私と竜王様
「いたたた!」
ギルバートの魔力に守られていたマリコだが、次元を通過する時にやはり擦り傷は出来た。
魔力で包まれた固い鱗のある竜はびくともしなかったが、マリコは違った。
ギルバートの身体に包まれていたはずだか、片足が少し出ていたらしい。そこに擦り傷がいくつか出来ていた。
ギルバートが慌てて治癒魔法をかける。
まるで、マリコが重症かのごとく、大騒ぎしながら過重治癒をしている。
「いつもの風景じゃな。」
「ポチ!
お土産があるの。」
「ほう、どれどれ。関脇。」
関脇に抱っこしろということらしい。
はい、と急いでポチの元に行くと抱き上げる関脇。
お土産のパソコンは既にアレクセイが持っている。
シンシアにはこれ、ジョシュアと関脇にはこれ、ポチにはこれ、と出して、ギルバートが待っている。
ギルバートが期待しているのがわかるが何も買ってない。
一年考えたけど、ギルバートには思い付かなかった。
一番簡単なのはアレクセイである、単純なヤツと言うことだ。反対にギルバートの喜ぶもの、マリコにもマリコ自身しか思いつかない。
マリコの匂いの缶詰め、バカなことを考えたこともあったが、実現出来る物ではない。
ギルバートにお土産を考える幸せな時間、それがこの一年のマリコの支えだった。
「帰ってきた。」
ポツリとこぼれるマリコの言葉、涙が頬をつたい流れ落ちる。
「会いたかったの、会いたかったの!」
流れる涙を止めることもなく、マリコがギルバートにしがみつく。
「ギルバートに会いたかったの!」
王都の空に花火があがり、街の人々も長かった暗黒の空が晴れていくのを胸をなでおろして見つめる。ギルバートもわかりやすい。
「ギルバートのお土産を毎日考えてたの、ギルバートの事を思うのが楽しくって、寂しくって、ごちゃごちゃだった。
会いたいのに会えないから、迎えに来るのをずっと待ってた。」
大学には必ず倒れた所を通るようにしてた。ギルバートの世界に行ける場所かもしれないから。
「マリコに会いたくて、狂いそうだった。」
マリコの涙を嬉しそうになめるギルバート。
「お帰り、マリコ。」
「ただいま、ギルバート。」
気を効かせたアレクセイ達は既に部屋から出て行っている。
気だるい身体を起こし、マリコは空になっている隣を見る。
ギルバートは滞っていた執務に行った。
今までは2、3度蹴れば執務に行ったのに、マリコにしがみついて離れなかった。
二度と離さない、を実行するようだ。
執務に行くとなるとマリコを連れて行こうとし、連れて行って男に見られるのはイヤだから布に包むとごねた。
マリコを膝に乗せて執務をすると言い出した時には、さすがにマリコが切れた。
見上げれば豪華な天井、神話が描かれ装飾された縁取り。
壁に掛かるタペストリーに飾り模様の窓枠、ワイン色のカーテンは重厚で房飾りのタッセルで束ねられている。
白い天井の病室で目が覚めた時を思い出す。
あの時は夢であって欲しいと願った。
今は夢でないようにと願う。
既に冷たくなっているギルバートのいたシーツに身を寄せる。
「好き、ギルバートが好き。」
子供達も大事だが、ギルバートとは比べ物にならないと気がついた。思い出すのはギルバートの事ばかり。
もう大人になった子供達に母親は大して必要ない。
いつ消えてもいいように、マリコの部屋のわかりやすい所に置いていた手紙は食卓テーブルに置いてきた。
『好きな人と行きます。
勝手な娘でごめんなさい。
お母さんとお父さんの子供に生まれて幸せでした。』
弟には、両親のことをお願いすることと、異世界に飛ばされギルバートと結婚し、アレクセイ達を産んだことを書いてある。ギルバート達が竜であることには触れてないが、時間の流れが違う為に飛ばされて20年以上経っていること、ギルバートが迎えに来たので、別れも告げずにこの世界を離れる事の説明を書いた。
スマホの写真だけで納得できないだろうが、それ以上の説明のしようがない。
魔力のないマリコが気づくことはないが、マリコの足には誰にも見えない魔力の糸が繋がれている。
不安がるギルバートが、無理やりマリコから許可をとったのだ。
もちろん、ギルバートと繋がっている。これから先何があろうともギルバートも引き寄せられるようになっている。
この魔法をマリコに完成させて、やっとギルバートは執務に行ったのである。
壁も人も障害にならない糸、時間も次元も越えて繋がっているらしい。
運命の赤い糸、聞こえはいいが、雄竜の固執の現れである。
だけど、マリコは知っている、これはギルバートをマリコに縛る糸。
マリコがまた異世界に飛ばされたらギルバートも引きづられる。そして、ギルバートが飛ばされたらマリコも連れていってくれる糸である。
アレクセイと関脇でさえ糸に気がつかないだろう、とギルバートが言っていた。それほどの大きな魔法であり、精巧に隠してあるようだ。
ギルバートが安心するなら、見えない、感覚ないで生活に支障ないならいいんじゃない、というのが正直なマリコの思いである。
「次元は安定しておる。
マリコが飛ばされることはなかろう。」
お土産の座布団が気に入ったらしいポチが言う。
「ポチさまは何でもご存知ですね。」
はいお茶が入りました、と関脇がポチの前にカップを置きながら言う。
「長い長い間、たくさんの事を見てきたからのぉ。
それとな、マリコが来て楽しくなったのも知っているぞ。」
噂をすればマリコがギルバートの手を引きやって来る。
「ポチ、お散歩行こう。」
「わしは歩かん。ほれ、関脇。」
抱っこしろ、と当然のごとく顎をしゃくる。
「それ、散歩じゃないから!」
パチンとポチのお尻をたたいて歩かせようとするマリコ。
「お前は、わしが神だとわからんのか!」
あははは、とマリコの笑い声が響きギルバートが苦笑している。
長い年月一人だった黄金の竜は、今は4人となり、破壊の竜も忘れられた神様も生きる事を思い出した。
何事にも深く感心を持たない心の広い竜王様は、番に巡り合い、心の狭い雄竜の一人となったが、とても幸せである。
全5話で書いた話が、ここまで続くことができたのも、読んでくださる皆様のおかげです。
マリコは書くのが楽しかったです。
7/2~10/31 全49話
ありがとうございました、ここで完結とさせていだだきます。




