十九話 バッドエンドのその後には
懐かしい国が見えてきた。
どこにでもある、それなりに栄えた国。
だけど最近は治安が悪い、と聞いたし実際そんな感じがした。
あたしがいた頃は、もう少し平和だったなあ。
正直、見ていて混ざりたいと思うぐらいには、楽しそうに皆は笑っていた。
お姉ちゃんも真ん中に常にいて。
「あたし以外の」皆は幸せそうだった。
それが今では、なんか寂れた感じがする。
気のせいであればいいんだけれど……。
花々はちょっと枯れ気味だし、ノラ動物も目立つし……。
「いつの間にこんなことに」
「とりあえず、カイリ王子に会いに行こう」
「考えがあるの? リン」
「お姉さんに直接会うよりは、いいかと思うしな」
「……確かにそうだね」
「俺なら、王子同士で面識がある。婚約者を連れてきて遊びに来ても違和感がないだろう」
「あー……」
それは確かに自然だ。
お姉ちゃんにも感づかれないだろう。
そんな時。あたしはぬるっとしたものを踏んだ。
「ナニコレ!?」
「……犬の汚物だな」
「ぎゃー」
犬のうんち! うんちじゃない!
リンは育ちがいいからそんな言葉は言わないけど!
最悪じゃん!? 何が幸運を持ってるって言うの?
まあ、うんはついたけど……駄洒落じゃん!?
いやなんだけどっ。
「うわああん」
「悪い、拭くものも洗う時間もない」
「がんっ」
「急ぐぞ」
「う、うん」
泣きたい。でも泣いたら足手まといになるから。
我慢しなくちゃ、臭いのはあたしだけじゃない。
リンだって悪臭に耐えているんだ。
文句も言わず、隣に立ってくれるリン……優しいよぉ。
背後からモーレンたちの気配もするし。
さあ、行こうか。
***
町中に入ると、視線を感じた。
また男装女装するべきだったかな、とも思うけどもう遅い。
あちらこちらからにらんでる村人が見えた。
「忌み子が何でここに」
「ローラだよな? 臭くね?」
すみません、臭いのは事実です……。
「追い出そうぜ!」
「……ローラ」
そっとリンがあたしに耳打ちする。
「リン、静かにしてて。騒ぎは起こしたくない」
「でも追い出そう、と言っているが」
「ダメ。けんかはいけない」
「ローラ……」
そんな時だった。
後ろから誰かがあたしに殴りかかろうとして……。
「くっさ」
倒れた。
「……こいつ、めっちゃ臭い。ローラに近づくな! 臭くなるぞ!」
「うわ、犬のうんこの臭いがするし、足についてる」
「げぇ」
「……えーっと」
「なんか、無事、追い返せたみたいだな。平和な理由で」
「ある意味ついていたみたいね」
「さすが幸運をもってるだけあるな……」
「……あまりうれしくないけどね!」
犬のうんちのおかげで、あたしたちは無事お城にたどり着くことができた。
護衛の人々はおびえた顔をしていたが、リンが隣国の王子であるからにして追い払うことは不可能だった。
そして、カイリ王子の部屋へと向かう。
もちろん、足は洗わされた。当然である。
「リン王子」
「……カイリ王子」
フワフワのピンクの髪がトレードマークのカイリ王子がそこにいた。
甘ったるいはずの顔立ちが、少し元気ないような気がする。
「やあ、久しぶりだね、ローラ」
「お姉ちゃんは元気?」
「あまり元気ではないね。なんだかうまくいってないみたいで、僕にも冷たくて」
「そんな、お姉ちゃんカイリ王子大好きなのに……」
「……そうなのかな。僕が王子だからじゃないのかな」
「えっ」
「……すごく不安に思うよ、今は」
「カイリ王子」
「……ルーラの様子、覗いてくかい」
「いいの?」
「バレなければ大丈夫だと思うよ」
「なるほど……」
……なんか元気ないなあ、カイリ王子。
ゲームではこんなんだっけ?
