お昼ご飯は幸せの味
厨房の片隅では、関脇がちょこんと椅子に座って豆の皮むきをしている。
「わー、たくさん剥いてくれてありがとう。」
マリコが声をかけると、嬉しそうに関脇が顔をあげた。
剥いた豆をマリコに渡すと、味見と言って小皿を渡された。
「美味しいです、母上。」
「たくさん作ったから、関脇とジョシュアの分もあるわよ。
後は豆をお肉と煮て完成。
魔法を使わず、手で皮を剥いたからきっと美味しいわよ!」
「そうなのですか?」
「気持ちがね、そうなの。
楽するより苦労した方が美味しく感じるの。」
関脇はマリコの手伝いをしながら、料理を習っている。
ジョシュアにお昼ご飯を作りたいらしい。
「関脇と料理するのは楽しいわ。」
影からこっそり見ているギルバートに聞こえるようにマリコが言う。
こんな事いうとギルバートが、私も、と言いそうだが、ギルバートは料理を食べる役と言い含めてある。
アレクセイもジョシュアもシンシアも何でもそつなくこなす。きっと料理をさせると直ぐに覚えるだろう。
その点、関脇は魔法を使えばアレクセイに匹敵するだろうが、魔法がなければ不器用な方だ、マリコには仲間意識が高い。
どうやら、関脇は過去に一度大人になってはいるが、何もしたことがなかったらしい、何をさせても喜んでする。
小さな手がジョシュアの為に小さなナイフを持ってパンに切り込みを入れている、ハムや卵をはさむつもりのようだ。
あ、と小さな声が関脇からあがった、指を切ったらしい、目には涙をためている、痛いのだろう。
マリコが駆けつけ手を見ると、少し切っただけのようだが血が出ていた。
マリコが関脇の手を取るとハンカチで指をきつく縛る。
「大丈夫よ、すぐに治るから、偉いね頑張ったね。」
マリコが傷には触らないように関脇の手をなでる。
「母上、俺は自分の魔法で治癒できるから、大丈夫だよ。」
「そうなの!?安心した。」
マリコが嬉しそうにほほ笑むと関脇も笑い顔をみせる。
「でも、治すのもったいないな、母上が手当してくれたのに。手当してもらうの始めてだから。」
なんて可愛い事を言うんだろう、なんて淋しい事を言うんだろう、マリコは関脇の過去の人生に思いをはせる。
「私は関脇とお料理の続きがしたいから、早く治ると嬉しいな。関脇が痛い思いをするのは嫌だな。」
マリコの言葉に関脇がとても嬉しそうに笑って治癒魔法を始めた。
「さあ、早く作って、温かいうちにギルバートとジョシュアに食べてもらおうね。」
「父上は母上が愛情深いと言う、確かにそうなんだけど、本当に愛情深いのは兄上だ。」
ジョシュアは関脇に豆と肉の煮物を取り分けながら言う。
「僕もシンシアも兄上に育てられた。それは深い愛情と知識を与えてくれた。
そして誰よりも怖いのも兄上だ。兄上は大事なものを守る為なら何でもするだろう。
兄上は僕とシンシアの為なら、我が身を捨てても守ってくれる。だから、そんな事にならないように強くなりたいんだ。」
「アレクセイ兄上はちょっと怖いな。」
関脇が思い出しながら言うのをジョシュアが笑う。
「関脇の魔力は怖ろしいほどだ、それは兄上もだ、それがわかるから怖いのだろうな。
兄上は賢過ぎるんだ。先を先をと考えて心配している、関脇の事もだ。
兄上にとって母上が関脇を拾った時点で守るべき身内になっていると思うぞ。」
え?と関脇が顔をあげる。
「関脇は家族だからね。」
ジョシュアが関脇の手を取る、そこから関脇に暖かい気持ちが伝わるようだった。
「兄上とシンシアが根城にしている家があるらしい、飛べるようになったら遊びに行こう。」
「行きたいです!」
「かなり遠いから竜の翼でも3日ぐらいかかるかな、長距離だぞ。」
鼻先に人参を吊り下げられた馬のような関脇である、飛行訓練に燃えている。
少し飛べるようになって塔のてっぺんに居場所を見つけた。
ここから城下を眺める景色が関脇は大好きである。
いつか、この景色の先までもジョシュアと旅に出る、そう思うと興奮が収まらない。
昔は一人が当たり前だった、そうして一人に絶望して、地中深くにある固い岩の洞窟の中で長い眠りについた。
大人の姿で洞窟に入ったはずなのに、石の殻を纏い、中で子供になっていた。
それはマリコの力か、自分自身の願いかはわからない。時がとても経っている事だけはわかった。
今はジョシュアと一緒にいる事を疑わない自分がいる、特別な事だけが幸せではないと知った。
もう少ししたら、ジョシュアが探しに来るだろう、そして言うのだ。
「やはりここだったか。」
ジョシュアに見つけてもらうために、ここにいるのだ、関脇は想像するだけで身体が温かくなるのを感じていた。




