二十二話 両親との再会
歓迎パーティが開かれることになり、あたしはドキドキしている。
ずっとあってないお父さんお母さんに会うとか、ドキドキである。
記憶の中では、あたしに嫌な顔しか向けていなかった二人。
すごく、寂しかったし怖かった記憶がある。
愛されたいと願っていた、だからこそあたしは悪役令嬢になってしまったのかもしれない。
あたしを見てくれる人が、どこにもいなかったから。
今はリンとか、あちらこちらのみんながあたしを見ていてくれている。
それだけでかなり嬉しいし、肯定されている気がした。
顔立ちは、お姉ちゃんは美形だけど、あたしはお父さんによく似た顔だった。
だから、二人を忘れることは正直なくて。
……ときとおり、胸がキリキリ傷んだっけ。
「はあ……」
「ローラ、行くぞ」
「リン。素敵な服ね」
いかにも王子様な、華やかで上品な服だった。
服は派手なのに、リンのはなやかがそれに全然負けていない。
あたしはお姉ちゃんにコーディネートしてもらった、可愛いピンクのドレスである。
妖精みたいで、なんかそわそわするけれど。チュールとか使ってあってフワフワしているし。靴だってパステル色にパールのビーズがいっぱいついてて可憐だ。
「ローラのほうが美しいよ」
「リンったら……もうっ」
「だが外の天気は悪いな」
「雨降ってるね」
「すぐに止むさ」
「そうだといいけどねー……」
ざあざあと降る雨を見ながらあたしたちはつぶやく。
パーティまではまだ時間はあるけれど。
雨音に、心臓の音がかき消されていくのがわかる。
「緊張するか」
「うん」
「俺が付いてるからな」
「ありがとう、リン」
「当然だろう? 婚約者なんだから」
「……本当に、ありがとう」
そっとあたしを抱きしめてくれるリンが、やっぱり大好きだ。
出会えて本当に良かった。
「おい、ローラ」
「何?」
「晴れてきたぞ。ほら、綺麗な虹が」
「うわあああ、本当だ」
「お前をこの国が歓迎しているかのようだな」
リンはそう言って微笑んだ。
「ローラ、すごいじゃない。この国は雨すら最近ふってくれなかったのよ」
「お姉ちゃん」
赤いドレスで着飾ったお姉ちゃんが笑顔で現れた。
元気そうで、カイリ王子とはうまくいってるのだとみているだけで伝わってくる。
だって、お姉ちゃんからはカイリ王子の匂いがしたし。
「お父さんたち、緊張してるみたい」
「……あたしだって」
「パーティの前に、先にあいさつしにいかない?」
「え」
「ほら、早くっ」
「お姉ちゃん、でも、あたし……」
「心の準備なんかしていたら一生会えないよ」
「うっ、確かに」
「行ってこい、ローラ」
「リン……」
そっとリンがあたしの背中を押した。
何があったって、リンがついてるもん。大丈夫だよ。
ガクガクと震える足を、動かす。
お姉ちゃんの手に引っ張られて、ガッチガチになりながら進む。
「ローラ」
名前を呼ばれて顔をあげると。
前よりくたびれて、年を取った両親がいた。
「……お父さん、お母さん……って……呼んでいいのかな」
「もちろんだよ。こんな自分でもお父さんと呼んでくれるんだな、ローラは」
「ごめんね、お母さん……風習ばかり気にして……でも、嫌な思いさせたのはお母さんたち自身だからね。責任があるのはわかるし、許せなくてもいいよ」
「本当は、お父さんたちは二人とも大事に育てたかったといっても、信じてもらえないだろうね」
「この手で、抱きしめたかったよ、ローラ」
お父さんたちが震える手を広げる。
ふらふら、とあたしはその腕の中に向かう。
「……おとぉさぁ……ん、おかぁさぁん……」
気が付けばあたしは、顔をめちゃくちゃにして号泣していた。
これは、夢だろうかと、疑いたくなる。
お父さんとお母さんがあたしを抱きしめる。
頭の上に、温かいものが落ちてきた。
「本当に、ごめんな」
お父さんがそう呟く声は、明らかに泣いている声で。
「よかったね、ローラ」
お姉ちゃんのすすり泣く声も聞こえて。
あたしは、初めて両親の愛を感じた。
***
「あれが本当の聖女か」
「忌み子と言われていたローラじゃないか」
「前と顔つきが違うな。どこか幸せそうに見える」
そりゃそうだろう。だってリンがそばにいるから。
なんて、パーティ会場で思うあたし。
「ねぇ、ローラ。今日は私からプレゼントがあるのよ」
「なあに、お姉ちゃん」
「ローラは魔石とか、魔法道具を持っていないじゃない」
「うん。持ってないよ」
「私のを、一部譲るよ」
「え、あたしだけそんな」
「本来はローラのものだし」
「でも……じゃあ、あたしもお姉ちゃんに力を少し……」
「渡し方なんかないでしょ」
「う……あたしもこの座敷わらしみたいな力の仕組みわからないし」
「それは簡単よ」
「え?」
「ローラが、そこにいてくれるだけでいいのよ」
「へ?」
「そうすれば、幸運がおのずとやってきてくれるの。だからローラは、聖女なの」
「……そうなの?」
あたし、いるだけでいいの?
