夢と現実は違います
目覚めてまず目に入ったのは、白い天井。
王宮の天井は華美な装飾だから、違うどこかだ、と思った。
いつもウンザリする程べったりのギルバートがいない、どこ?
「ギルバート?」
読んでも返事はしない。
身体を動かそうとして痛みを感じた。
腕には点滴が繋げられている、点滴!?
うそ!!
「ギルバート!!」
読んでも返事はない。
「ギルバート!!!」
いない、ギルバートがいない!
ギルバートがいない!!
ここは病室だ、周りを見渡しても白い壁、ベッドヘッドには名前の書かれたプレート、枕元にはナースコール。
ごくありふれた病室にみえる。
入口の扉が開いて人が入ってきた。
「真理子、良かった目が覚めたのね。
何か聞こえたから、あわてて戻ってきたの。」
手にはタオルを持っている。
「お母さん。」
思わず口からでた言葉にマリコも自分でびっくりしている。
もう20年以上たっているのに、昔のままの母の姿だったからだ。
「私?」
言葉が続かない、何と言っていいのかわからない。
「先生を呼ぶね。」
そう言って母はナースコールを押した。
「どうしました?」機械質な声が聞こえる。
「娘の目が覚めました。」
「先生に連絡してすぐに行きます。」
ガチャガチャとスピーカーの向こうで音がする。
「よかった、2日も目が覚めなかったから心配で心配で。」
「お母さん、私?」
「道で倒れて救急車で運ばれたの、覚えてない?」
マリコは首を横に振るしかできない。
倒れた?
ギルバートの世界に行った日の続きだろうか?
「脳波も異常ないし、CTも異常なかったし、起きるのを待つしかないって言われて。」
身体に無数の小さな擦り傷が付いていたことから、警察の聴衆があったことは言わない。
目が覚めたばかりの娘に不安を与えないためにである。
通り魔か何かの暴力事件かと疑われている。
医者の診察では、どの検査も異常なしとでているので、明日には退院してよいとのことだった。
点滴が外され、病院食が運ばれて来た。
「美味しい。」
「味薄くないの?」
「ううん、最近の病院って食事も手が込んでいるのね。」
マリコには現状がわからなかった、言葉を選んで話す。
もしかして、元の世界に戻ってきたのか。
もしかして、元々、あれは頭を打って寝ている間の夢でギルバートは存在しないのか。
もしかして、今が夢で起きたらギルバートはいるのか。
今が夢ならいいのに、ギルバートに会いたい。
退院して日常の生活に戻る。
母と父と弟の家族、やたら優しいので笑ってきちゃう。
大学に行くと友人達が集まって来た。
「真理子、大学の前で倒れちゃったから、大学では有名人だよ。」
これは誰だっけ、と記憶をたどる。
「倒れた時に頭打っちゃったみたいで、変な事言ったらごめんね。」
「大学出て来て大丈夫なの?」
「うん、検査は問題ないって。
熱中症で倒れた時に頭打ったらしくって、記憶の混在があるけど時間と共に治るだろうって。」
そうだ、由香ちゃんだと思いだしながら答える。
一つ、わかった事がある。
夢であってほしいと思う現在は続いている。
この1週間で爪が伸びない。
私の身体は変化してしまっている。
やはり記憶は本物なんだ。
ギルバートに会いたくてしかたない。
多分、あの時、戻って来てしまったんだ。
ギルバートの世界に飛ばされた直後の時間に戻って来てしまった。
ギルバートと過ごした時間が無くなったことにされるなんて認めたくない。
警察から身体中の擦り傷を聞かれた、きっと次元を通る時に付いたのだろうと察したけど説明なんてできない。服の繊維が痒くって掻き毟っていたとごまかした。
ギルバートや子供達がかけてくれた防御があったから、この程度で済んだんだとわかる。
絶対にギルバートが私を探している、それだけは間違いない。
あれは夢の中の出来事だったかと思った時期もあったけど、もう迷いはしない。
帰るんだ、ギルバートの元に。
「由香ちゃん、帰り本屋に付き合って、欲しい本があるんだ。」
アレクセイが電気の仕組みを知りたがっていたな、と思いだす。
「電気関係の本だとどこの本屋がいいんだろう?」
「真理子、頭打って賢くなったの?」
由香ちゃん、あんまりです。
1年が経った。
爪は伸びない、髪は数センチ伸びた。
「何やっているのよ!
ギルバート!!
さすがに不信がられるわよ!!」
大学の人目のない自販機の前でマリコが雄たけびをあげ、お金を入れてドン!とボタンを押すとガランと音を立てて缶コーヒーが出て来た。
不満をぶつけるギルバートがいない現在、自販機がその役目である。
「真理子、何しているの?
河合君が探していたわよ。」
「由香ちゃん、うん、どうしよ。」
「河合君、かっこいいと思うけどな。
真理子ちゃん、いい加減夢のギルバートから卒業したら?」
由香ちゃん達、大学の友人には事情を話したのだが、2次元で処理されてしまった。
マリコにとってギルバートと比べてしまい、その気はないのだが、友人たちはマリコをまっとうな道に戻すべく男の子をプッシュしてくる。
王宮で手入れされた肌は、きめ細かく、くすむこともない。ギルバートに愛される自信で美しくなった表情は、男の子達に人気になっているのを真理子は気付かない。
あちらに戻る時の為にお土産も用意した。
アレクセイにはパソコンとモバイルソーラーバッテリー、パソコンにはお金の続く限りのたくさんの本をダウンロードしてある、シンシアには可愛いケースの化粧品、ジョシュアと関脇にはスナック菓子。
ポチには仏壇屋で座布団を買った。
「ギルバート!」
大学の女子トイレで化粧直しをする真理子は普通の大学生だ、就活もしないといけない。
鏡に映る真理子、可愛い女子大生である。
「なんだ、シンシア、私にも似ているんだ。」
洗面台の足元をゲシゲシ蹴ってみる。
ギルバートに会いたい気持ちは、迎えに来ない恨みに変わっていく。
「お土産の賞味期限切れちゃうじゃない!
永久就職しているんだ、就活なんてしたくない。
早く来い!
ギルバート!!」
死ぬまで待ってあげるから、早く迎えに来い!




