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第17話 ルーチンワーク

 サーベルト中央市街、北ブロック。いまだに自然が数多く保存されているその場所に、一つの廃墟がある。扉を押し開けると確かにぼろぼろな廃屋なのだが、一つだけ、きれい過ぎる扉がある。そこを押し開けると、新品同様のバーが姿を現した。バーは意外にも広く、ただいま部屋には十数人ほどの人物が、会話を交わしていたり、酒を飲んでいたりと、普通のバーのようにも思える。ただ、その場所に集まる人物は、到底カタギとは思えないオーラを放っていた。


 部屋の隅では、グラスを片手に持った男と、その脇には強面の男がいる。グラスを持った男は黒いスーツを着込み、金色の髪をオールバックにしている。口元の皺さえなければ、20代にも見えそうな若さである。強面の男は、まるで岩のような雰囲気を持っている。たとえるならば、番犬であろうか。


「まさか、今回も退けられるとはねぇ」


 グラスに口をつけ、酒を飲みながら金髪の男は言う。強面の男は、わずかに汗を浮かばせながら意見を口にした。


「ボス、何も無理やりあの男と敵対することは――」


 その瞬間、男は言葉をとめる。ボス、と呼ばれた金髪の男は、まるで爬虫類のような眼光で、強面の男を射抜いていた。


「気にいらねえよ」


 強面の男は汗を噴き、わずかに震える。みし、と、わずかに男のグラスが悲鳴を上げた。


「散々今まで石ころブツけられて、こっちが逃げるだと? 俺の性にあわねえな、それは」


 震える男を尻目に、金髪の男は大仰な身振り手振りで言葉を紡ぐ。


「そうだとも。俺ァ俺のやり方をあの顔色の悪ィクソガキの脳天から爪先まで教え込むさ。だから今度の手は――」


 口の皺をさらに深く彫り、男は笑みを浮かべる。


「こっちに誘い込んでやる」


 くつくつと肩を震わせながら笑い、金髪の男は笑う。強面の男はその言葉に震えを止め、冷たい眼光で金髪の男を見つめる。


「では、決戦を?」


「そのつもりだとも」


 その言葉に、金髪の男は笑う。狂ったように、心底楽しそうに。




――――  ――――  ――――




 サーベルト中央市街北ブロックの事務室では惨劇の幕が開いていた。確かに、男たちは背中に負傷の残るグライツただ一人をおびき出し、包囲することには成功した。だが、包囲をしただけなのである。グライツの周りを囲んでいた二十人ほどの武装した男たちは、皆一斉に、地面から湧き出た土柱によって貫かれたのだ。


 グライツは指揮者のように腕を振ると、それに連動するように地面から土柱が突出し、人間を串刺しにしていく。


「お前たちは哀れだ。だが、死ね」


 グライツは自らの唇を強く噛み、今にも震えそうな足をこらえる。グライツも、人を殺すのは怖いのだ。その恐怖を振り払うため、精一杯の虚勢を持って、今も地に足をつけているのだ。


「罪状! 殺人! 強盗! 強姦! 傷害致死! 死体遺棄ならびに損壊!」


 死臭と血の匂いの充満する部屋で、背中から血を流してグライツは言葉を並べる。


「判決は唯一つ! 死刑! 死刑だ! これは死刑であり、私刑だ!」


 グライツが精一杯の虚勢を張りながら、事務室の奥の扉を蹴り破る。すると、部屋の奥では一人が椅子に座り、彼を取り囲むようにして三人の男が、詠唱を始めていた。グライツは一瞬硬直する。


「被告、『クソガキ』」


 部屋の奥で椅子に腰掛ける金髪の男は、楽しそうに言葉を紡ぐ。


「罪状は『殺人』だ。判決は、『死刑』!」


 まるで舞台役者のような台詞回しで、椅子に腰掛ける男は指をはじく。その瞬間、部屋にオイルの匂いが充満する。そして部屋に閃光が迸り、空気が燃え上がった後にパイプが破壊され、その場所から水が溢れ出し、火を消し止めた。


