二話 国外追放からの出会い
村に着くと、あたしをじろじろ見る、質素な服の村人がたくさんいた。
ここはそんなに栄えていなくて、豊かでもないのだと感じたけれど、あたしにはそれぐらいがちょうどいい。こういう村で、普通に暮らせるだけで、あたしは幸せだ。
「ここです、ローラさん」
「案内ありがとうございます」
「村の奥に、民家がありますので、そちらに向かってください」
「わかりました」
案内人は義務を終えて、去っていった。
あたしはため息をつく。それは落胆からのものではなかった。
むしろ、安堵のため息だった。
これでもう、あたしは「忌み子」ではない。
少なくとも、そういわれなくて済む。
そう思うだけで気が楽になった。
「よし、民家に向かおっと……」
***
そこは、やけに薄暗く陰気な雰囲気の場所だった。
なんていうか、負のオーラがやばい。
でも、そんなのは慣れっこなので、気にせず民家に突き進む。
「こんにちは、今日からお世話になるローラです」
ノックをして、あたしは名乗った。
すると、ゆっくり扉が開いて、体に斑点がいっぱいある老夫婦が出てきた。
いかにも絵本に出てきそうな、お年寄り! って感じの二人は、温厚そうに見えた。
腰も曲がってるし、力がなさそうで見ていて手を貸したくなる。
「君がローラかの。わしはジェイ。妻はテケじゃ」
「よろしくおねがいします」
「おじいさん、おばあさんでいいわい。もう、そんな年だからねぇ」
ジェイ……おじいさんはそう言ってしわくちゃの顔をゆがめて笑った。
テケおばあさんは、あたしのためにお茶を入れてくれた。
「こんな伝染病のおばあさんの入れたお茶は嫌かもだけど……どうぞ」
「ありがとうございます」
(初めて人に、温かいお茶を入れてもらった!)
つい、うれしくて涙目になる。
あたし、人間扱いされてる!
「……おいしいです、おばあさん」
「こうやって、入れたお茶を飲んでもらえたのは何年振りかね……病気になってからずっとこの民家に隔離されていてね。一応、最低限の衣食住は与えてもらっているけれどねぇ」
「そうなんですか、おばあさん」
「なかなかね、この病気に合う薬草がなくてねぇ、この国には……」
「……それは、残念ですね」
その体では、国外に薬草を探しに行くなんて絶対に無理だろうし……そもそも、代わりに探してくれる人もいないのだろう。
かつ、この国以外に移動して、あたしが探すにしても、ヒントがなさすぎる。
「それは、どんな見た目の薬草ですか」
「……それがねぇ、ぱっと見は普通の草なんだけど……よく見ると筋が七本全部に入ってるんだよ」
「ほぉ……」
なんか、どこかでそんな草を見たような?
気のせいだろうか。
あたしはとりあえず、おばあさんたちに休むようにうながした。
「とりあえず、あたしは家政婦みたいなものだと思ってください。何でもしますよ。衣食住を供給していただけるんですし」
「いいのかい? こんなおいぼれにやさしくしてもいいことはないよ」
「そんなことはないですよ、おばあさん。こうやって優しくしていただけるだけでうれしいです」
「……いい子だねぇ、ローラは」
「はじめて言われました、そんなこと」
「どうしてだい」
「……まぁ色々あって」
忌み子だった、なんて言えないけれど、どこか胸が暖かくなっていくのが自分でもわかった。
「わし達は、もうきっと孫にも会えないんだろうねぇ」
「お孫さんがいるんですか? おじいさん」
「ああ。生まれてすぐに引き離されたがね。今はもう、言葉もしゃべれるようになっただろうねぇ」
「……それは、つらいですね」
「会いたいけれど、この病気をうつすわけにはいかないからねぇ……仕方がないよ」
仕方がない。それは、あたしが自分に言い聞かせてあきらめてきた魔法の呪文だった。
いたたまれなくなって、あたしはそっと目を伏せる。
世の中は、不条理だらけだ。
「ああ……会いたいね、エレン」
そう言って、静かにお茶を飲むおじいさんには、あきらめの雰囲気が出ていた。
どうにかして会わせてやりたいとあたしは思う。
けれど、その方法がわからない。
「と、とりあえずあたしお料理をご馳走しますね。苦いけど、くせになる草を、来るまでに見つけたんです。これ!」
あたしは、袋から来るまでに集めた草を取り出した。
その瞬間、おじいさんはお茶の湯飲みを落として割った。
「それは……」
「? どうかしました?」
「伝説の薬草じゃないか……」
「え? あ……確かに全部七つの筋がある……この、苦い草が薬草……」
確かに良薬口に苦しとは言うけれど……まさか。
「ローラ! お願いだ! それをわしたちに少し分けてくれ……」
「全然いいですよ、そんなにおいしくないですし。お二人のためになるなら」
「ああ神様。なんて素敵なものをわし達にローラは運んできてくれたんじゃ……まるで、ローラが導いてくれたような気さえするねぇ」
「大袈裟ですよ、おじいさん」
「さあ、煎じて飲むかね。ああ。夢のようだよ」
「おばあさん……でも、これでエレン君に会えますね」
