十三話 騎士団長登場!?
最近、家の周りから視線を感じる。
まあ、護衛がしっかりしてるお城だから、大したことはないんだろうけれど。
なんとなく外を眺めれば、鳥さんと目が合う世界だし。
どうせ動物か何かでしょう。うん。
気にせずにのんびりしていると、何かが飛んできた。
「石……?」
え、誰かがあたしを狙ってる?
いや偶然偶然。子供が遊んでるだけでしょう。
ここはのどかな国だから。
お城の近くで子供が遊ぶなんてよくあること!
「ちょっとダメでしょー」
そう笑いながら手に飲んでいた紅茶のポットを持って身を乗り出した。
「あっつぃー!?」
「!? うわ、ごめん。誰か下にいた?」
「お前……ローラ! やっぱりこの上にいたのか」
「……? モーレン?」
「そうだ! ルーラ様をお守りする騎士モーレンとはワタシのことだ」
鋭い瞳であたしを見上げるけれど、あたしは慌てて水を彼にぶっかける。
「やけどするよ! 脱いで」
「断る。お前のやさしさに触れたくない」
「そういう問題じゃなくて。お姉ちゃんが悲しむよ!?」
「ルーラ様が……」
その言葉に固まったモーレンに水を浴びせた。
くしゃみを露骨にするモーレン。
「ふ……くしゅん」
ブル、と震えるモーレン。
「トイレ行きたいの? 中においでよモーレン。このままだとモーレンの膀胱がモーレンしちゃうよ!」
「うまいこと言うな!」
「漏らしていいの?」
「ぐぬぬ……」
耳まで赤くしてモーレンはあたしに従った。
リンに連絡すると、あきれた顔であたしを見た。
「敵に塩を送らなくても」
「いや、だってさすがにあの歳でおもらしは」
「……いくつ?」
「二十代のはず」
「……それは、せっかく弱みを握れたのに」
「そういうのは好きじゃないから」
「らしいね。さすがローラ」
「着替えは適当に出しておいたから、あとでリンも顔を見ときなよ」
「なんで」
「一応、挨拶」
「……律儀だな、ローラは。ところで隣国の騎士団長がなぜローラを?」
「それは……きっとモーレンが話すと思う」
きっともうそういう時期なんだろう。
覚悟を決めないといけない。
あたしはいつまでも忌み子だということを隠してはいられない。
本当は言いたくないけれど。
「黙らせる方法もあるんだぞ」
「リン……それは、モーレン本人に任せるよ」
「ローラ……」
「本当はあたしから、言う事なんだけどね」
「苦しんでまで、何でも言えばいいわけじゃない」
「優しいね、リンは」
「……そんなことは、ない」
「あるよ。すごくある。そんな思いやりあるところも好き」
「ばっ」
「あはは、赤い顔」
「ローラ!」
しかしだ。
しばらくしても、モーレンが来ない。
不思議に思い、あたしたちはモーレンがいるべき部屋に向かう。
と。
……そこにはものすごい美女がいた。
「誰」
思わずあたしがつぶやく。
「ワタシだ」
「は? モーレン?」
よく見れば、間違いなくモーレンだった。
まつげの長いたれ目に、長い髪のせいで一見女性に見えていたが……。
「どうして、わかった」
「はい?」
モーレンの言葉にきょとんとするあたし。
「ワタシがこういう服に憧れがあると」
「え、モーレン。そうなの?」
「とぼけるな。本当はかわいいものが好きで、こういうドレスを着て過ごしたいと……願っていたのを見破ったのだろう?」
いやいやいや。
偶然服を間違えただけだと思うんですが!?
「さすがだな。魔の道へ誘導するとは……」
「ええ?」
「ああ、ある意味では真の道か」
「モーレンとやら。お前は女性になりたいのか?」
「いや、あえて言うなら女性の服をまとうだけでいい」
「そういう趣味もあるのだな……」
リンが遠い目をしている。
「リン王子、そなたも着るか」
「お断りする」
「ワタシは騎士団長になるべくして生まれた……だから、一生こんな格好はできないと思っていた」
「……あたしのそばにいるなら、別にこの格好できなくもないけど」
「何ぃ!?」
「冗談だけど……ってうわあ、モーレン肩をつかまないでよ!?」
なんか目から涙がモーレンしてるよ!?
下手すると鼻水までモーレンしちゃいそうだよ!?
せっかくの美貌なのに……もったいない……。
「ワタシは、そなたについていく」
「へ?」
「ありのままのワタシでいられる場所にいる」
「騎士団長はやめるの?」
「もう、疲れたからな」
「なんでよ!?」
「……いずれそなたには話そう」
「今話してよ!?」
「それよりも、メイクをしてみたい」
「重要さそっちが優先!?」
「……俺は、頭が痛くなってきた」
「リン! しっかりして!」
遠い目をしないで!?
陰から、ミンも唖然とした顔で見ているけれど……何か声をかけてよ!?
