逃げきれませんでした
マリコは城門にさらされた首にひきつった声をあげた。
生首を見るのも初めてだか、後宮の姫だと噂に身体が震える。
王様が後宮を解散させるのに逆らったんだとさ。
我が儘な姫だったらしい。
自分だけは残せと迫ったらしい。
番が現れたら、どの雄竜でもこうなるさ、番は唯一だ。
王が直ぐにはできない、と言ったのに、まだ後宮があるのが我慢できないと言ったのは自分だ。
私が殺した。
頭の中に言葉が響く、男の過去の女にこだわったのは私だ。
1000年間、私を探したのに見つからなくって、2000年間他の女性と付き合った、それを責めたのは私。
1000年探したのに見つからない絶望、想像もつかない。
つらい事だとわかるが、その絶望を他の女の人に慰めてもらっていた、気持ち悪いと思うのは消えない。
私に巡り合う前のことだけど、きっとそういう本質だと思うと好きになる方が無理である。
ギルバートが、私に子供を望んでいるのは本能なんだろう。
私がいるのに、まだ後宮を残そうとしたことに腹がたったんだ。
本能で子供を希望するギルバート、きっと私は好きになってもらいたかったんだ。
臆病な私は自分が好きになる事から逃げたのに、ギルバートには求めたんだ。
私だけが好きになりそうで絶望したんだ、ギルバートに絶望したんだ。
恐い。
私はこの先何を望むんだろう。
それをギルバートは全部叶えようとする。
でもそれは本能なんだ、愛情じゃない。
惨めな私。
雷雲が立ち込める空はこのところずっと薄暗い。
足は無意識のうちに、城下の街を出る門に向かっていた。
ギルバートに会いたいのか、逃げたいのか自分でもわからない。
ギルバートが気になっている自分に気づく、気にしているから腹が立つんだ。
ただ、ここに居たくない、遠くに行って自分を取り戻したい。
マリコの香りが薄くなっていく、それは何を意味するのか、ギルバートは焦っていた。
マリコの安全の為に密かに付けた手の者から連絡が入っていた。
マリコが私から逃げようとしている。
どんなに嫌がれても距離をおくなんて出来ない、いつも側にいたい。
3000年も生きて長い時間を王として国を治めてきた、賢王と言われた。でもただ一人の人に好かれる方法がわからない。
わかっているのは、マリコが全てだ、ということ。
気持ちは急ぐのに、慣れない街に知らない道、迷ってしまう。
人通りの少ない道に入り込んでしまった。
街から出る門とどれ程の距離かさえわからない。
マリコの気持ちを映すかのように、空も空気も重く感じる。
空に大きな影が走る、竜だ。
黄金に輝くギルバートだ、会いたくない人に会ってしまった。
人の姿になりながらギルバートが降りてきた。
黄金竜に気づいた人々が集まってくる。
「マリコ。」
返事はしない、顔も見たくない。
「マリコ。お願いだ、こっちを見て欲しい。」
無視して歩き出したところを腕を掴まれた。
手を振り払おうしても力の差に無理がある。
「たくさんの女の人を抱いた手で触らないで、気持ち悪い。」
傷つけるとわかっているのに言葉が止まらない。
言葉はギルバートも私も傷つける、両刃の剣だ。
「私もたくさんの男の人に慰めてもらうから、ギルバートは関係ないでしょ。」
突然雷鳴が鳴り響き、地面が揺れた。周りから悲鳴が聞こえる。
「関係なくない!どうすればいい?腕を切り落とせばいいか?この世にマリコ以外を消してしまえばいいか?マリコを抱く男など滅びてしまえ!」
周りが赤くなった、見上げると空が血のように赤い。
光の屈折がおかしくなっている、周りの人が動かない、時間が止まったのか空間が違うのか、何もわからない。
変な音がする。
「ギルバート?」
振り返ると腕を引きちぎろうとしている「やめて!!!!」
ギルバートにしがみ付いて止めさせる。
「もういいから!もういいから!!」
千切れかけた左腕をさする、
「お願い、何でもするから、止めて!腕を治して!」
骨は折れて、下半分の皮と肉で僅かに繋がっているだけだ。
腕から流れ出る血が止まらない。
「ギルバート、魔法、魔法、魔法で腕治して!!お願い、お願い!!」
涙が溢れでて止まらない。
「マリコ、この腕は嫌いだろ?」
呻き声で言うギルバートの目は赤く血走っている。
「嫌いじゃない!好きよ!好き!だから治して!!」
鱗の浮き上がった腕にキスをする、ギルバートの血の味がする。
「ね、この腕好きなの、治して。」
何でもするから、と繰り返す私を見つめるギルバートの目の赤みが薄れていく。
空の色が青色に戻って行く、人々の悲鳴が聞こえた、時間が動き出した。
「ギルバート、腕治して、お願い。」
千切れかけたギルバートの腕をさする私の手の上にギルバートのもう片方の手が添えられた。
熱いぐらいの熱を感じる。
ウゥッツ!!ギルバートが唸っている、痛いんだ。
「お願い、治って、ギルバートの腕ひっついて。」
涙がギルバートの腕に流れ落ちる。
ギルバートが歯を食いしばった「あぁぁ!」光があふれ出た途端、体が熱くなる。
ギルバートの腕がひっついた!よかった!!
「ごめんなさい、ひどい事言ってごめんなさい。」
「愛してる。マリコだけだ。」
違うよ、それは本能で言ってるんだよ、言葉にだせない。
ギルバートに抱き寄せられる。
結局捕まってしまった。
ギルバートは血がこびりついた手で私を抱きしめ、舞い上がった。
空に近づくまでに竜の姿に変わり、飛ぶスピードをあげた。
それは城下の街を抜け、森を抜け、湖の近くの古い城に着くまで、大切に抱きしめられた。
「私を怖がらないで。」
「ギルバートなんか怖くない。」
目を合わさないで答える。
「マリコ。」
身体が震える。怖いんじゃないんだ、嬉しいんだ、汚い自分がイヤになる。
「愛してる、マリコをずっと探していたんだ。」
嘘つきってもう言えない、ギルバートの真実を見てしまったから。
「身体だけでも私の物にする、逃げないように。我慢が、できないんだ、マリコが欲しくって気が狂いそうだ。」
まともな様に聞こえるけど、やってる事は既にまともではない。
言葉のわりに優しくベッドに降ろされる。
けれども、私の首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいるのは、変態にしか見えない。
ただの変態ではない、固執して追い詰められた変態だ、危なすぎる。
直ぐに唇が重なり深くなる。
「ギルバート、逃げないから、落ち着いて。」
言葉が通じるはずもなく、抵抗はムダに終わった。
「マリコ愛してる、愛してる。」
もう耳にタコができました、答える体力も気力もありません。
あれから3日間ベッドから出してもらえない。
こんな化け物に抵抗していた自分が虚しい。
最中に「私の命だ」と鱗を飲まされた。
おかげでまだ生きている、逆鱗というやつらしい。
ギルバートが生きている限り生き続けると。
生きるけど年は取り続けるだったらどうしよう、ギルバートは若くって、私はおばあちゃんヤダ。
「番との愛の行為はなんて素晴らしいんだ、いくらやっても足りない。」
番と言うばかりで好きだとか言わなかった、とマリコから言われたギルバートは大いに反省した。
愛してる、を100回は聞いたろう、反省したギルバートの愛の言葉、大盤振る舞いである。
「もう、私以外としちゃイヤよ。」
もう折れるしかないではないか。
「もちろんだ!マリコ愛してる!」
マリコは竜王という下僕を手にいれた。
その夜、赤ちゃんを授かった。