そう思うと、あたしまで嬉しくなってきた。
「実はね、村長もねぇ、この病気なんだよ」
「え」
「誰にも言わず、こっそり隠居しているけれどねぇ、きっと喜ぶよぉ。ローラのおかげだね」
「あたしの、おかげ」
人の役に立つなんて、生まれて初めてかもしれない。
今まで、いらない子扱いだったから。
「ローラ。何で君が泣くんだい」
「うれしくて……」
「本当に、優しい子だねぇ。ローラは」
「ちがうんです、おばあさん……」
でも、きっと、この涙の訳を他の人は理解することはできないだろうから。
あたしは声を押し殺して、ただ泣くしかないのだった。
***
それから。あたしは鳩を飛ばし村長に薬草を送った。
もちろん、おじいさんとおばさんも薬草を煎じて飲んだ。
びっくりしたのは、飲んだ瞬間に斑点が消えていったことだ。
それはまるで魔法のように、一瞬で。
おじいさんもおばさんも泣いて喜んだ。そしてあたしを抱きしめてくれた。
「ローラはわしらの恩人じゃなぁ」
「村長もきっと、ローラをこの村に歓迎するだろう」
「おじいさん、おばあさん……」
「来てくれてありがとうなぁ、ローラ」
「そんな……あたしなんか」
「本当に、感謝しているよ」
今まで向けられたことない感情に、むず痒くなりながら、あたしは笑った。
感謝されるってこんなにも幸せに満ちることだったんだと、知った。
そのうち、扉をノックする音が聞こえた。
「村長だな」
そう言っておじいさんは扉を開けた。
言葉通り、偉そうなしっかりとしたおじさんが、そこにいた。
肩幅も背丈もあり、どっしりとしたあごひげがいかにも裕福そうだった。
村長は、あたしを見ていきなり頭を下げた。
「!? え、え?」
混乱するあたしを無視して村長は口を開く。
「今回は本当に助かった。この国にはない薬草を運んできてくれるとは、本当にありがたい……おかげで、村人にバレずに、健康体に戻ることができた」
「そんな、あたしは偶然……」
「……その偶然が、私たちの命を救った。あの斑点が全身に広まってからでは遅かったからな」
「……はぁ」
「お礼に、この村に伝わる魔石をあげよう。そして、この村よりもっといい村に住めるように手配しよう」
「そ、そんな、あたしはここで十分ですっ」
「いや、そういうわけにはいかない。ローラ様にはもっといい環境を」
「ローラ様ぁ!?」
あたしが、さま付け……ありえない……。
「そして、ジェイたちは息子夫婦とまた、住むがいい。今日からな」
「! 本当ですか!?」
おじいさんは前のめりになって叫んだ。
「今、ここに息子夫婦を連れてきたから、一緒に元の家に戻るといい」
「ああああ、ありがたい幸せ……ローラ……いや、ローラ様。ありがとうございます」
「そ、そんなおじいさんまでローラ様だなんて」
「感謝してもしきれないな。金貨も送ろう」
「いえ、結構です」
「祝賀会も」
「大丈夫ですっ」
そんなことされたら、あたし爆発しちゃうよ!
絶対耐えれないもん、無理!
「なんて謙虚なんだ。ローラ様は、まるで聖女だ」
「いえ。それはあり得ません」
それだけは、ありえない。
聖女はお姉ちゃんなんだから。
「じゃあ、せめて、おいしいご馳走を、一度でもいいからごちそうさせてくれないかね」
「そ、それぐらいならっ。多分!」
「後、二枚華やかで丈夫なワンピースを。せめて洗い替え用に二枚は受け取ってほしいね」
「……いいんですか!?」
「本当はもっと、お礼をしたいのだけれどね」
「十分ですよ!」
夢のようだ。あたしだけの、あたしのために用意された服にそでを通すなんて。
幸せすぎて怖くなるぐらいだ。
村長は優しい顔をしてあたしをなでた。
人に撫でられたのも初めてで、どこかくすぐったかった。
「どんなワンピースがいいかね」
「えっと、汚れが目立たないやつ」
「……なんだか現実的すぎる気がするがね」
「だって、宝物になりますから!」
「そんなに喜んでもらえることかね」
「十分感激ですよ」
うれしすぎて鼻血出しそうなぐらいだもん!
「まあ、ローラ様がそういうなら……」
「本当、様なんていらないぐらいなのに……」
「……じいじ?」
そうこうしている間に、おじいさんの息子夫婦が顔を出した。
たぶんエレン君であろう、男の子がおじいさんを見て首をかしげながらおじいさんを呼んだ。
「そうじゃ、じいじじゃ」
「わしはばあばじゃ」
泣きそうな顔でエレン君に近づく二人。
エレン君はにこりと笑って二人に抱き着く。
震える手で、それをおじいさんたちは受け止める。
何度もきっと、夢に見た光景だろう。
「ばあば、じいじ!」
嬉しそうに抱きしめあう家族を見ているとあたしまで涙が出てきた。
本当に、本当に良かった。
息子夫婦も、あたしに深く頭を下げてくれた。
こんなことも、あるんだなぁ……。
泣きながら、思わず微笑むあたし。
後味最高な気分のまま、あたしはお昼においしいご飯を平らげたのだった。
緊張してます。
ぜひ、最後までお付き合いください。
よろしくお願いします1