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第16話 バッドフォーチュン

「クソ……」


 裏路地の壁にもたれて口から血の泡を吐き出しながら、グライツは一人ごちる。アルクのために生果店で新鮮な果物を買い、珍しく――極めて珍しく、上機嫌で孤児院に戻ろうとしたとたんに、襲撃を受けたのだ。以前にグライツを襲撃し、返り討ちにあった者と何らかの関わりがあるのか、今度はグライツの「鎧」を貫くための装備である。


 グライツが感じたのは、途方もない熱と、痛みであった。背中の鎧の一部を剥ぎ取った後、銃弾はおそらく、まだ体の中で留まっているはずだ。


 そして靴音が響き、短い銀髪の男が姿を現した。右手には銃身の長い拳銃を携えている。


「さすがの『死神』でも、こいつは防げねえよな? 『炎の魔弾』だよ。体ン中で滅茶苦茶に暴れまわるのがウリなんだが、一発で俺んとこの家賃くらいの値段がするんだぜ?」


 自信満々に男が言うと、グライツは壁にもたれたまま立ち上がる。足はがくがくと震え、瞳は焦点を合わせてはいない。


「ったくよー、クライアントの羽振りが良いのはかまわねぇんだが、貧乏性の俺にとっちゃあついつい使い惜しみしちまうんだよな。だからこういう場面でしか練習もできねえのさ」


 うんうん、と一人うなづきながら、男は拳銃をグライツに向けた。


「さあて、お次は顔面だ。デカイ華咲かせてやるよ」


 にい、と口元を吊り上げ、男が笑う――瞬間、炸裂音とともに男の左膝の辺りにいくつもの血の華が咲いた。


「ぐっ……!? ギィィィィッッッ!!」


 倒れこんだ男は叫び声を抑えようとしているのか、汗を流しながら唇を噛みつぶして膝を押さえる。手に持っている銃は、離すつもりはないらしい。そして彼は、銃弾が飛んできた後方を見遣る。


 こつこつと靴音を響かせて現れたのは、サングラスをかけた青年であった。右手には先端から硝煙の立ち上る派手な金色の拳銃を携えている。


「おー、ウォルっちー。また派手にやられてんじゃねぇか」


 にかっ、と人好きのする笑みを浮かべ、サングラスの男はグライツに言葉を投げる。その言葉に、グライツは顔をゆがめ、かろうじて笑みを浮かべた。


「アルフィ……」


「しゃべんなって」


 アルフィはグライツに近寄りながら、足を打ち抜いた男を見下ろして言葉を投げる。


「おら、命まではとらねえから、さっさとどっかいけ。早くしねぇと死んじまうぞ」


「ちいッ」


 アルフィの言葉に男は左足をひきずりながら、ほうほうのていで逃げ出した。


 男がすっかりと見えなくなったころ、グライツは壁にもたれたまま大きく息を吐いた。


「済まない、おかげで助かった」


「お互い様ってことよ。肩貸すぜ?」


 アルフィはグライツの肩を組むと、なれたように孤児院へ向けて歩きだす。


 グライツはそのさなかで、意識を手放した。 




――――  ――――  ――――




「君は何を望む?」


 白衣を着込んだ老人が、杖を片手にコツコツと足音をたてながら歩く。彼の顔には、人の良さを伝える笑い皺がいくつも刻まれている。


「僕は……復讐を」


「復讐のために人生をささげるのかね?」


 白衣の老人は残念そうに言うが、その問いに対してうなづくと、それ以上は何も言わなかった。


「良いだろう。自らの歩むべき道は自らで決めなさい。そうそう、自己紹介がまだだったね。私は、ミハエル。ミハエル・ハイメロートだ」


「僕は、ウォルフガング・シャンツェ、です」


 窓ガラスに雨が当たり、雨音が部屋を侵してゆく。

 



――――   ――――  ――――




 ざあざあという雨の音。土砂降りである。


「……また、あの夢か」


 グライツは、天井を見つめてつぶやく。なんとか孤児院に帰ってこれたようだ。


 そして、今の呟きが聞こえたのか、キイキイという車椅子の音がグライツに近づく。


「大丈夫かね?」


 車椅子にかけた、白衣を着込んだ老人はグライツに言葉をかける。寝ているグライツとほとんど高さが変わらないため、彼の横顔しか見えないようだ。


「……アルフィと、会いました」


「それは珍しい。君は久しくあっていないんじゃないかな?」


 二人の間に沈黙の気配が漂う。その沈黙を埋める様に口を開いたのは、グライツであった。


「……最近、あの頃の夢ばかりを見ます」


 窓の外の雨模様を見つめ、グライツはつぶやく。その言葉に、ミハエルは不思議そうに言葉を返す。


「『あの頃』?」


「ええ、雨の日は、ずっとあの日のことです。故郷を滅ぼされて、満身創痍であの方と出会って、そして孤児院の一員になって――」


 グライツは首を振り、言葉を断ち切る。グライツという名は、彼の本名ではない。彼の本名は、ウォルフガングという。こちらの名前は、裏の仕事をするときか、よほど親しい仲の人物でなければ知らないものだ。


「だが、君はあの頃とは変わった。だから私は君のことを、『グライツ君』と呼んでいるんだ。エヴァは相変わらずシャンツェと呼ぶが、私は君を『グライツ君』だと思っている」


 昔を懐かしむようにミハエルは笑いながら言う。孤児院の古株の二人は、グライツを保護したときには既に、彼の正体をすっかりと知っていたはずだ。


「……私もよく夢を見るよ。『あの戦争』の頃の夢だ。あの『夢のような地獄』を、『地獄のような夢』をまだ見続けている」


 ミハエルは窓を見つめながら言う。彼も、時の彼方に忘れたい物事を置こうとしているのだろう。彼の瞳はいまだに悲しさをたたえ、それがいかに壮絶なものであったかを物語っている。


「過去はどうやっても戻りはしない。私とは違い、まだ君には未来がある。ゆっくりと整理すれば良い。まだたっぷりと時間はあるのだから」


 ミハエルは朗らかに笑う。自らの過去を振り払うように、朗らかに。


「そうだ、私はまだ――」


 グライツは気がついたように上体を起こそうとするとうめき声を上げてベッドに再び寝転ぶ。ミハエルはその様子を見つめ、言葉をつぶやく。


「当分は安静だよ。ゆっくりと体を休めなさい」


 グライツは残念そうだが、その言葉におとなしく応じることにしたのだろう。横になったままで首を縦に振る。


「では、私は失礼するよ。そうだ、何か必要なものはあるかね? 持ってこさせるが」


「いえ。特には」


 その言葉にミハエルはうなづき、部屋を後にする。グライツは慎重に息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出した。

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