「俺も行く」
「リン」
「気配は消す」
「……ありがとう、護衛してくれるんだね」
「当然だろう?」
「……大好き」
本当に、リンに出会えてよかった。
あっという間に村を出て、ベリル様にあって、ミンに会って。
流れるように動いて、不安だったあの時期。
おじいさんたちやベリル様の様子は、どこからから調べてリンが時たま教えてくれた。
さりげなかったけれど、そのおかげで何も心配せずにいられた。
リンは、本当にあたしを愛してくれている。
だから、あたしもそれに答えたい。
好き。
あたしリンが好き。
だからこそ、お姉ちゃんとのこと決着をつけたい。
「…………」
無言でお姉ちゃんがいるという部屋のドアをそっと開ける。
なんだかぐったりした様子のお姉ちゃんがベッドに横たわっていた。
「何でうまくいかないの……」
そう呟くお姉ちゃんは、哀愁が漂っていて。
「……お姉ちゃん」
思わず私は声に出して、お姉ちゃんを呼んでしまった。
当然振り向くお姉ちゃん。
「!? ローラ!? ……の幽霊?」
「え、と……」
「……っ」
青ざめるお姉ちゃん。
そして部屋を飛び出していく。
「ルーラ!」
カイト王子が叫んだ。
けれどもお姉ちゃんは足が速い。
あっという間に消えてしまった。
呆然とするカイリ王子に、あたし達。
「……ルーラ」
「カイリ王子、探しに行こう。お姉ちゃんを」
「ローラ」
「そうだな、様子が変だったし」
「リン王子」
「……わかった、僕の大事な女の子だから、行くよ」
カイリ王子は、まだお姉ちゃんが好きだと思う。
何か思うところはあるかもしれないけれど、そう感じた。
だって、ゲームの中ではお姉ちゃんはけなげにカイリ王子にアピールしていたから。
そりゃあ、好きになるよねってぐらいに。
一途で、真剣で。
プレイヤーだったあたしが、どんだけドキドキしたか。
「リーチェを使おう」
あたしは言った。
外に出てリーチェを呼びだす。
「ローラ、すごい……魔鳥を操るなんて」
「カイリ王子、今はそういう話をしてる暇はないから、乗って」
「うん」
「俺も乗ればいいんだな」
「よろしく、リン」
「ワタシ達も」
「……モーレン、いたのか」
「いました、すみませんカイリ王子」
「……まあ、話はいずれ」
バタバタとロザリアも入れて皆が乗った。
『行くぞ』
リーチェがそういって、羽ばたく。
さあ、お姉ちゃんを、迎えに行こう。
***
何やら街の中で、ざわざわした雰囲気を感じた。
「聖女が時計台の上に」
「身投げしようとしている!」
「そんな、ばかな」
「……嘘、お姉ちゃん」
「行くか、ローラ」
「リーチェに乗ったまま、話をつけよう」
「ルーラ……大丈夫かな」
そわそわしながら泣きそうなカイリ王子。
「大丈夫だよ、カイリ王子。きっと大丈夫」
困惑するカイリ王子の顔は真っ青だった。
そうだよね。婚約者だもんね。
心配に決まってるよ。
あたしだって、もしリンが同じ立場なら……。
考えるだけでぞっとする。
「リン、お願い、不安だから手を握ってて」
「ああ。それぐらい」
「それだけで、勇気がもらえる気がするから」
「……ローラ」
リンは柔らかなほほえみであたしを見た。
あたしも、自然と笑っていた。
カイリ王子は唇をかみしめて苦い顔をしている。
同じく、モーレンも複雑そうな顔だ。
お姉ちゃんと、攻略対象だもんね。
一緒に過ごしてきたもんね。
あたしだって、これでも血のつながった妹だ。
思い出がまったくないわけではない。
そりゃ、嫌な思い出ばかりだけれど。
……それでも。
「助けるからね、お姉ちゃん……」
……バッドエンドのその後に、バッドエンドはいらない。
いつも応援ありがとうございます。
そろそろクライマックスに入りました。
これから最後までお付き合いください!
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