二十三話 平和からの……?
「ローラ様! オレと結婚してください」
「嫌です。グーレ国の王子様」
「何でですか!? まだあなたは未婚じゃないですか!」
「リンがいるからです。はい、さようなら」
「そんなあああああ」
グーレ国の王子はズルズルと護衛に引きずられていく。
これは、今日で三回目の光景だ。
「はあ……」
あたしは今、絶賛モテ期である。
聖女だということがわかってから、あちらこちらの王族や貴族があたしに求愛しにやってくる。どうせ肩書しか見ていないのがわかるので、すべて当然お断りである。
「俺と婚約しているのに……なぜだ」
「リンは優しそうだからね……」
「なめられてるのか。じゃあ鍛えたほうがいいのか」
「そういう問題じゃないと思う」
たぶん聖女という肩書にみんながつられている。
そんな理由じゃあたしは嫌だ。
リンがイライラした様子であたしの手を握る。その手はすごく温かい。
「あたしはリンのそばにしかいたくないよ」
「ローラ……」
「ほら、イライラしないで、紅茶を入れてきたから」
「冷たいやつか」
「うん、ってきゃあ」
あたしはリンに紅茶をぶちまけた。
白い服が透けて……なんだかいやらしい。
「ローラは俺にべたぼれだな。耳まで赤いぞ」
「だって、そんな、肌が……透けて……」
「お前が俺に惚れこんでると実感できて俺は幸運だ」
「恥ずかしいだけだよ」
「それに、お前には少しもかからなかったのも幸運だ」
「……う、それは。透けたら恥ずかしい」
「もしお前の肌が透けたら、ずっと抱きしめて隠してやる」
「リン! 恥ずかしいってば、そういうの」
「俺は、お前がそばにいるだけでそわそわし落ち着かない。まるで誰かにさらわれてしまいそうな不安さえ感じる」
「誰も取らないよ」
あたし、なんて。
「でも、今現在モテてるだろう?」
「う……聖女効果だけど。忌み子の時はこんなことなかったし」
「お前は俺だけのものでいてくれるか」
「当然」
「なら、この婚約指輪を受け取ってくれるな?」
「!? え!?」
それは、シンプルな金の指輪だった。
刻印は刻まれているけれど……。
「これは、俺の国が小さいときから受け継がれている指輪だ」
「そうなんだ……って、いいの!? あたしなんかが」
「お前は俺のだって証拠がないと落ち着かないんだ!」
そうリンは叫ぶ。
泣きそうな声だった。
「好きで好きで好きで好きで……おまえが好きすぎてどうにかなりそうだ」
「……リン」
「っくしゅん」
「……着替えようか」
「そうだな……」
うん、紅茶に濡れたまま立ってたのはさすがにまずかった。
このままじゃリンが風邪をひいちゃうよ。
慌てててあたしたちは召使いに部屋にあったかいタオルと着替えを用意させることにした。
***
「ローラ様! おれと結婚してください」
「いいや僕と」
「おれとだっ」
「この婚約指輪が目に入らぬか!」
「「「ははーっ」」」
「何やってるんだローラ」
「水戸黄門ごっこ。ってリンはわかんないか」
「わかんないぞ……誰だそいつ」
「気にしないで!」
そう言えば、と思う。
「ねぇ、リン」
「なんだ?」
「あたしがもし、前世はほかの世界にいたって言っても信じる?」
「お前が俺に嘘をつくわけがない。何であろうと信じるよ」
「……そっか」
そうだよね。リンはそういう人だから。
ゲームの話とかをする必要すらない。
たとえあたしが生前は日本人でも、ゲーム外の人間でも。
まったくそれは関係ないのだから。
よく考えれば当たり前だ。
あたしだってリンがどこの人でも関係なく好きだから。
王子様じゃなくても、男の人ですらなくても、きっと。
「えへへ」
「なんなんだいったい、ローラは」
「別にぃ」
