ポチさま
夕焼けの映える塔の最上階に関脇がたたずんでいた。
後ろから声をかけるのはジョシュアだ。
「どうしたんだ、こんなところで。」
横に並ぶジョシュアに答えるように関脇が腕の中のものを見せる。
「ポチさまが散歩したいって。」
それはポチの散歩に成ってないだろう、とジョシュアが関脇に抱かれて寝ているポチを指す。
「僕もよく兄上の腕に抱かれて寝ていました。
その・・・僕はその頃とても重かったのに。」
恥ずかしそうに関脇が頬を染める。
「重さの否定はしないが、僕は竜だぞ、なんともないさ。
関脇は温かいから、こっちも眠くなりそうだった。」
関脇の髪をクシャクシャとしながらジョシュアが関脇の横に立つ。
「兄上の腕の中は、幸せすぎて、温かくて。」
えへへ、と関脇が笑うと、ジョシュアも笑って返す。
「ポチは慣れない母上との生活で疲れているんだろう。」
「そのようです。
それにしても周りの順応力が凄いですね。
マリコ様が、また何か見たことない者拾ってきたよ、で終わりですから。
僕の時もそうだったんですね。」
「それも否定しないな。
母上のおかげで、こんなに大事な者に会えたよ。」
「僕もです!」
二人は並んで腰を降ろすとポチをなで始めた。
「兄上、ほらポチさまのつむじ、2個あるんです。」
「凄いな、頭と尾っぽの付け根にある。」
他にはないのか、とひっくり返そうとしたらポチが起きた。
「お前達な、わしは年寄りなんだぞ、大事にせい。」
あはは、と竜二人の笑い声が響く。
「ポチさまは、お食事を取られてませんが、食べたいものはありませんか?」
気になっていたんです、と関脇が尋ねる。
「わしは、ほとんど眠っておるからな、いらん。」
「無理だと思います。
母上がポチさまで遊ばないはずありません。」
「母上は継母とか悪い魔女役が好きですからね。父上は眠れる森の美女で倒される竜の役でした。」
「なんだ、それは?」
「母上の世界のおとぎ話で演劇をするのです。」
「僕は一人七役で白雪姫の小人です。」
「なんだ、それは?」
説明しようとした関脇の話はポチには理解できない。
「我々の想像を絶する事をするのが母上です。」
それは理解できると、失礼な納得をするポチである。
ペチペチ頬を叩く感覚でポチが目を覚ますとマリコが泣いていた。
「良かった!
生きていた!」
あまりに眠っているから死んでるのかと思ったらしい。
それでも胸に耳をあて、心音を聞こうとしている。
「ポチの胸、ドキドキしていない。」
「しとるが、あまりにゆっくだからわからないのじゃ。」
「そっか、種族の違いなんだね。心配しちゃった。」
良かった、とマリコが笑うと、ポチの心音がドキドキする。
「生きてるってこと、忘れていたのう。」
「ポチさま、探しましたよ。
母上が大騒ぎする前に帰りましょう。」
「おお、お前か。」
塔の最上階の部屋にいるポチに関脇が声をかけた。
「マリコはすぐに心配するからな。」
「聞きましたよ、3日も昼寝をされていたとか。」
関脇がポチを抱き上げ、柱にもたれて座る。
「ポチさま、もう少ししたら、綺麗な夕焼けが見えます。
僕は、ここから見る夕焼けの景色が大好きなんです。」
「お前は。」
ポチが言い淀んだのを、関脇が待っている。
「どうして、ここにいるんじゃ?」
「いつまで、ここにいていいのかな?って思ってます。」
ここは僕が大好きな場所なんです、と関脇が言う。
「わしは、ほとんど食物を取らなくとも生命維持ができる。
他の者とは時間の流れが違うようじゃ。」
関脇がポチの頭をなでながら、話を聞いている。
関脇もポチもジョシュアが扉に来ていて、入れないで話を聞いているのを感じている。
「遠い昔じゃ、肉の焦げる匂いで目を覚ましたのじゃ。」
ああ、と関脇がその先はわかっているとばかりに目をつむる。
「大地を覆い尽くさんばかりの炎がたくさんの生物を焼いていた。
魔力が弱く、飛べない種族は滅んだ。
わしは見ていた。
助ける力はあったが、見ていた。
すべての事を見ていたのだ。
竜が炎を消すのもみていた。」
「ポチさま?」
「わしは、お前みたいに強い感情を持ったことがない。
大地を覆う炎は悲しみであふれていた。
お前の炎は大地を覆ったが一瞬で消されたのじゃ。
魔力のある者には、造作もない事だった。
竜達は大地の炎の全てを消せたはずじゃ、だがしなかった。
助けない種族を選んだのだ。
遠からず自分達を脅かす存在を葬ったのだ。
繁殖力が強く、魔力の弱い種族は、やがて大地の食物を食べ尽くすだろう。
彼らを食物とする種族はわずかで、魔力の弱い種族の繁殖力には及ばない。
わしは、ただ見ていた。」
関脇が泣いている、過去の自分の記憶をたどりながら。
自分はすぐに地中深くに閉じこもってその後を知らない。
「お前の罪は消せない。
だがな、それをさせた者も、助けなかった者の罪も消えないんじゃ。
わしの罪もな。
決して許されない罪を知っている。」
涙を流し、首を横にふりながり関脇が口を開く。
「いいえ、全ての罪は僕にあります。
僕は、人に忌み嫌われて当然だったのです。
力を行使する結果も考えず、感情のままに、」
「ちょっと!!!
ジョシュア!!!
ココを開けなさい!」
関脇の言葉を遮るように、マリコの大声が聞こえたかと思ったら、殴られる音がして扉を蹴破るようにマリコが突進してきた。
バッチーン!!
バッチーーン!!
マリコのグーパンチが関脇とポチに炸裂した。
「しつこい!!!!」
追いついたジョシュアがさらに手をあげているマリコを止める。
「母上、関脇達は心が傷ついているんです。」
バッチーン!!
「それがどうした!?」
ジョシュアがマリコに殴られた。
「2万年も前の事よ!
その間、ずっと後悔してたんでしょ、十分じゃない。」
「いや、眠っていたので、」
関脇の言葉を断ち切りマリコが叫ぶ。
「許す!
はい、お終い!」
ポチを膝に乗せ、頬を押さえてエーンと泣いている関脇をジョシュアが抱きしめている。
「わしを、神さまを殴る女がいるなんて。」
ポチは放心状態である。
「僕はどんな関脇も好きだよ、いつも言っているだろ。
ずっとここに居ていいんだよ、ずっと一緒にいよう。」
「兄上ー!」
「僕が母上から守ってあげるからね。」
何か間違っているジョシュアである。
マリコが呟いている。
「おかしい、ここは感動のエンディングだよね。
母上ごめんなさい、もう、うじうじ悩みませんとみんなで抱擁シーン、だよね。
いいとこジョシュアが持っていっちゃった。」
おかしい、ヒーローは私のはず、とブチブチ言っている。
グー!とお腹の鳴る音がして、みんなの視線がポチに集まる。
「腹が減った。こんなこと初めてじゃ。」
あはは、と笑いが広まっていく。
マリコが関脇からポチを掴みあげ、ジョシュアはそっち、と関脇を指す。
「ご飯にしよう、私もお腹すいちゃった。」
扉の所にはギルバートが来ていて全て見ていたらしい。
「マリコ、かっこいい。」
雄竜の頭は腐っている。
穏やかな日々は嵐の前の静けさだったりする。