十一話 あたしは忌み子。お姉ちゃんは聖女。
「ローラ、どこへ行くんだ?」
「ちょっとお買い物」
「俺も行く」
「リンはお仕事あるでしょう? 何かお土産買ってくるし、何より王子がうろうろしちゃ危ないよ」
「大丈夫だ」
「いや、目の前に書類いっぱいあるよね?」
ずっしりと、紙の山があるよね? よね?
そりゃ逃げ出したいのはわかるけれど……。
見ているだけで嫌になる量だもん。
「うう……無念。そういえば、今日は赤い服を着るんだな」
「真っ白じゃ、王族関係者ってわかって目立ちすぎるから」
「赤いワンピースも似合っているぞ」
「ありがとう、リン。リンの服もいつもにあってるよ」
「……そうか」
あ、リンが照れた。
あたしはリンに会釈してそのまま部屋を出た。
小さな同じく赤い鞄を持って、あたしはルンルンと町へ向かう。
途中まではリーチェに送ってもらった。
『気を付けるんだぞ』
「わかってるよ」
優しいリーチェの声にあたしは微笑む。
大丈夫、あたしはそれなりにこの国でならなじめるはずだ。
根拠? ないよ!
でも、知ってる人は知ってる人で、リンとの関係も知ってるだろうから、きっと心配はいらないはずだ。多分。
***
のんびりと紅茶屋さんとかを眺めているあたし。
いいフレーバーティーが手に入った。リンもきっと気に入るだろう。
「うん、いいもの買えた!」
一人そう言って満足しながら歩いていると、なにやらこそこそ話す集団を見つけた。どこかで見たことがある。お姉ちゃんの召使である。それも、二人。
それなりに屈強な肉体の、美男子二人は、完全にお姉ちゃんの趣味である。
久しぶりに見たな、と思いこそこそと前を通る。
「ルーラ様にはもうついてけないかもしれない」
(え?)
ふと、気になる会話が耳に入ってきた。
「能力もなんだかなあ、本当に聖女なのか……」
「ネックレスがないと……だしなぁ」
「最近国も不安定だし」
(嘘? なんで?)
「気性も荒いしな、ルーラ様は」
「気まぐれだし……性格はよくないな」
「はあ……」
大きなため息をつく召使二人。
え? いったいどうなってるの?
お姉ちゃんは確かにわがままだけど、聖女としては本物のはず……。
だから、あたしが追い出されたわけで……意味が分からないんだけど。
そう思っていた時だった。
「あ」
「……忌み子だ」
「ローラだ」
とうとう、あたしの存在が二人にバレた。
やばい、やばいやばい。
まぁ、国外ではあるから悪いことしてはないけど、聞き耳を立てていたわけだから後ろめたい。
「逃げよっ」
そう呟いてあたしは駆け出した。
しかし、召使いは鍛え上げた男であるからにして、足も速い。
「ひぃ」
情けない声をあげてあたしは町を逃げる逃げる。
もう適当な建物に入ろう。
そう思い、目の前にあるお店に入った。
すると。
「おめでとうございます! オープンから千人目のラッキーなお客様はあなたですっ」
「へ?」
「さあ、無料でお食事をどうぞ!」
「ええええ!?」
高級そうな食事屋さんにあたしは飛び込んだらしい。
華美なドレスを着たお姉さんたちがあたしを囲む。
そして。
「まて!」
「あら、お連れさんですか? どうぞどうぞ」
「は?」
追いかけてきた召使と一緒に席につかされる。
なんかもう、断れない雰囲気だ。
召使はきょとんとしているが、あたしだってぽかんとしている。
この状況、意味わかんないんだけど。
そこで、召使いのおなかが鳴った。
「あ……」
恥ずかしそうにする召使たち。
「食べてけば?」
思わずあたしは言った。
「忌み子の施しなど……」
「だって、無料だし」
「そうだが」
「おなか減ってるんでしょう」
「ルーラ様に振り回されて、ロクに食べれてないからな」
「ああ、本当困ったもんだ」
「……そう」
「さあ、どうぞー準備ができましたよー」
その声と同時に豪華な料理がどんどん運ばれてきた。
ナニコレ、鳥の丸焼きとかあるよ?
明らかに高そうなものばかり……うわああ。
なんだろう、日本食っぽくて懐かしい。
民族料理扱いなのかな、この世界では。
お刺身らしきものまであるし……うーん、おいしい!
最高だっ。
もぐもぐと味わっていると、召使いは泣きそうな顔でごちそうを食べていた。
「……うまいな」
「ああ」
ぼそぼそそう呟きながらも箸は止まらない。
「生まれて初めて、こんないいものを食べた」
「おれも」
その言葉には少しびっくりした。
お姉ちゃん、ロクなものを食べさせてないとは、今はカイリ王子が婚約者じゃないの。カイリ王子は決してけちんぼな方じゃないと思っていたけれど……。
そもそも、あの二人はどうなったんだろう?
ゲームの展開的には結ばれたんだろうか? 気になる。
まぁ、あたしに関係ないと言えば関係ないのかもしれないけれどさ。
「どんどん食べて」
「忌み子……」
「ローラ」
「ローラさん」
「よろしい」
「ありがとうございます」
「ううん、偶然だし気にしなくていいよ、ところで……お姉ちゃんは元気?」
「元気すぎるぐらいに」
「なるほど」
まぁ、あのお姉ちゃんだもんね。
心配はいらないよね。何でもできて美人の、あのお姉ちゃん。
性格には少し難はあるかもだけれど、聖女だし。
あたしとちがって本物の、聖女だし!