そんなの、アリなの?
「だから、これからも私と仲良くしてくれれば、それだけでいいの。嬉しいし、助かるの」
「お姉ちゃん……そんなの、当然するよ。絶対、遊びに来るし、助けもするよ。たったふたりの双子の姉妹じゃん」
「……本当に、いい子だね。ローラ」
「? なんで?」
「普通は、私を恨んで嫌うものなのに」
「……んー?」
よくわかんないけど、そうなの?
お姉ちゃんは苦笑いしてるけれど……。
理由がわからないあたしは首をかしげる。
「まあ、俺のローラだから当然だな」
「リン! どこ行ってたの」
「ローラの婚約者だから、あいさつ回りをしていた」
「恥ずかしい……」
「何でだ」
「あたしがリンのものって、皆に筒抜けじゃん……」
「何をいまさら言ってるんだ。俺もお前のものだ」
「リン……」
「はいはい、ラブラブですねー」
「お姉ちゃん、からかうのはやめてよ」
「まあ、私も負けないけどね! カイリ大好き!」
「僕もだよ、ルーラ」
「ほら、呼んでないのにカイリが来た」
「本当は来てほしかったくせに、ルーラ」
「まあそうだけど。やっぱり離れてても心が通じてるんだわ」
「当然だよ。僕の運命の人なんだからね、ルーラは」
胃もたれしそうな甘い世界を作る二人に、リンは対抗心を燃やしてるようで。
あたしを抱き寄せて、ささやく。
「俺らこそ運命の人だよな、ローラ」
「そうだね」
「見せつけるべきだと思わないか」
「そんなことしなくてもあたしはリンだけのものだから」
「いや、この世界のみんなのものでもあるがな」
「大袈裟」
「だってお前は、この世界の聖女で、座敷わらしだからな」
「あはは」
「ずっと、長生きして俺と一緒にいて笑顔でいろ」
「……うん、ずっと幸せだよ、リンがそばにいるなら」
何があっても、きっとリンがいるなら。
あたしから笑顔が消えることはないと信じれる。
そしてもし、離れ離れになっても、きっとずっとつながってる。
だから、あたしは何も怖くなんかないの。
「そうだ、あちらこちらからお礼の手紙も届いてるぞ、ローラ」
「本当? みんな元気かなぁ」
「お前にまた、会いたいそうだ」
「行くよ、会いに行く」
「俺を忘れていくなよ」
「もちろん、一緒に行くに決まってるよ」
リンはホッとした顔で笑う。
「そうだな」
「誰に求められても、どんな立場を用意されても、リンの傍よりいいところはないから」
「ローラ」
「あたしはきっとリンに出会うために生まれてきたから……」
「そうだな、それはきっとじゃなく絶対だ」
「おいお前ら、視線を気にしろと前も言わなかったか」
モーレンだった。顔を赤くして呆れた顔であたしたちを見ている。
隣には唖然としたミシェル姫やミンも棒立ちしている。
「お兄ちゃん、ローラ、さすがに恥ずかしいんだけど……」
「ミィも呆れてます」
「ね、ミシェル姫」
「本当に。ところで貴方、素敵ね」
「え、ボク?」
「すごくきれいな顔立ちで、一目ぼれしてしまったわ」
「!? ミシェル姫!?」
ミンが戸惑う中、ぽやんとした顔のミシェル姫はミンににじり寄る。
女の子慣れしてないミンは、おろおろしていた。
でも、この二人ってかわいい系同士でお似合いだよね。
「がんばれーミシェル姫」
「はぁい、ミィ頑張ります」
ガッツポーズをするミシェル姫。
「ローラ!?」
それに対してミンが泣きそうな顔であたしを呼んだ。
そして気づいた。ロザリアが何気にモーレンを見つめていることを。
ほぉ、なるほど。皆なんだかんだでいい出会いをしているんだなぁ。
むふふ、と思わず笑ってしまう。
「お前が繋いだ縁だな」
リンが満足げに言った。
「さすがだローラ」
「あはは」
さすがにこれは予想外だけど、もしそうならすごく嬉しい。
あたしがきっかけで、運命の人同士が出会えるなら、それは最高なことだ。
逃げ惑うミンを見ながら、あたしとリンは笑いあう。
「いつかは……二人の子供も……欲しいな。ローラ」
「……そうだね。でもあたしはまだ、二人で愛し合っていたい」
「わかる。出会ってからずっとバタバタしていたからな。二人だけの時間を共有していきたいから、結婚式はまだ先にしたいな」
「うん、あたしもそう思う」
「それに、結婚なんかしてなくても、心は結ばれていると思うからな」
「絶対結ばれてるよ」
赤い糸なんかなくても。
あたしたちは見えない何かでつながっているから。
二人寄り添いながら、盛り上がる皆を見る。
広いお城の仲が、笑顔でいっぱいになっていた。
それは貴族も庶民も子供も大人も同じで。
この暖かい優しい世界がずっと続くように、心からあたしは祈った。




