狙われたマリコ
幸せな誕生日は昨夜の事だったはずなのに、嵐が吹き荒れている。
正しくは嵐ではない、ブリザードである。
王宮に新たな異世界からの人間が現れたからだ。
それはマリコの世界からの人間ではないが、マリコの同情を買った。
ギルバートの目の前でマリコが異世界人の手を取り優しく見つめている。
ギルバートにとって決して許されるものではない、この場で首を跳ね落とすのを止めているのはマリコがそこにいるからだ。
もちろん、ギルバートの冷気は王宮に知れわたり、アレクセイ、ジョシュア、関脇が飛んできた。
「マリコ、そこから離れろ。」
「ダメよ、ギルバート。彼はたった一人で異世界に落とされた私と同じだもの、助けてあげないと。」
優しげな風貌の男は、
「マリコというのですか、可愛い名前ですね。」
益々ギルバートの怒りをかっていく。
「父上、あれは何ですか?」
ジョシュアがギルバートにたずねるが、ギルバートも正確にはわからない。
「突然、マリコの目の前に現れた、落ちてきたとマリコが言っている。
マリコは自分と同じように異世界からの人間と思い込んでいる。」
「異世界からでしょうか?
兄上達は感じませんか?何だか嫌な気配がします。」
関脇が男から目をそらさずに言う。
「関脇?」
「はるか昔、まだこの地に人間がいた頃、人間を好物とする種族がいたのです。」
「太古に存在した種族達だったな、人間の血肉を好む。」
だが、彼らももういないはずだ、とアレクセイが言う。
「同じ気を感じるのです。」
大きく目を見開いたのはギルバートだ、マリコと一緒にいる男を睨み付ける目は殺さんばかりである。
「彼らは人間が滅亡した後は食種を変え、混血を繰り返し、違う種族になったはずだ。」
「だとしても、彼からはその当時の種族の気がする。」
アレクセイの説明に関脇が首を横に振って答える。
「昔返りか!?」
ジョシュアが言うのをギルバートも思っていた。
だとしたら、マリコは暗示にかけられているかもしれない。
昔の文献には、その種族は人間に暗示や催眠をかけて逃げないようにしてから食したとある。
「まずいですね、どの方向から攻撃しても母上にあたる。」
男達が殺気を殺しもせずに話しているのに、マリコはそれには気づかない。
「貴方達、仕事はどうしたの?
ここは私一人で大丈夫よ、ちゃんとお世話できるわ。」
なんて恐ろしい言葉を言うんだ!
知らないとは怖い。
食料として見られている、と恐怖心をマリコに与えるわけにはいかず、ギルバート達は男の素性を探ろうとする。
「私はあの男が王宮に入った手口を探ってきます。」
アレクセイがその場を離れると関脇がジョシュアに耳打ちする。
「僕は後ろに回ります、すきがないか見てきます。」
ジョシュアは返事はせずに目だけで答える。
男がクスリと笑う、竜王を前に大した自信である。
「どうしたの?
名前を教えてもらってないわ、なんて言うの?」
「ガブリエルです。」
「私の国では天使の名前だわ。」
どこまでも気楽なマリコである。
ギルバートにもジョシュアにもわかっていた。
あの男はマリコを盾にとって、自分が攻撃されることを避けている。
そしてマリコを盾に逃げるつもりなのだ。
だが、魔力の違いは歴然だ、ギルバートが男を逃すはずはない。
マリコに見られるから、攻撃しないだけで黄金竜にとって殺すことは容易い。
「いい匂いだ。」
男の漏らした言葉にマリコが飛び上がった。
「ぎゃー!
ギルバートと同じ人種なの?」
叫んだ時には後ろに逃げていた。
すかさず関脇がマリコをガードすると、ギルバートは一瞬で男の前に躍り出た。
番を盾に取られた怒りで目が真っ赤になっている。
男は声を出す間もなく塵になるように消えた、まるで煙に包まれるようにマリコには見えた。
「え?どうなったの?
なんか寒いね。」
マリコがやっと感覚が戻ってきたのか、ギルバートに聞いている。
ああ、と答えるギルバートから冷気がなくなった、マリコを抱きしめて温めているようだ。
「ね、ね、ガブリエルどうなったの?」
「彼は幸運にも自分の世界に帰ったようですよ。」
答えたのは戻ってきたアレクセイだ、もちろん大嘘である。
ギルバートの魔力で跡もなく消されたのだ、番を害する者を残すことなどない。だが、マリコに真実を教えない事が正しいかはわからないが、自分を食料と考える種族がいるのは畏怖であろう。
「そうなの?ギルバート。」
「ああ、マリコが心配する事はない。」
「私は戻れても帰りたくない、ギルバートや子供達と一緒にいたいから。」
「父上どうでしたか?」
執務室に戻って来たギルバートをアレクセイ達が待っていた。
「マリコは疲れて眠った、やはり暗示をかけられていたようだった。
暗示を解いてから聞いたら、あの男は庭から入ってきたらしい。
何故に異世界から来たと思ったかわからない、と言っている。」
「私もあの男の侵入経路を調べましたが、警備兵が覚えていないのです。見事という程の暗示で王宮に堂々と入って来たのです。警備兵には竜もいたのですが。」
アレクセイが関脇から受け取ったお茶の入ったカップをギルバートの前に置く。
ギルバートは執務室のソファーに深く身体を預けて足を組む。
「マリコはこの世界に紛れ込んだイレギュラーだ。それは良い影響も悪い影響も与えるだろう。
アレクセイ、お前もジョシュアもシンシアも関脇もだ。
他にもマリコの周りは不思議が当然のように起こる。
あの男もそうなのだろう、マリコに惹かれてきたのは間違いない。」
「先祖返り自体が影響を受けた事かもしれません、以前は違った姿だったかもしれません。
鏡のように、本来とは違う意志を持ったと考えるのご妥当でしょう。」
ギルバートとアレクセイの言葉をジョシュアも関脇も聞いている。
「関脇よく思い出してくれた、母上を守る事ができた。」
アレクセイが関脇に言うと、関脇は、はにかんだようにジョシュアに笑顔を向ける。
ジョシュアは、くしゃと関脇の髪に指をいれると、
「ホントだよ、よくやった関脇。」
「だが、あのように感化された者が出る可能性はある。
また先祖返りする者が現れるかもしれない。
アレクセイ、シンシアも人間の血が濃い。」
ギルバートが言うとアレクセイが目を合わせる。
「同じ事を考えてました。気鬱で済む事を願ってますよ。」