アレクセイとシンシアの家
翌年になっても、アレクセイとシンシアは戻ってこなかった。
ギルバートの譲位に警戒しているらしい。
関脇もかなり痩せたが、長距離を飛行するには、もっと痩せないと体力がもたないようだ。
マリコはアレクセイとシンシアに会えないと文句を言っているが、本人達が戻らない事にはどうしようもない。
そうして3年が過ぎ、関脇は子供から少年の身体に成長し長距離も飛べるようになった。
ぶどう畑の広がる丘の上に小さな家が建っていた。
そこにはつい最近、若い男女が住み着いた。時々、町に降りてきて食糧などの備品を買っていく。
田舎町では目立つ美男美女の二人である、いつも仲良く手をつないで笑いあっている。
シンシアは重度のブラコンだが、アレクセイもシスコンなのだ。
夜のとばりが一帯を包むと、各家は暖かい灯りに灯される。
丘の家にも穏やかな灯りがつく、シンシアの手作りの料理を二人で囲む。
その日のパンは町で買ってきたものだか、シンシアはパンも焼けるようになった。アレクセイがブドウ畑を管理に行く間に料理をしたり、裁縫もするようになった。
温暖なこの地が気に入って二人はブドウ畑ごと買ったのである。
竜王国からは遠い国にあるこの家は二人にとって誰にも知られない隠れ家である。
ここを足場に様々な土地を周っていたが、最近のシンシアの調子がよくないことから、二人はここに長逗留している。
「どうした?シンシア、身体がだるいのか?」
「大丈夫よ、お兄様。」
あきらかに我慢をしているシンシアの手をひき、膝に座らせるとシンシアが背をアレクセイに預ける。
姿は大人になったシンシアだが、アレクセイの扱いは子供の時のままである。膝に座らせ、食事はアレクセイが食べさせる。
「息を深く吸って。」
アレクセイの言葉に従い、シンシアが呼吸をする。
アレクセイもシンシアの魔力が不安定なことを感じているので、自分の魔力を流し安定させようとする。
「シンシア、もし耐えきれなくなったら魔力を僕に流していいから。」
「ダメよ!お兄様、私の魔力は!」
「わかっているよ、だが、シンシアの魅了の魔法を外に出すわけにいかない。」
シンシアの魔法が何故不安定になるかは、アレクセイにはわかっていた、初めての繁殖期になろうとしているのだ。
それは竜の形態をとるのか、異世界から来た人間の母親の形態をとるのかわからない。
雌竜の繁殖期が100歳ぐらいから始まることを思えば、やはり早い。竜と人間の血が流れているシンシアには竜の常識は通用しない。
シンシアに繁殖期がくる、それは番を呼ぶためでもある。
雄竜は番が繁殖期ならば、香りが濃くなりみつけやすい。
「お兄様はいつか番を探しに行かないといけない、私の魅了の魔法をかけるわけにはいかないわ!
わかっているの!」
シンシアが泣きながらアレクセイから離れようとするのを、アレクセイは離そうとしない。
「今の僕にはシンシアが一番大事だ。」
興奮したシンシアは叫ぶようにアレクセイを拒否する。
「お兄様の一番は、いつか出会う番のものだわ!」
ヒイヒイとシンシアの呼吸がおかしい。興奮して魅了の魔力が漏れ始め、過呼吸になっている。
「シンシア、ゆっくり息をはいて。」
アレクセイはシンシアを抱きしめる力を緩め背中をさするが、シンシアの呼吸音は異常を知らせている。
息を吐くことなく吸うばかりだ。
「シンシア!」
シンシアは答えることもできず、体を震わさせ苦しんでいる。
アレクセイは抱きしめているシンシアの頭を片手で固定し、人工呼吸を始めた。
いったん呼吸を止めさせて、ゆっくりと呼吸を安定させる。
「お兄様。」
シンシアがアレクセイを見上げている、痺れも治まっているようだ。
「よかった、シンシアが苦しむ姿をみるのは、恐ろしかった。」
竜ではありえないが、人間は過呼吸になり命を落とす程でなくとも、30分以上の長い時間苦しむこともある。
母の知識があってよかった、人間の知識がないとこのような咄嗟の対応ができないと思ったが、マリコの記憶は正しい処置の仕方とは限らない事をアレクセイはわかっているのに、この時は動揺のあまり失念していた。
アレクセイのシンシアを抱く手に力が入る。
「助けてくれて、ありがとう、お兄様。」
朝日がさす頃、アレクセイは腕の中のシンシアの金色の髪を撫でていた。シンシアは疲れて眠っている、どうやら魔力も安定したようだ。
繁殖期が始まろうとしている、シンシアは大人になった。
シンシアが目をあけると、アレクセイと目が合う。
「身体はどうだ?」
「魔力は安定しました。」
シンシアの頬が赤くなる。
「食事を用意しよう、シンシアはもう少し寝ていなさい。」
「アレク。」
「そう、いい子だ。」
アレクセイはシンシアの額にキスをするとベッドをでて台所に向かった。
それから何日もしないうちに事件は起こった。
シンシアの魔力が安定したので、二人は次の旅の行先を話しあっていた時に家の扉を叩くものが現れた。
ドンドンドンドンドン!!
けたたましく叩く音にシンシアがギョッとする。
「シンシアは待っていなさい。」
アレクセイが立ちあがり扉に向かう。
そこには町の住人だろう3人の男達がいた。
「大変だ!ブドウが立ち枯れしている!あんたとこは大丈夫か!」
今年は雨量が少なくブドウを含め農作物が弱っていた。ブドウの病気が出てしまったのだろう。
竜王国と竜王の属国では竜王の力により多少の天候管理ができる為、このような事態になることは少ない。
今はアレクセイの魔力で畑を管理しているが、旅に出ている間に畑が枯れると困る、とアレクセイは思った。シンシアがブドウを楽しみにしているのだ。
「アレク、テラスにお茶を用意したわ。」
そこに顔を出したのはシンシアだ、男達の息を飲む音が聞こえる、アレクセイは心の中で舌打ちをした。
仕方ない、竜王国王女の茶を飲ましてやるか。
「こちらに、茶の用意があるようなので。」
ブドウ畑の見えるテラスには人数分の茶が用意されていた、シンシアはアレクセイの言い付けを守って部屋にいるらしい。
ギルバートの娘のシンシアは美しい、大人になり更に美しくなったのがアレクセイにはわかっている。
だから兄と呼ぶのを禁じた、側にいるのが兄では男達の抑止力にはならない。
自分にも女達が群がるが、雌竜の場合は繁殖期の間だけだ。だが、雄竜は違う。シンシアを遊びの相手などさせるわけにいかない。
竜よりも獣人達はもっとたちが悪い。遊びではなく、本気だからだ。
普段のシンシアなら相手にしないだろうが、繁殖期は本能に支配される、何が起こるかわからない。
竜の強さも人間の脆さも引き継いだシンシア、アレクセイの心配はつきない。




