ここは嵐の中心地
「竜王様、大変申し訳ありません。
ビアンカが急に背中から消えて、気配がこの城からだったので、奪い返したかったのです。」
筋肉男のジーノはギルバートに膝をつき、騎士らしい礼を取っていた。
ジーノとビアンカは手をつなぎ、二人で寄り添っている。
「どうやら、私の番と王女の波長があっていたために引き寄せたらしい。」
物は言いようである。
「こちらの方が番様ですか?」
ジーノがマリコに礼を取りなおす。
「ごめんなさい、傷が凄かったので、まさか同行者がいるとは思わなかったの。」
マリコの言葉にジーノは戸惑い、ビアンカと関脇が真っ赤になっている。
「関脇、顔真っ赤。」
さらに強調するマリコである。
「母上、それは狼族の習性です。男の性というか。性的に興奮するとマーキングするのですよ。」
まごまごする関脇に変わってジョシュアがマリコに説明する。
「はあ?DV?!!」
マリコの言葉の意味がわかるのは、マリコの世界の知識を受け継いでいるアレクセイだけである。
「深く噛まれて、いっぱい血が出てたわ!
痛くないはずないじゃない!!
手も、足も!」
ちょっと、とマリコがジーノの前に立ちはだかる。
「体格差考えなさいよ!
この筋肉男!
彼女は妖精さんなのに!」
マリコの言葉の後半は意味不明言葉だが、言いたいことはわかる。
ジョシュアがすでにマリコを後ろから押さえている、マリコのパンチを止める為だ。
「ジョシュア!放しなさい!
この筋肉男の性根は叩きのめさないといけない!」
「母上、暴力では何も解決できません。」
冷静にアレクセイが言うのが、また気に障るマリコである。
「マリコ様、ジーノを許して。
私が狼族じゃないから、大きな傷になってしまうの。
これはジーノが愛してくれた証なの。」
ビアンカがジーノを庇って言う。
「それは間違った思い込みよ。
ドメスティック・バイオレンス、配偶者による暴力は犯罪です!」
「母上は父上に暴力をふるってますね?
この間は関脇とジョシュアとポチにまで。」
アレクセイの言葉にウッとつまるマリコ、身に覚えがいっぱいである。
竜の彼らにはマリコのパンチも殴られたという意識だけで、痛みが伴うダメージにはならない。
「だが、王女の場合はケガが大きすぎますね。
しかも自分で治癒出来ない程に体力もなくなっている。」
アレクセイも異常と感じたのだろう。
「私がジーノを不安にさせたのです。
母の名を呼んだものだから。」
「いや、俺が悪い。
ビーが城を出て、親元から離れ寂しいのは当たり前なのだ。
なんとか俺で埋めようと無理をさせた。
意識のないビーが背中からいなくなった時には気が狂いそうだった。」
ソファーに座るマリコがギルバートにもたれながら呟く。
「そっか、お母さんか。
心配していると思うと気になるよね。
急にいなくなった娘を心配しているはずだよね。」
私もね、と言いながらマリコが立ち上がりビアンカの方に向かった。
「ここに突然来ちゃったから、家族が心配していると思う。
今はもう、ここが私の家で、大事な夫と子供達がいるけど、思いだす時もある。
お母さん、心配かけてごめんね。会いたいなって、」
マリコの言葉は最後まで続かなかった。
空気に溶けるようにマリコが消えたからだ。
「マリコ!!!!」
ギルバートの叫び声が響く、空が真っ赤になった。
「マリコ!マリコ!!」
地面が揺れる、空気がスパークして火花が散っている。
ギャオオオオオ!!
大地を震わせて竜の咆哮が轟く。
「父上!
落ち着いて!
母上を探しましょう!生きているはずです!」
アレクセイが暴れるギルバートを抱きしめ、魔力の調和をはかろうとする。
関脇もギルバートの魔力に対抗すべく、安定に戻そうとしている。
突然の地響きに震えているビアンカと庇うジーノをジョシュアが客室に案内した。
「今夜には落ち着くはずです。
明日はここを出立されるがいい。
母上のことでは迷惑をかけました。」
そう言ってジョシュアは食事の手配を雷を怖がっている侍女達に指示し、皆に落ち着くように侍従達に伝達させた。
執務室に行き、政務官達に朝までには異常事象が収まるはずだと各部署に連絡させ、大臣達に明朝の会議の徴収をかけた。
誰もがこの事象はギルバートだとわかっていた、そして原因がマリコだということも。
マリコの気配が無くなった事に皆が気づいていた。
この世界にいない、ギルバートとアレクセイ、関脇には、それが確認できる力があった。
そして、番を無くしたギルバートが狂うほど探すであろうということも、狂うほど悲しんでいることもわかっていた。
アレクセイも関脇も超越した魔力があったが、絶望の闇に落ちようとしているギルバートの狂気とも思える魔力の発散を簡単には止められなかった。
「お父様、思い出して、シンシアよ。
お母様を探しに行きましょう。」
シンシアがギルバートの手を取り、魔力を流すと少しずつギルバートが落ち着いてきた。
シンシアの魅了の魔力はギルバートに心を取り戻させたようだった。
そうなるとアレクセイと関脇の魔力が効を奏しギルバートの魔力を抑えだした。
空が徐々に元の色に戻っていき、雷もおさまった。
「シンシア、我が娘。
マリコがいないんだ。」
正気に戻ったギルバートの目から涙が流れ落ちる。
ジョシュアが戻ってくると、関脇の腕の中で寝ていたポチが目を開けた。
ポチは地響きも雷も関せずに寝ていたのだ。
皆の視線がポチに集まる、口を開いたのはアレクセイである。
「ポチはコレがわかっていたのか?」
「いや、未来がわかることはない。
念の為にじゃった。」
「母上は界を渡られた。
厳重なガードは母上を守るだろう。それを知っていたようだったが。」
「ここしばらく、次元が不安定なのはわかっていたのじゃ。」
塔の部屋には竜王一家とポチだけだ。
「ここには、ありえない者が揃っていた。
異世界人であるマリコ、竜王一族に生まれるはずのない雌のシンシア、やがて地に吸収されるはずだった関脇、そしてわしじゃ。」
ポチの言葉はショックだったのだろう、震えているシンシアをアレクセイが抱きしめる。
「だがな、マリコにはギルバート、シンシアにはアレクセイ、関脇にはジョシュアと、ちゃんと世界と調和させる者が側にいるのじゃ。
問題はないはずだった。
ジーノという男、あれも狼族には異質なのじゃ。お前達程ではないが、魔力も異質、身体も異質じゃ、あの巨体、狼族ではありえない大きさじゃ、白銀の毛もあれしかいないだろう。
さらに不安定要因が重なった。
マリコが引き寄せたのは王女でなく、男の方であろうな。」
ポチがギルバートを見る。
「イレギュラーが重なり、次元が不安定な今、マリコが何かを強く思えば怪異が起こる可能性があった。
マリコは母親のことを強く思い出したのじゃ。
引き寄せられてしもうた。」




