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日常の一幕

 あかねさす紫野行き示野行き…


  そんな和歌をふと思い出した。


  夕暮れ時の路地の向こう、遠く離れた場所に立つ君が、僕に手を振っている。眩しいくらいの笑顔を携えて。それはそう、まるで夕焼け雲の隙間から見える一番星のように。一際明るく…そして、果無(はかな)く見えた。



  眼を覚ます、そして悟る。

「夢…か。」

  いつか見たような景色、でも思い出せはしない。本当にあった出来事かも分からない。

「分からないことを考えてても仕方ないや。」

  そう呟いて僕はベッドを後にした。


  僕はご飯をよそい、更に味噌汁を添えたことで完成する毎朝の食事を、何の感想も持たずにただかき込んだ。父が観ているテレビにはお天気キャスターが今日の天気を知らせている。

「晴れ、かぁ…。」

  僕はそう口に出した。父は晴れで良いじゃないかと言っているが、僕はそう思わない。違うな、晴れが僕にそぐわないんだ。今の僕の気持ちに…


  朝食を済ました僕は制服に着替えた後軽く洗顔をし、寝癖を直すのと同時に、意識されない程度に髪型を整えた。

「よし…。」

  正直言って満足のゆく出来映えではなかったけれど、母の彼女が玄関まで来ているという言葉が耳をに届いていた為、ここで手入れを終え、荷物を持ち玄関へと向かった。

「おはよう。」

  僕のいつもと変わらない挨拶に、彼女も同じ様に変わらない挨拶で答えた。

  今日も髪型決まってるねと彼女は言う。それは嘘だと心では思いつつ、ありがとうと言う。これは3日前に同じやり取りをした覚えがある。でも口には出さない、恋人とはそう言うものだからだ。


  一頻り他愛も無い朝の会話をし終わった頃には校門に着いていた。これも予定調和、毎日同じ。

  生憎彼女とは違うクラスの為、教室前で別れた。

「また昼休憩に。」

 僕がそう言うと彼女は笑顔で首肯く。


 教室に入った僕は自分の席を見る、そこにはクラスメイトの男子が座っている。少しの硬直の後、前日に席替えをしたことを思い出した。

「僕の名前は…。」

 少し独り言を挟みつつ、まだ自分の席を覚えていない人の為に担任が黒板の端に張り出している座席表を眺める。

「あった。」

 クラスの後ろの方の席、そこに僕の名前、『穴窯 (はれ)』が書かれていた。後ろの方の席という若干の喜びを噛み締めながら僕は席へと向かい腰を下ろした。

 僕が座るとクラスメイトの女子が話し掛けてくる。彼女のことを考えると、あまり好ましくは無いけれど、話し掛けられるのだから応えるしかない。


 授業を受ける。僕はそんなに真面目という訳でも無いけど、寝たりはしないし、こっそりスマホをつついたりもしない。校則で持込禁止だけど持って来てはいるよ、なんせ不便だからね。

 ノートをとる合間に、最近気になっているあの子に目をやる。別に浮気とかじゃあないよ、単に気になってるだけ。そう言い聞かせてる自分が嫌になり、またノートに目を落とす。


 ホームルームの後、放課後になる。帰り支度をしながら彼女を待つ。それが決まり、勝手に帰ろうとすると怒られるから。

 タッタッタッ、軽快な足音が聞こえ出した。彼女だ、学校という閉鎖空間に閉じ込められていたにも関わらずその足取りは軽やかで、僕に掛ける声も元気があって覇気に満ちていた。

 帰り道、また他愛も無い話をしつつ自宅へと歩を進める。彼女が最近ぼーっとすること多いね、と冗談混じりに言う。

「そうかなぁ…自分ではそんなことないと思うんだけれど。」

 もちろん嘘。見え透いたウソ。ぼーっとしてるのはあの子のことを考えているから。彼女はじゃあ気のせいかな、と零す。僕は如何にも騙されてくれた、と言う様な態度を取りつつ、彼女の納得がいっていないという思いを感じ取る。彼女の考えている大抵のことは目を見れば分かる。

 半年前、彼女が僕に告白する前の視線からもその感情は丸分かりだった。


 僕の家の前まで来た。

「じゃあまた明日。」

 と、彼女との別れの挨拶をして家に入る。これで分かるだろうけれど、彼女が毎日僕を迎えに来るのは、彼女の通学路の途中に僕の家があるからだ。

「ただいま…。」

 僕が帰ったことを告げる言葉。当然返事は返ってこない。僕に兄弟は居なく、父と母は各々会社で仕事中だ。荷物を置き、普段着に着替えるとソファに横たわる。

「疲れたなぁ。」

 そう愚痴を零し目を閉じる…

 視界が暗くなると当然物思いに耽る。考えるのはあの子のこと、でもすぐに辞めた。馬鹿らしくなったんだ。

 コンビニを目的地として出掛けることにした、帰ってくるのはいつ頃かな…そんなことを考えながら靴を履き、玄関のドアを押し開けた。



 帰って来た時にはもう両親は夕食を終えていた。おかえりの挨拶もそこそこに、僕も早く食べなさいと母が言う。

「いただきます…。」

 薄味のサラダにハンバーグ、物足りないなと思いつつも喉には通らず少し残して食事を終えた。

 お風呂を済ました後、勉強もそこそこにベッドに潜る。

「じゃあ、おやすみなさい。」

 僕は笑顔でそう言った。



 一日、笑顔なんて誰にも見せてないけれど…

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