「まあ、いい。ローラの頭の中を信用してるからな」
「あははは」
うーん。それもまたどうなのだろうか。
あたしもリンを信用はしてるけれど。
リンは、前からモテてたけれど、ずっとあたししか興味ない感じだったし。
今更、って感じがする。
「それにな、もしローラが揺らいだら俺が動かして気持ちを戻す気だ」
「リン……そんなことする必要もないぐらいリンにぞっこんだよ」
「知ってる」
「もうっ」
いちゃつくあたし達。
そこに、ミンが現れた。
手にはお菓子を持っている。
「何してるの、二人とも」
「ミンこそ、手のそれは何?」
「何ってローラ、お昼に現れないからお菓子を持ってきたんだよ」
「えっ、お昼すぎてた!? あたし達お昼食べてないの!?」
「二人の世界に夢中だったんでしょ。もう」
「ごめん、ミン」
「ロザリアさんがずっとモーレンにアタックしてうざかったからいなくてよかったんじゃない?」
「え? そうなの?」
「まさかロザリアさんが女装男子だなんて」
「へ?」
「年齢不詳の女装男子で自称占い師で魔法使えるとか濃すぎるよね」
……なんかよくわからないけれど……女装と女装ですごい組み合わせだなあ。
女装初心者のモーレンに、ロザリアさんが指導していい感じになる未来が……見える?
「まあ、いなくて正解だったよ、二人とも」
「はあ」
「そうなのか」
むしろその光景は見てみたかったけど……気まずくはなるだろうか。
苦笑いを浮かべるミンからは、疲労が伝わってくる。
「ボクは、ミシェル姫とお話ししてたよ。いい子だね。あの子」
「それはよかったね」
「結構話もあいそうだったし……それに、可愛いし……」
「ふむふむ、初恋ですか」
「お兄ちゃんだってローラが初恋だしっ」
「……おい、バラすな! ミン」
リン、顔赤い……そうなんだ?
「あたしだってリンが初恋だよ」
「! ならいいか……」
「だってずっと、男の子とか知らなかったし」
ある意味では、悪役令嬢として攻略対象にかかわってたんだろうけど。
その辺の記憶はあいまいどころかほぼないし。
ほかの誰も語りたがらないから、謎なんだよね。
いったいあたしはどんな嫌がらせを悪役令嬢としてしてたのやら……。
考えるだけで嫌になる。意地悪なのは嫌いだ。
「俺だって、ほとんど外交でしか女性とかかわることなんかなかったぞ」
「そうなんだ?」
「ああ。そういうのはいずれ運命の人と決めていたからな」
「それがあたし?」
「言うまでもなく当然だろう」
「えへへへ、そう言ってもらえてうれしいな」
「たとえお前が運命の人じゃなくても、俺はお前を運命の人にしたがな」
「リン……」
「お前以外考えられないから」
「あたしだって」
「はいはい、弟の前でいちゃつかないでくれる?」
「あ、ごめんミン」
「もう慣れたけど! 本当ラブラブだよね。ローラとお兄ちゃんは。あ、そのうちローラをお姉ちゃんって呼ぶことになるのかあ」
「ミン……恥ずかしいこと言いださないで」
「何言ってんの、二人ほどは恥ずかしくないよ」
真顔で言うミンに、顔が紅葉のような色のあたし達。
「恥ずかしがるぐらいならイチャイチャしないでよ、まったくもう」
ミンはそう言って呆れる。
まあ、そうなんだけどさあ……。
そんな時だった。ミシェル姫が走ってきた。
「すみません、皆さん、大変です」
「ミシェル姫? どうしたの?」
「ローラ様のお母さまが……!」
「……お母さんが!? どうしたの?」
「それが……ローラ様、早くいらしてください」
「う、うん!」
「俺も行く」
「リン」
「お前の母上は俺の母上だ」
リンの言葉を心強く感じながら、あたしたちは部屋を飛び出した。
待っててね、お母さん。今行くよ!




