細かいしぐさにいちいち気品を感じた。
「わたくし、この村をまとめるルーリック様のご命令で、レーン様のお家にご案内するために参りました。ローラ様は、とても素晴らしい方だとか……」
「いや、あたしは何もしてない……」
「まるで、聖女を通り越して、遠くの国で言う座敷童みたいだと。あちらの村長さんはおっしゃっておりました」
「……はあ」
それ、日本だよね。絶対日本をもとに設定された国だよね。
あえて口には出さないけれど……さすが日本人が作ったゲームだ。
「座敷童とは、素敵な魔物だそうですね」
いや、魔物じゃないですけど。と、突っ込む気力も無くあたしは苦笑い。
「さあ、向かいましょう。ローラ様」
「はい……あの、その様付け本当やめてください」
「いえ、ローラ様はローラ様です」
「おうふ」
もう、あきらめるしかないのだろうか、この呼び方。
かなりむずがゆいんだけど……。かなり、そわそわする。
ゆっくりと村を案内してもらいながら、あたしはこれから住む家へ向かった。
果たして、どんな家なのだろう。楽しみだなぁ。
そう思ってフワフワしていると、あたしは何かに躓いた。
「うわっ」
その拍子に、ポケットからお花のペンダントが飛び出た。
「あわわ」
「これは……」
「! ご存知ですか!?」
あたしは思わず食いついた。
「ゴミですね」
「え」
「まごうことなくゴミでしょうね。こんなぼろぼろで安そうなもの……」
で、ですよねぇ。
「ダメェ、それを捨てちゃダメぇ」
そう思ったとき、長い手が伸びてきた。
フワフワの色素の薄い髪の、いかにも上流階級の女の子だった。
スカイブルーの吊り目が、あたしより見た目だけなら悪役令嬢だった。
「これは、あたくしの大切なものなの! そこのお姉さん、ひろってくださってありがとうですわ」
……しゃべり方も悪役令嬢だった。
「ベリル様。この方はこれからこの村の仲間になるローラ様です」
「まあ、そうなの。あの噂の!?」
どんな噂か超気になるんですけど。
「あたくしの、小さなころこっそりいただいた、宝物を拾ってくださりありがとう」
「え、貴女のものなんですか」
「そうですわ。小さなころ、遠くの村で迷子になった時であった男の子にいただいたの」
「お嬢様!? そんな話わたくしは一言も」
「秘密だったもの。絶対捨てられると思ったから、に決まってるじゃなくって」
確かにゴミって言い放ったもんなぁ、老紳士。
隠したくなる気持ちもわかる。
「本当にありがとうですわ!」
「い、いえいえ。偶然拾っただけで……」
「これは、お礼をしなくては……ねぇ、あたくしの家に貴女が住むのはどうです?」
「そ、そんなの無理です! 大げさすぎます」
「だぁって、これはあたくしにとって命の次に大切なものよ?」
「そんな、大げさな……」
「うーん、困ったわ。あたくしは、何かしてさしあげないと気が済まなくってよ」
そう言われても。
困っていると、老紳士と目が合った。
「……では、お嬢様。この方を屋敷の召使として働かせてみては……」
「そんなの失礼じゃなくって? 恩人よ?」
「……それでお願いします!」
「!? こんなお礼でいいんですの?」
「何もしてないのに、お家に住まわせてもらうより全然気持ちが楽ですっ」
うん、何かをしてそのお礼に住まわせてもらうのなら、気持ちよく受け入れることができる。それに、召使いなら様付けもされなくて済むだろう。最高じゃないか。
よくやった、老紳士。最高だ、老紳士。あっぱれ、あっぱれあっぱれ老紳士。
ベリル様は、不満そうに首をかしげている。
けれど、あたしのごり押しで、あたしはベリル様に仕える事になった。
うん、あたし一番上よりこういう位置のほうがお似合いだと思う!
身の丈に合ってるっていうか……ねぇ。
「では、あたくしの家に案内しますわね。……えーとローラ」
「はい! ベリル様っ」
「なんだかすごく違和感がありますわ……恩人に様付けされて、こちらが呼び捨てなんて」
「気のせいですベリル様!」
全然問題なんかありません!
ニコニコ顔のあたしに、ベリル様は不思議そう。
「ベリル様、お荷物お持ちします」
「そんな、いいですわよ」
「召使ですから」
「……ん、もうっ。仕方がないですわね……」
「るんるんっ」
あたしは両手にベリル様の荷物を持って、鼻歌を歌う。
なんてやりがいのある仕事を手に入れたのだろう。
こんなあたしでも、人の役に立てる立場になれるなんて!
めちゃくちゃ嬉しい!
しばらくして、大きなレンガ造りの屋敷が見えた。
定番のようにバラ園がある。甘いいい香りがした。
「うわあ、豪邸」
「貴族にしては質素だと思いますわよ」
「ええ……貴族のお家に仕えれるなんて……あたしってラッキー」
「……その、貴族のお家でのんびりすればいいんですのに、何で嫌なんですの? 変なローラ……」
だって、そんな権利あるようなこと何もしてないし?
それこそ当然なんじゃないかな。
あたしは老紳士に案内されて、荷物を置いて着替えに行く。
「うわあ、似合う」
それは、いわゆるメイド服だった。
なんてあたしに似合ってるんだろう。
自分で言うのもなんだけど、ぴったりだ。
「ローラ。早く出てらっしゃい」
「なんですか、ベリル様」
初仕事? 初仕事ですか?
わくわくわく。
「もうすぐ、やんごとなき身分の方がこの家にお泊りに来られます。どうか、その方のお世話をお願いしたいんですの。ちょっと、ほかの召使が多忙で」
「が、がんばりますっ」
ちょっと荷が重いけれど、衣食住がいただけるんだから喜んで!
がんばって、あたしにできる限りの最高のおもてなしをしないと。
おっとその前に、本でも読んでお勉強だ。
「ベリル様、書庫ってどこですか?」
「あちらよ」
「ありがとうございます」
言われるがままに書庫に向かう。
しかし、古臭い本しかない。
けれどきっと、ありがたい本なのだろう。あれ、でもこの本のほうがかわいいな。
そう思って手に取ったのは、レシピ本だった。
結局、気が付けばそのレシピ本をたっぷり読んでいた。
もちろん、慌てて礼儀作法の本を読んだのは言うまでもない。