十五話 リン、さらわれる
あたしが言い出した男装女装のまま、ご飯屋さんを目指す。
ナンパを無視していくうちに少し不機嫌なリンと、なんとなく納得いかない感じのモーレン。苦笑いを浮かべるしかない、あたし。
町では、色々な出店がやっていた。
「安いよーおいしいよー」
「気になるな」
「リン、まずは食べてから」
「そうだな。間食は後だな」
そわそわしているリンは、出店を見るのが初めてなのかもしれない。
落ち着かない様子できょろきょろしている。
まあ、王族が出店で何かを買うってことは基本ないよね……。
「今度一緒にお祭り行こうねリン」
「……ああ」
許されるかは別として。
「ついた」
モーレンが足を止めたのはいかにもおしゃれなお店だった。
ハーブのいいにおいがする。
「庶民向けの中でおしゃれなはずだが」
「へぇーかわいい、ピンクの壁」
「おまかせオーダーもできたはずだしな」
「くわしいね、モレ」
「いつか行きたいと思ってたからな。周りがみんな行っていたから」
「へぇー」
ってことはモーレン自体は初めてなのか。
なるほど。なら身バレはしないかな。
さすがに身バレは危ないからね……。
モーレンが裏切り者扱いされるし。
「おまかせでお願いします」
あたしは声を作って言った。
店員さんはにこやかに頷き中に入っていく。
しかしそこに、怪しげな男たちがやってくる。
筋肉して強そうな男たちだ。
「そこの金髪のお姉ちゃん」
またリンらしい。
「ついでに緑の髪のお姉ちゃんも」
「……ついで」
モーレンが不満げに躓いた。
「ついてこい。反抗したら……わかってるな?」
二人はあたしをじっと見て、頷くと男たちに従って消えた。
残されたあたし。
「ええ……?」
まあ、あの二人なら大丈夫だろうけど……おまかせの料理がどんどん運ばれてくる。
仕方がないのであたしはそれに箸をつけた。
「ん、おいしい」
どんどん食べたくなる味だ。
おいしいご飯に、野菜。定番な料理ばかりだけど盛り付けがおしゃれな感じだ。
量も多いけど。さっぱりしていて、コクがある。
「もぐもぐもぐ……」
のんびりしていると、なぜか大量の女の子をつれてリンたちが戻ってきた。
後ろから男たちが追いかけてくる。
でっかい大男もいる。ごついしでかいし、色も黒い。
怖いと思った。しかもなんか怒ってる様子だ。
「おい、大女ども! 人の売り物を逃がすなっ」
「お前らに女の子たちは売らせはしない」
「リン」
「ワタシがいるからには見逃さない」
「モレ」
なるほど。女の子たちを救出してきたんだな。
さすが二人。さすがリン! かっこいい!
傷一つなく涼しい顔の二人に、大男が襲い掛かる!
「危ないっ」
とっさに飛び出るあたし。
すると、大男は泡を吹いて倒れた。
「うわあ!? 兄貴!」
「なんで!? 兄貴は女アレルギーなのに」
「こいつ、まさか女か!?」
げ。やばい。
ていうかさ……。
「何で女嫌いなのに女をさらってたの?」
「女が嫌いだから女を売って金儲けしてんだよ、兄貴は」
手下がそうしゃべりながら大男を抱える。
「最低」
あたしはそう呟いた。
なんて奴らだ。
「もし、今度同じ事したら、あたしたちが許さないから」
「……この、男装女っ」
「男装して何が悪いの?」
「くそっ」
のびた大男を担いで、手下たちは必死に逃げていった。
リンもモーレンも追いかけることはしなかった。
だから、あたしもただぼんやりそれを眺めていた。
そして、わあと歓声が響く。
「男装さん、ありがとうございます!」
「本当に、そこの長身美女さんたちも」
「助かりました、感謝です」
女の子たちが泣きながら騒ぐ。
リンたちは嬉しそうにほほ笑んでいた。
ただ、あまりしゃべると性別がばれるので無言だったけれど。
女の子にリンが囲まれているのはあまりいい気分じゃないけれど……しょうがないよね。
「あのっ、男装さん、お名前は」
一人の女の子が近距離であたしに言った。
困った。
「名乗るほどのものではありません」
「かっこいいー!」
いや、事実だから。
あたし何もしてないから!
「結婚してくださいっ」
「ええ!?」
その時だった。リンが動いた。
「…………」
無言でにらみを利かせて、あたしを抱きしめる。
「あ、彼女が恋人さんですか」
「うん、まあ」
「それじゃかなわないです。すみません」
リンが満足げな顔をする。
これって、やきもち?
なんだ、リンも同じ気持ちなんだ。
思わずにやけそうになるあたし。
「とりあえず、帰るので」
「えー、男装さんたち帰らないでー」
「もっとお礼したいのにー」
「大丈夫です」
「むー」
腕を絡ませてくる女の子の手をはねのけるリン。
おちついて、おちついて。
「では、本当にさようならっ」
あたしはリンを引っ張ってお店を出た。
もちろん料理の代金は払った。
***
「さすがローラはモテるな」
「いやいや、リンほどではないよ」
「女装をすれば本当の世界が見えると思い、提案もしたのだろうし」
「違うけど」
「また謙遜する」
「……うーん」
「そういう奥ゆかしさも、好きだ」
「リン」
なんかもう、リンに褒められると事実が言えなくなる。
それほどまでに、リンが好きなんだな。あたしって。
「愛しているよ、ローラ」
「……あたしも、だよ」
「おい、いちゃつくな」
「モーレン。邪魔するな」
「邪魔ってな……」
あきれ顔のモーレンはあたしたちを見て嘆いた。
「ったく。カイリ王子もそうなら幸せなのに」
「え?」
「最近はあの二人うまくいってないんだよ」
「……そうなんだ」
「何の話だ? ローラ、モーレン」
「ううん、なんでもないよ」
「ああ」
お姉ちゃんは気になる。
けどあたしはリンが一番気になるのだ。
リンが心の中心なのだ。
恋愛脳、と笑われてもいい。
ここまで自分を肯定してくれた存在は生まれて初めてだ。
前世でも、今でも。
たとえゲームにとってはモブである隣国の王子様でも。
攻略対象かどうかなんて、そんなの関係ない。
あたしは、リンが大好きだから。
「そんなことより、リン。早く帰ってゆっくりしようよ」
「ああ。そうだな、ローラ。一緒にのんびり食事でもするか」
「ごめんね、ご飯……」
「いい。お前がそばにあればなんだってごちそうだからな」
「……リン」
甘い言葉をもらう権利には、忌み子のあたしにはないのかもしれないけれど。
この心地よい空間で、生きていきたいと強く願う。
できる事なら、永遠に続けとも願う。
それが、今のあたしの願いだ。
「リン……」
あたしは甘えるようにリンに抱き着いた。
「なんだ?」
「ずっと一緒にいれればいいのにね」
いい匂いのするリンになつくようにくっついていく。
この体温を、ぬくもりを、失いたくなかった。
「大丈夫だ、ずっと一緒にいるから」
「……うん」
怖かった。
自分が忌み子だという消えない現実が。
忌み子だからこそ、リンに出会えたという現実が。
認めるのが、怖くなった。
あたしは間違いなく、悪役令嬢の忌み子だと。
「……わかってる、よ」
誰に尋ねられたわけでもないのに、あたしはそう呟いた。
長いまつげを伏せて、あたしはどこか遠い場所を見つめた。
本当は、わかっているよ、リン。
あたしはあなたにふさわしくないってことぐらい。




