アレクセイからの誘い
「絶対行く!」
マリコと関脇がキラキラした目で返事した。
ジョシュアはため息をつくばかりだ、父の姿が簡単に想像できる。
アレクセイから、ブドウの収穫の連絡がきたのだ、関脇と行くつもりで話していたらマリコが割り込んできた。
「母上、兄上達は遠い所にいるので近くまで竜で飛んで行き、そこから目立たないように人間の姿になります。」
「飛べない人間差別はんたーい!」
「飛べないどころか、母上は馬にも乗れないでしょう。」
第一、父が許すはずない。
「私も飛べるもの!竜に乗って行くわ!!」
それは父上でしょう、母上にとって父上は乗り物なんですね。
ジョシュアはマリコの言葉に、マリコが諦めそうにないとわかる。
「そろそろ、父上が母上を覗きに来るはずです。その時に決めましょう。」
「そうね。」
誰もがギルバートが覗きに来ると信じて疑わない、関脇にいたってはギルバートのお茶まで用意している。
「いい香りだね。」
ジョシュアが関脇の横に座る。
「先日の外交団の献上品の中にあったのです、香りだけでなくいい色です。」
兄上見て、見てとカップを差し出す。
関脇は背も伸びて生まれた頃の面影はもうない。
痩せたことで余っていた皮膚のたるみは身長が伸びることで解消していった。
だが、性格はあのまま育ったようで、ジョシュアになついている。
やはりギルバートは来た、まだ執務中だろう、と思うが今さらだ。
「アレクセイとシンシアに長らく会ってないからな。」
ギルバートは親バカだった、初めての子供のアレクセイと女の子のシンシア、甘々だ。
「ね!決まりね。ギルバートは何日かしたら迎えに来てね。」
マリコの言葉はギルバートに突き刺さる、ジョシュアと関脇も顔を見合わせた。
「母上、それはあんまりです。」
父上が可哀そうです、と言葉が続かない。ギルバートが移動手段としか扱われていない。
「ギルバートは執務が忙しいでしょ?」
ギルバートは落ち込んでいて返事もできない、さすがにマリコも気が付いたようだ。
「ギルバート、お仕事都合つけて一緒に来てくれると嬉しいな。」
母上、それ棒読みですから、と思うが、ギルバートは犬ならば尻尾を振りきらんばかりに喜んでいる。
「兄上、雄竜って哀しいですね。」
関脇がジョシュアにささやく。
「それこそ今さらだな。」
やたら張り切っているのが、関脇とマリコだ。
小さな町と聞いて、ギルバートと旅行で海辺の町に行った時の町娘の服を荷造りしているマリコ。
反対に2日間の長距離飛行に緊張しているのが関脇だ。
「2日間も跳び続けれるかなあ、トイレはどうするんだろう。」
ジョシュアが関脇の呟きに吹き出す。
「いつものように、兄上疲れた、って言えばいいんだよ。」
「父上がいるんです!」
「大丈夫だよ、母上は休憩がたくさん必要だろうから。母上は人間だから身体が弱い、竜のように鱗の保護はないからね。」
ジョシュアとシンシアに飛行の仕方、飛びながら防御の魔力をかける方法を教えたのはアレクセイだ。
母にべったりの父が兄に教えたとは思えない。
あの兄は一人で身に付けたのだ。王家の記憶があっても知識と現実は違う。そして自分が苦労した事は言葉にせず、ジョシュアとシンシアを育てた。
兄に会えるのは嬉しい、それがジョシュアの偽ざる気持ちだ。
途中で一泊して2日かけてアレクセイのブドウ畑に向かう。
竜王一家が泊まるには不似合いの安宿で一泊するが、宿の定食にマリコは上機嫌である。
こういった宿の方が正体がばれることがなく安全なのだ。
「珍しいですね、こんなところで竜族の宿とは。」
「ジョシュア、何でわかるの?」
マリコは人型になっていれば竜族も獣人も区別がつかない。
「女将に竜の番であるマーキングがされてます。」
そんな事も知らないマリコである。
「雄竜は番にマーキングをします。そうでなければ他の雄竜にわかりませんからね。」
母上も父上のマーキングがありますよ、ということは言わないジョシュアである。
絶対に、それは何?どうやってわかるの?と聞いてくる。
竜の雄にしかわからない感覚だ、香りとも違う、強いて言えば魔力だろう。
マーキング自体が番にしかかけられない、マーキングがない雌竜は番がいないということになる。
番の雄竜の魔力に比例するマーキング。
ギルバートのマーキングはとても強い魔力で執拗に何重にもかけてある。マーキングは固執の証でもあるのだ。
次の日は朝早くに宿を立ち、夕方にアレクセイとシンシアの家に着いた。
マリコはシンシアに抱きついて泣き始めた。
「心配してたの、よかった元気で。」
ギルバートもジョシュアも関脇も雄竜だ。
シンシアを見て目を見張っている。
「シンシアは母上の体質を受け継いだようです。」
アレクセイの言葉に答えるのはギルバートだ。
「そうか。
他の男達に気を付けなねばならないな。」
「全くです。」
沈黙が雄竜達を包む。
「関脇、大きくなったな。すっかり痩せて、ずいぶん頑張ったのだな。」
アレクセイが関脇の頭をなでながら、シンシアが食事の用意をしてあります、とテラスに用意したテーブルに皆を案内する。
夜のブドウ畑を眺めながら、穏やかな灯りの灯されたテラスで、久しぶりに家族揃って食べる夕食は格別だった。