「あらまぁ、綺麗な子ね」
「王妃様! 助かった……止めて、この人を」
「一緒におめかししませんこと?」
「王妃様ああああ」
「あらぁ、いいじゃない。隣国の騎士団長が味方に付くんでしょう?」
「打算的な理由!」
「さあ、いきましょうモーレンさん」
「すみませぬ、王妃様……」
王妃様に連れられて行くモーレンを見てやり場のない気持ちになるあたし。
リンは無言でモーレンから目を背けている。
まあ、そうなるのはわからなくもない。
「……すごい美女になると、いいな」
「ソウダネ」
「俺は絶対巻き込まれたくないがな」
「似合うと思うけど」
「急に普通の口調に戻るのはやめてくれるか」
「えー」
「俺はお前の前ではいつだってかっこよくいたいんだ!」
「大丈夫、リンは女装してもきっとかっこいいよ。たたずまいがりりしいもの」
「ローラ……」
「ちょっと、お兄ちゃん、ローラ、弟の前でいちゃつかないでくれる?」
コホン、と咳払いするミン。
そしてもじもじしてあたしたちを見た。
「何か忘れてない? ボクを見て」
「? ミンに何か?」
「あの騎士団長よりも、女装がもっと似合うボクのことを忘れるのはひどいよ!」
お前もかっー!?
いや、確かに絶対可愛い女の子になるけれど。
小柄だしまだ声も高いし……。
だけどさ!?
「ボク、隣国に行ってみたいな」
「え?」
「皆で異性になりきって行ってみない? 情報収集的な」
「それは……いいかもしれないな」
「リン?」
「偵察にはなるだろう」
「お兄ちゃんも女装だよ? いいの?」
「偵察のためなら仕方がないだろう」
「……さすが第一王子だよね。すぐに腹をくくるところは男だよ」
それはあたしも思った。
そういうところ、やっぱりかっこいいよ、リン。
「最近隣国が怪しい動きをしているらしいからな」
「そうなの? リン」
「ああ、ローラは知らないかもだが、何かを探しているらしい」
「何か?」
「本物、だと言っていた」
「……? いったい何の」
「それがわからないんだ。だから俺は行くべきだと思う」
「ボクもその噂聞いた」
「ミンまで」
「せっかく騎士団長が味方なんだ。行くべきだろう」
うーん。
それは正論な気がするけれど。
あたしが行くべきなのかなぁ……?
でも……。
「あたしも行くよ。あたしも男装したいし、二人女装しなよ」
「ローラもか。危険かもしれないぞ。というか何で女装……」
「似合いそうだからだ。リーチェに送ってもらえば、そこそこ安全だよ」
「リーチェとは町を一緒には歩けないんだぞ」
「わかってる。目立ちすぎるもん」
「ああ、それでもいいのか」
「騎士団長様がいるし?」
「……そこは俺がいるからと言え」
「もちろん、本当はそう思って頼りにしているよ? リン」
「……ふんっ。当然だろう? お前のための俺だからな」
「そこ、お兄ちゃんたちいちゃつかない。真剣な話なんだからさ」
ミンが妙にまともなことを言った。
しばらくして、王妃様たちが戻ってきて、モーレンにこの話を振った。
渋るだろうと思っていたのだけれど……。
「別に、偵察ぐらいならいいだろう」
「いいの? モーレンの国だよ?」
「……今はそうも言ってられない国だが」
「え?」
「ローラ。お前の立場を忘れて今回は味方に付こう」
「いいの? モーレン」
「ああ。この姿の礼代わりだ」
そんなに気に入ったのか。女装。
ゲームでも、中性的な容姿だとは思っていたけれど……まさかこんな趣味があるとは。
でも、そうであっても、騎士団長としての腕前は本物である。
だから、護衛としてはかなり信頼できる。
そして元の国についての現在の知識も豊富だろう。
「ミン、お前は留守番だ。第二王子として、国を守れ」
「んー、わかったよー」
「まあ、ただの偵察で何もないとは思うがな」
リンはそう言ってミンを撫でた。
「お兄ちゃん……ローラ、漏れる人、がんばってね」
「……ワタシは漏らしてない」
「モーレン、って否定してるもんね?」
ミン、それが言いたかっただけじゃないの?
気持ちはわからなくもないけれど。
「まずは荷造りだな」
「だね、リン。一応異性の服の着替えもいるかな……」
「漏らさないなら大丈夫じゃないか」
「モーレンがいるから大丈夫だよ」
「おい、そなたら、人の名前をおもちゃのように扱うな!」
すみませんでした。
好奇心に負けたあたし達は、そそくさと荷造りをすることにした。
リーチェにもお願いをして、明日の朝偵察に向かうことにした。
あちらの国の金貨を見るのは、久しぶりだった。
昔では、触れることもなかった大金。
「おいしいものを食べる余裕があるといいんだけどね……」
ボソリとあたしはつぶやいた。
「とりあえずは、ゆっくり寝るんだぞ、ローラ」
「うん。わかってるよ、リン」
寝れるかなあ。不安だなぁ……。
まさか、元の国に一瞬でも戻る日が来るとは思ってもいなかったから。
こりゃ、絶対にバレないようにしなくちゃいけないぞ?
がんばれ、あたし!




