ささいなことが誤解の始まり
ギルバートはどこだろう、とマリコは王宮を歩いていた。
別に用事があったわけでもない、なんとなく顔を見たくなったのだ。
ギルバートの方はマリコの居場所を探ることができるが、マリコには魔力がない、自分の足で探すのみだ。
居ると思った執務室にはいなかった、謁見室か、移動中か。
楽しい冒険とウキウキしながら探検気分で探していた。
たいていギルバートは一人で移動することは少なく、たくさんの側近や侍従達を連れている。
マリコのところに来る時は単独だが、仕事中はそうではない。
遠くからでもギルバートの一群を見つけることができる。
あ、と思ったのは意外に近くに見つけたからだ、中庭にいるマリコから中廊を歩くギルバートの表情まで見えるぐらい近い。
一群の中に見慣れぬ団体が同行している、外国の使節団だろうか。豪華なドレスを着た美しい姫君が先頭にいて、ギルバートに頬笑みかけている。
仕事中は無愛想なギルバートが笑っている、姫君に笑いかけている。
「そうだよね、私にだけ笑いかけるわけじゃないよね。
後宮を作るぐらい、女好きだった。」
誰に言うでもなく、こぼれ出た言葉はマリコ自身に響く。
ギルバートの後宮など、すでに古い話だが、女と言うのは忘れないものである。
自分の姿を振り返ると、竜王の番というだけで、見目麗しくもなく普通だ。華やかには遠い、あの姫君と随分違う。
ギルバートがマリコに気づき、視線を向ける。
その視線がマリコには比べられているようで、居た堪れない。
ギルバートに笑いかけようとして失敗したマリコは一群に背を向ける。
「マリコ!」
ギルバートがマリコの異変に気付かないはずがない、すぐにマリコの後を追うが姿が見当たらない。
王宮を熟知したマリコは、ヒマを持て余し独自ルートをあちらこちらに作っていた。
だが、ギルバートにとってマリコの香りがわかる、遠くに行ってないと安心する。
マリコは逃げたかった、もうココに何年いるのだろう。子供を3人産んで育てて、もう一人の子供にも恵まれ、幸せだと思う。
あのお姫様は外交の仕事で来たのだろう、それに比べ自分は何の仕事もしていなく、どんな価値があるんだろう、と不安が押し寄せる。
たまたま番だっただけだ、ギルバートが姫君に笑いかける顔がマリコに追い打ちをかける。
「疲れちゃったな、もういいかな。」
妻にとって子供の手が離れ、夫を再確認する倦怠期という危ない時期だ。
「母上、どうされました?」
木陰に隠れているマリコを見つけたのは関脇だ、一人でトレーニングをしていたのだろう。
少しマリコを見つめていた関脇が、ボソッと言った。
「少しの間、父上から母上を隠して差し上げます。
母上は父上に振り回され過ぎです。」
丁寧な言葉使いが真剣だと表している。
「マリコの香りがなくなった!!」
突然叫んだギルバートが血相を変えた。
外交団の面々は、先ほども聞いた名前に訝しげである。
「宰相、後は任せた。」
探しに行こうとするギルバートに、まるで行かせないとばかりに姫が声をかける。
「竜王様、お待ちになって。」
美しい姫と国元では評判なのだろう、もしかしたら竜王を崩落するよう指示されてきたのかもしれない。
無視して出て行ったギルバートに宰相も慣れたものだ。
「姫君、私が話の続きを承ります。」
「私は、竜王様にお話していたのです。」
憤慨を隠せない姫はまだ若いのだろう。他はいらないという、竜の番を理解できていないようだ。
「既にお話はお聞きしましたが、こちらでは支援するつもりはない、とお答えしておきましょう。」
「私は竜王様にお願いするために来たのです!」
「竜王は出て行かれた、それが返答です。」
宰相は、この国はいらないな、と結論をだす。
ギルバートの魔法の保護範囲よりも遠い国、どうなろうとかまわない。
番に敬意を払わない、それだけで十分だ。
先ほどもギルバートがマリコを追おうとするのを姫が止めようとしたのだ。
外交団を王宮の外に送るように部下に指示をだす。
宰相にはギルバートの行動などわかっている。
マリコの姿を見たいが為に、王宮を見たいという姫を案内をしたに違いない。
執務室の外に出て中庭の辺りに行けばマリコとの遭遇率は高くなる、仕事をしながらマリコに会える。
マリコの気配が近い事を感じたギルバートは笑顔を隠せない、周りの者は慣れたものだ。
追いかけなかったのは、マリコの気配を近くに感じていてからだろう。
だが、すぐに追いかけるのを止めたギルバートをマリコはどう思っていたろうかと心配していたら、やはりという状況になった。
マリコはギルバートを暴走させるスイッチであり、ストッパーでもある。
宰相は、ギルバートの暴走に備えて関脇を探しに出る。アレクセイがいない今、ギルバートの暴走を止めれるのは関脇しかいない。
「関脇ならここにいるよ。」
なかなか見つからない関脇の居場所は当然のごとくジョシュアの部屋だった。
「母上なら大丈夫だよ、元々30分程で保護が切れるようにしてある、そろそろじゃないかな。」
関脇の言葉を聞いた宰相は胸をなでおろす。外では空模様が怪しくなり、静電気が発生しているようだ。
マリコを見つけられないギルバートが原因であると、誰もがわかっていた。
「マリコ!!!」
香りを含めマリコの気配を消す魔法が切れる前に、ギルバートは肉眼でマリコを見つけた。
黄金竜から人間に姿を変えて、王宮の中にある泉のほとりに降りてくる。
ギルバートを確認したはずなのに、マリコは一言も話さないで背を向けている。不穏な気配にギルバートの不安は増していく。
「マリコどうした?」
マリコの手を取ろうとしたが、かわされる。ますます執拗に手を取ろうとするギルバート。
「笑ってた。」
マリコの小さな声も聞き逃さない竜の耳は、意味の理解ができない。
「何が?」
問いかけるギルバートを無視しようとしても黙っていられないのがマリコだ。
「笑ってた!楽しそうに!
若くてきれいなお姫様に笑っていた!」
「そんなのいたか?」
本気で言っているらしいギルバートにマリコが唸る。
「廊下を一緒に歩いていた!楽しそうに笑いかけながら!!」
これには、ギルバートも気が付いた、マリコが嫉妬している!
なんて可愛いんだ!!
マリコにかけられていた保護の魔法が切れたのだろう、一気にマリコの香りに包まれる。
もうマリコの抵抗があっても我慢などできないギルバートは、無理やりマリコを引寄せ抱きしめて顔を肩に顔をうずめる。
「王宮の中を歩く時は、マリコがいるかもしれないと、いつもウキウキしているんだ。
今日も会えたじゃないか、なのにいなくなった。」
いなくなるどころか、香りまでなくなって心臓が止まりそうだった、とマリコの耳元でささやく。
「外交団はいたが、姫などいたか?
私にはマリコ以外に姫はいないぞ。」
ギルバートにとってマリコ以外の女は白黒画像のようだ、背景の一部にすぎない。
だが、それはギルバートにしかわからない、マリコが共有できる感覚ではない。
「だって、私には大きな子供がいるんだもの、子育てで窶れているだろうし。」
マリコが小さな声ですねている。
「私の子供を産んで育ててくれたんだ、大切すぎて眩しすぎる。
子供は独り立ちして去っていくだろう、だがマリコは私のものだ、ずっと一緒にいたい。」
青空が広がった空を見上げながら、ジョシュアと関脇が宰相に聞いた。
「で、原因は何だったんだ?」