そう、生まれ持っての……。
「はあ」
ため息がつい出てくる。
あたしは忌み子。お姉ちゃんは聖女。
「でもまぁ、最近カイリ王子もそっけない気がするし」
「確かに言えてる」
「へぇ」
「なんていうか、前ほど溺愛ではないかなって」
「仲良しではあるんだけど」
「ふぅん」
なんかあったのかな? お姉ちゃん。
ちょっと心配だけれど……あたしなんかに心配されることをお姉ちゃんは望まないんだろうなあ。あたしのこと、嫌いだよね。お姉ちゃんは。
だって、あたし悪役だし。うん。
「あ、これおいしい」
「ローラさん食べるねー」
「だっておいしいんだもん、リンにも食べさせてあげたいけれど、もう慣れてるかなあ」
「リン? ここの王子です?」
「あ、うんまあ別人だよ。よくある名前だし」
「ですよねー」
深い話はあえてしないけれど……。
「まあ、おれらはローラさんの話は何もルーラさんに言わないんで」
「うんうん、おいしいご飯のお礼」
「ありがと」
「こちらこそですよ」
何で感謝されるかわからないけれど。
まあ、いいや。いつもそうだし。
理由わかんないけど……嬉しいし。
「なんかこのご飯スパイシー」
「ニンニクはいってるんじゃ、ローラさん」
「ああ、なるほど、だから」
「では、おれたちは帰ります」
「ありがとうございました」
「はーい。あたしも帰ろうかな」
リンが待ってるし。
早い時間だし歩いていこうかな?
そのほうがリーチェも休めていいよね?
うん、そうしよう。
***
あたしはご機嫌で街から森へ移動した。
お土産に、ニンニク入りの料理をたくさんもらった。
王族は食べないだろうから、珍しがると思ったのだ。
……くさいとは思うけれど、おいしいしね?
リンなんか、存在も知らないんじゃないの。
お上品な香り、いつもさせてるし。
「るんるんるん」
鼻歌交じりで歩いているあたし。
リンの驚いた顔、見てみたいなあ。
そんな時だった。
「がおおおおおお」
「ぎゃああ!? 野生の魔物!?」
狼のような、犬のような魔物だった。
大柄で、あたしに向かって走ってくる。
逃げないと、と思うのに、足が動かない。
「ひぃ」
あたしは死を覚悟した。
ごめん、リン。
素直にリーチェに頼って帰宅すればよかったよね。
馬鹿なあたしが悪い……。
「がおおおおおおお……!?」
「?」
魔物が表情をゆがめた気がする。
そして、しっぽを撒いて逃げ帰った。
「なんなんだったの……?」
あ、もしかしてニンニクのせい?
くさかったのかな、あたし……。
リン、もしかして引くかな……。
おいしいからと容易に持って帰るんじゃなかった。
すでにいっぱい食べたし体臭はひどいはずだ。
(どうしよう)
そう思いながら、重い足取りで帰宅することになった。
***
「ただいま」
「おかえりローラ」
リンがすぐに帰宅後で迎えてくれた。
ニコニコの笑顔にあたしは尋ねる。
「リン、あたし臭くない?」
「俺は今鼻が詰まっている。それより、その手に持ってるのは何だ」
「おみやげ……だけど食べないほうがいいよ」
臭くなるから。
「いや、ローラのお土産を食べないわけにはいかないだろう」
「ええ……」
「いただきます」
「……ごめんね、リン」
思わず謝るあたし。
リンは喜びながら料理を平らげていった。
うん、いいにおいがする。
「そういえば、今日は森で狩りをするんだ。俺」
「ふぅん、大丈夫なの? さっき狼みたいな魔物に会ったけど」
「無事でよかったな……まあ、大丈夫だろう、護衛もいるし」
「そうだね。リン一人じゃないしね」
「ああ」
うんうん。なら大丈夫だ。
そう思ってあたしは安堵する。
リンがケガしたら、あたし泣いちゃうもん。
「残ったものは、護衛にも食べさせよう。これは精力が付く気がする」
「ええ……」
みんなで臭くなるのか。
まあ、みんななら逆に良いのか……?
リンの護衛は、リンやあたしの匂いに戸惑いながら、料理をすべて平らげた。
お城の中は、ニンニクの匂いで充満していた……。
***
そして。
奇跡は起こった。
帰宅したリンがご機嫌だったのだ。
「……なんか、魔物に遭遇したんだが今日ローラからもらった食べ物の匂いのおかげで退散したぞ! さすがローラ。本当は俺が狩りに行くのを知っておみやげを選んだのだな」
「ええ……」
なんでそうなるの?
「ローラ様、助かりました。さすが婚約者。王子の命を大切に思ってる」
「いや、そうじゃなくて」
護衛まであたしに感謝してるし。
おいしいからと思って持って帰ってきただけなんだけどね?
「今度狩りに出かけるときは、今日の料理をシェフに再現してもらおう」
臭い王子って、それはそれどうなんだろう。
そう思いながら、あたしはリンの言葉に苦笑いしたのだった。