「オーバーキルですよ、これじゃあ」


 魔法を展開した男は、目の前の光景を見つめて言う。かつて事務室があった部屋は黒く焼け焦げ、窓ガラスは膨張した空気によって吹き飛んでいる。そして、グライツのいた場所には、一メートルほどの焼け焦げた黒い「何か」が残っているだけであった。


「いや、妥当な戦力だよ。地属性の物質操作で大量のライターオイルを気化させて空気と混合、その空気に向けて発火させれば、当然爆発的に燃焼する。さすがの『孤児院の死神』でも、これは防げないだろう」


「そうですね、ボス」


 三人の男たちがくるりと男のほうを向いた瞬間、男たちの首が落ち、血が噴出す。首を受けて半ばパニックになった金髪の男が見たのは、焼け焦げた物体から、吐き出されるように現れるグライツであった。


 彼は不可視の魔力糸を用いて、男たちの首を切断したのだ。


 そしてその前の火炎は、男が言葉を並べている最中に鎧を解除し、膨大な量の砂を用いてシェルターを形成したのだ。もちろん、多量の魔力を込めて被害を軽減するのも忘れずに。


「危なかったよ。前口上がなければあやうく消し炭になるところだった」


 グライツはわずかに焼け焦げた装束を見つめながら、部屋の臭いに顔をゆがめる。


「さて、あとはお前だけだ」


「ま、まッてくれ!」


 金髪の男は、情けない声で懇願を始める。


「じ、事情があったんだ。そう、事情が! 生きるためには仕方なく――」


 骨の折れる鈍い音とともに、金髪の男の腕が魔力糸によってあらぬ方向に曲がる。悲鳴が部屋を埋めた。


「お、お、お、お前も俺たちとやってることは変わらねえぞ!? なあ! 眼を瞑るだけで良い! そうしたらお前に――」


 鈍い音とともに、金髪の男の顎は天井を向く。首を軸として、半回転した顎は頚椎を完璧に破壊しているだろう。


 魔力糸。グライツが死に物狂いの修練の果てに手にしたこの強靭な武器は、手を触れずに殺すことにおいては無類の強さを発揮している。


 ごぼごぼと、声にならない声をもらして男は絶命した。


「ぐ……うぇ……!!」

 

 そしてグライツは一人きりの部屋で、胃の中身をすっかりと吐き出した。


 仕事の前にコーヒーを飲んだだけなので、彼の口から洩れるのは苦悶の声と、胃液とコーヒーの混合物だけだ。


 ひとしきり嘔吐して胃の中身をすっかり空にしたと彼は、震える手で自らの顔を包むと、その場にうずくまった。その様はまるで、幼子がさめざめと泣くような、ひどく物悲しいそぶりだった。



――――  ――――  ――――



「参るな、全く」


 既に生存者のいない空間で、グライツは一人ごちる。彼の服は血がこびりつき、まるで「にかわ」のように変化している。足元は乾燥してきている血のせいで、ねちゃねちゃという水音をたてている。


 先ほどまでの嘔吐の痕跡は微塵も残ってはいない。


「そうだ、俺も、お前も、同じだよ。全くの同じだ」


 グライツは死体まみれの部屋の窓から慎重に外を眺める。人気を警戒しているのだ。


「俺の『正義』は、ありとあらゆる罪人を渾身の力で叩き伏せることだ。お前達はお前達の正義を貫き通したんだ。だから俺は、俺の正義を貫く。たとえ最後には俺自身が死ぬことになっても、な」


 グライツはぽつりと、祈りの言葉を口にした。


 グライツは、血まみれのまま歩く。彼の正義のために、自らの背負い込んだ命のために。夕焼けがじきに訪れるであろう空には、ただ白い月と、それに寄り添うように黒い点が浮かんでいるだけであった。



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