二章 ごめん、もう一回言って
七時十分。僕はいつものように朝早く学校に着き、空を見上げていた。僕は、空が好きだった。いや、正確には雲が好き。いろんな形として現れる雲はなんとも言えないくらい綺麗。まあ、そんな事言ったら、僕はロマンチストという二つ名を持つから誰にも言わないけど。それから、誰もいない教室は落ち着く。静かで、音のない空<くう>の世界がいい。
しかし、その世界は約五分後、とんでもない状態で結末を迎えた。
「おっはよー! こころー!」
僕がぼんやりと雲を見つめていると、凛と響く女の子の声が響いた。僕を呼び捨てにするのはみのり姉とみづきとあの人だけ。みのり姉もみづきも今日は一緒に来ていないから違う。
「いたいた! おはようさん! 今日は、眼鏡掛けてるんだね」
つまり、あの人、御坂愛梨さんだ。(まだ、呼び捨てには慣れてない)
「いつも、眼鏡掛けてるんだけど。おはよう、御坂さん」
「あー! またさん付け!」
「じゃあ、み、御坂?」
「ちょっと! 昨日の事忘れたの? あれだけ、言わせたのに」
愛梨さん?が頬を膨らませる。僕は苦笑して言った。
「でもさ、愛梨さん? 愛梨さんのことを名前で呼び捨てしているのって、男子で僕だけだったよ」
「そりゃあ、言わせてないもん」
「ええっ! じゃあ、僕いいじゃん。僕も名前でさん付けにする」
「ダメ」
「でも……恥ずかしいよ」
「こころはそれでも、男か! 確かに女顔で守ってあげたくなるような男子昨日の調べでナンバー1に入るし、ひ弱で、男の子らしい言葉使ってなくて、今時、僕なんていって、確かに可愛いけどさ!」
「いや、褒めてるの? けなしてるの? それ。ていうか、僕可愛くないし」
愛梨さんが、づかづかと教室に入ってくる。あ、当たり前だっけ。同じクラスだから。
「と・も・か・く、呼び捨てにすること! これは、女子の友達に自慢――じゃなくて、友達になった証」
「はあ。なんか、僕、利用されてる気がするんだけど」
「そんな事無い! 呼び捨てね、呼び捨て! それより、朝、早いんだ」
「その会話まで長かったね……」
「あ、そうだ。あのさ、昨日の状況で自分の立場分かった?」
「え?」
愛梨……の言葉がよく理解できない僕は首をかしげた。愛梨が「うっ」と声を詰まらせて、頬をピンク色に染めた。
「熱あるの?」
「違う! あのね、昨日、嘘で付き合い宣言したけど、あれ、今日、多分、全校に広まっているから」
「はえ?」
「だから、あたしたちは、付き合っているってことになってるの!」
「えええええ」
つ、つまり、僕らは恋人同士? 無理ムリむり! だって、僕、平凡だし、愛梨は学年一の美少女で、金持ちなのに、つりあいが合わなすぎる!
「誤解解かなくちゃ!」
「あー、それはいい」
「ええ!」
再び、驚く僕。でも、愛梨は平然としていた。
「だって、解いちゃうとあたしに……あ、自慢じゃないよ。告白される事、多いから……ご、誤解しないでよ! ナルシじゃないんだから! だから、毎日、断るのも大変だもん。お願い、めんどいから、このままで」
「無理だって! 僕ら不釣合いだよ!」
「それって、あたしが、可愛くないから?」
「その逆! 僕、平凡だし、ダメダメだから」
「いいの! それにさ……まあ、いいや」
「良くない!」
「黙りなさい」
愛梨が顔に影を入れて、鋭く言った。僕は身をすくめ、「はい」と言う。情けない……。
でも、付き合うだなんて。
「やっぱり、誤解とかないと」
「何で? そんなに嫌なの?」
「え!? そんな事無いよ」
「じゃあ、いいじゃない」
愛梨は自分の席に座った。僕は愛梨の言葉に驚きと戸惑いを感じ、これから、上手く過ごせるのか、心配になった。
まず、最初に、みづきとみのり姉の誤解を解かなくちゃ。
その、言葉に反応するように、廊下を走る騒がしい音が聞こえた。
「「こころー!」」
みなさん、この声、分かりますよね。いやはや、ベタですみません。