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Intermission1 レベルアップ

 付箋まみれの本を左手に持ったアルクは一人、訓練場を訪れていた。先日のグライツとの模擬戦での行動の運びを思い出し、反省しているのだ。


「まだ何か、何かが足りない」


 グライツとの戦いで勝てたのは、ひとえにエテルの存在と彼の模擬戦のルールにある。エテルの水魔法による撹乱のおかげで精密な集中力と思考力を必要とする新魔法を発現させられたのだし、自らが動いたときが試合の開始である、というルールの上では、圧倒的に有利なのはこちらなのだ。その上彼は病み上がり、全力を用いることなどできるはずはない。修練の後で、意識を取り戻した彼にそう尋ねたら、「ベストコンディションで仕事ができることはそうそう無いのだから、これ位でちょうど良い」と答えていた。彼は自身の修練もかねて、自らを鍛えているのだろう。おそらくは、恐怖の克服と打たれ強さの訓練を。


 そこまで考えると、アルクは思考を元に戻す。一対一でグライツと――あの死神と戦い、勝つにはどうしたら良いのか。公平で公正に、真正面からあの男に勝つにはどうしたら良いのか。全力で己をぶつけ、最後に立っているにはどうしたら良いのか。


 アルクはグライツの戦力を分析する。彼の操作する属性は土、すなわち自らが足をつけている場所さえもコントロールする魔法である。その上、魔力単体で紡がれている魔力糸も十分な脅威である。そしてこのどちらも、まだ彼の本気を見てはいないのだから。14年という年月を彼が今の彼と同じように訓練してきたのだとしたら、きっと殺し合いではほんの瞬きほどの間に殺されてしまうだろう、というのが彼の結論であった。


 では、自らが持つものは? アルクは考える。自らの属性は火、温度を操作する魔法。もちろん、一瞬にして対象の温度をあげるということはできない。あくまで「炎」という現象を起こしているだけなのだから。彼の操作できる最高温度は、持続力を犠牲にすれば最高でおよそ二千度ほどまでは上昇させられるが、深刻な酸素不足が発生してしまう。仮に焼き殺せたとしても、自らも酸素欠乏で倒れてしまう。


 炎でグライツを包み込む? 否、魔力糸を使われれば格好の的だ。地面を溶岩に変える? 否、大火力を継続的に放出したところで、魔力切れになるのが関の山だ。バックドラフトを利用して閉鎖された場所ごと制圧する? 否、彼の砂によって酸素の供給が阻害され、鎮火するのがオチだ。つくづく、規格外である。


 アルクは左手の本を開き、軽く眼を通す。今もてるだけの彼のすべてが、そこに存在しているのだ。本を読んで重要だと思う場所には付箋を張り、それに関連したことやアイディアはメモ用紙に書き記し、本に挟む。新魔法の開発が、最近の彼のもっぱらの楽しみであった。


「炎の形状の固定化も、遠隔操作もできたと言うのに、その先へたどり着くにはどうしたら良いんだろう?」


 さらに高みへ、さらに先へ。それが彼の行動の目的である。彼の正義である「孤児院に仇をなす敵の排除」は、いかなる場合であっても適応されねばならない。それがたとえミハエルとエヴァを凌ぐような強敵が相手だったとしても、正義のために突っ込み、殲滅せねばならないのだ。


 そこまで考えると、くす、とアルクは笑みを浮かべる。ミハエルの力量はまだ分からないが、エヴァを凌ぐような強敵などいるはずはないのだから。以前グライツに彼が「この組織の力量はどうなっているのか」とたずねた際に、グライツは至極当然のように「二人だけでこの組織の戦力の八割を占めている」と答えたことはまだ彼の記憶に新しい。


「今度、相談してみるかな。悪魔さまにもご相談を。いつか、『死神』を超えてみせる」


 くつくつと喉を鳴らすと、興奮で押さえ切れない魔力があふれ出し、ふわふわの銀髪を揺らす。体格も、声も、顔の作りもエテルとほとんど同じなのだが、髪型と性別だけはエテルとの差を作っている。後数年もすれば声もすっかりと男性の声になるのだろう。その事実は、アルクにとっては寂しさの残るものであるのだが。


 その考えを吹っ切るように頭を振ると、アルクは装束の内側からライターを取り出す。ミハエルからライターへのオイルの入れ方を教えてもらったので、オイルはライターの内部に満ちているはずだ。アルクはライターを点火させると、右掌へ炎を移す。そして、右掌を握る。


「『パッケージ』」


 この際にこの言葉を呟くのは、アルクなりの精神の集中方法である。自らのイメージする魔法と、現実に目の前で起こしている現象を同化させ、精神的に安静でいるためには、まだこの操作は欠かせない。マンガやアニメではわざわざ必殺技を声高々に叫ぶそうだが自らの手の内を明かすようなことは、彼は極力したくないのだ。


 まるで熱いスープを飲んだときのように、体の隅々まで緩やかな熱が伝わる。体中から炎が噴出し、自らを炎の化物へと変える。持続時間はそれほど長くは無い。現在は持って数十秒、全力で活動すればものの数秒で効果は切れてしまう。アルクは虚空に右手を突き出し、そのまま動きを止める。


「20秒……まだだ……もう少し……っ限界!」


 体中の炎が右腕に収束したと思った瞬間、右手を中心として爆発が起こる。低酸素状態に置かれた炎が酸素を吸い込んだことで急激に燃焼したためだ。荒い息のまま、アルクは床に膝をつく。


「32秒……」


 以前よりも、数秒伸びている。その事実は、アルクにとって喜ばしい成長である。その上、気絶をすることもなくなった。つまり、自滅覚悟の最後の奥の手ではなくなったのだ。もっとも、このまま戦闘が継続できるか、と言われれば、不可能である、と答えるしかないのだが――。


「せめて一分は持たせないと……」


 今にも倒れそうな調子でアルクは立ち上がると、部屋の出口へと歩き出す。彼はまた、一つの成果を手に入れていた。

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