旅の終わりはハッピーエンド
リラは小さなパン屋さんの娘である。
あれから2日、ヴィットリオは朝昼晩、パンを買いに来ては花束でリラに求婚している。
町のなかでも大きな噂になっている。
リラには恋人がいるのだが、ヴィットリオはそんなことではめげない。
同類相憐れむである、ギルバートは過去の自分の姿とヴィットリオを重ねているようだ。
ギルバート自身が3000年も生きてきて、自分にこんな感情が生まれていたと驚いている。
「ねぇ、ギルバート。原因は違うけど昔の私達のようね。」
「マリコもそう思うかい。はたから見ているとヴィットリオの行動は滑稽かもしれないが、当人は切羽詰まる思いなんだ、形振りかまっていられない。」
ギルバートがマリコの肩に顔をうずめながら言う。
「あぁ、いい香りだ。」
ヴィットリオも匂いに釣られて来たと言っていた。これがフェロモンというのかもしれない。
「私、リラちゃんとラーラちゃんに会ってきていいかしら?」
「ヴィットリオは私がひきとめておくよ。」
町のカフェで3人は話し合っていた。
「それでね、ボブの態度がよそよそしいの。たった二日でこれよ。」
リラが恋人の靴職人のボブの事を言う。
「よそよそしいって?」
「お祭りでたくさんの観光客が来たでしょ、どうもその一人と仲良くなったみたいで。」
「なーーーんでっすって!!!」
現役の二股!
マリコにとって鬼門である。
「ボブはなんて言っているの?」
沸点に達したマリコに比べ、穏やかなラーラが聞く。
紅茶カップに溜息をつきながらリラが答える。
「海の王国の王妃様になれるんだ、すごいじゃないか。って言うの。」
グサッ、マリコがケーキにフォークを突き刺す音だ。
「確かに豪華な生活ができるでしょうけど、そうじゃないよね。」
ラーラも思うとこがあるのだろう、リラの気持ちがわかるらしい。
靴職人の自分では恋人に贅沢もさせてやれないが、王様は違うと思ってしまったのか。
それで他の女に目がいってしまったのか、それでも許せないけど!
マリコのケーキにフォークで突き刺した穴が開いていく。
「でもね、ヴィットリオ様もちょっと。」
「え!?」
「魚人属って奥さんがたくさんいる種族が多いの、それがイヤでお祖母ちゃんはお祖父ちゃんと結婚したんだって。」
ええ!!男って!
「お祖母ちゃん海の王国のお姫様だったんでしょ?」
そうは見えないけどね、ごく普通のおばさんだったわ、とラーラが言う。
「王族でも端っこの方じゃない?
駆け落ちじゃなくちゃんと結婚したって言ってたもの。
このケーキ美味しい、やっぱり旬のものが一番ね。」
「えー、じゃちょっと味見したい。」
リラとラーラがケーキの交換をしている、悲壮な話をしているように見えない。
フォークを握りつぶしそうなマリコがリラに聞く。
「リラはこの後どうするつもり?」
「まずはボブの気持ちを確かめたい。でもヴィットリオ様諦めてくれるかなぁ。
マリコちゃんは王妃様なのに悩みなさそうでいいわ。」
「何言っているの、ギルバートだって昔は後宮あったもの!」
女は男の過去の汚点は忘れない。しかも思い出すたびに怒りを再燃させる。
「私知っている、竜王様の後宮って有名だったもの。」
「聞いた事ある、後宮の中でお姫様同士のバトルが凄かったって聞いた。」
あれ、ギルバートは皆性格のいい姫だって言ってなかったっけ?
細かい事まで覚えているマリコである。
「どうするんだ?」
ギルバートがヴィットリオに勧めているのは酒だ。
小さなグラスに濃い琥珀色が注がれる。
「分かっているだろう。」
「手に入れるまで諦めない、か。」
わかるよ、幸せは自力で捕まえるものだ。
「竜にとって番は唯一だ、それ以外はない。」
ギルバートがグラスを傾けて色を楽しんでいる。
「我が一族は一夫多妻も許されているが、基本は妻一人だ、特に王家の直系は後継者争いを避けるためでもある。だから妻選びは慎重にする、やっとだ、やっと辿り着いたんだ。
世界中の海を周った、絶対に手いれる、もう策は打ってある。」
ヴィットリオの笑みは黒い、わかるよと答えるギルバートの笑みも黒い。
簡単さ、男の方を潰せばいい。
「ねえ、あれ変よ、あんな美女がボブに本気になるはずないじゃない。」
ボブと美女がマリコ達のいるカフェに入って来た。
豪華なドレスの美女はボブの腕に手を回ししなだれかかっている。
椅子を引き美女を座らせると、注文をしている。
美女がボブに何か話しているが聞こえない。
気になる、マリコ達3人は聞こえる席にこっそり移動する。
カフェの店員達もボブとリラの事は知っているので協力的である。
「この町はとても素敵ね、ずっと住んでいたいわ。」
「リンダ、そうなのか。」
ボブは嬉しそうに美女の手を握る。
「でもボブには可愛い彼女かいるから、どうしようか思っているの。」
「あいつには海の王様が求婚している。」
「そうね、海の王族の直系は王妃一人を愛すって聞いたわ。その為に王妃を探して世界中の海を周っているんですって、ロマンチックね。」
マリコの耳がダンボになっている、なんですって、ギルバートみたいに他に女がいるんじゃないんだ。
リラを見ると、あきらかにホッとして頬を染めている
ギルバートも1000年、番を探していた、ということは思い出したりしないマリコである。
「海の王様もあんなののどこがいいんだろう、仕方なく付き合ってたけど、どこもかしこも普通だよ。」
ボブが口を滑らす。
「なんですってーー!!!!」
立ちあがったのはマリコだ、驚くボブの襟首を掴むと引きずって来る。
火事場の馬鹿力というやつだ。
「ほら、リラ打ちのめしてやりなさい!」
リラはショックで泣くばかりだ。
ラーラが慰めているが、声も出さずに泣いている。
ガーン!マリコのグーパンチがボブの顔にはいってボブがよろけ落ちる。
「女の敵!!!」
マリコが手が痛い、とヒラヒラ振っている。
パチパチパチ!
美女が大きな拍手をしている。
「本気で惚れちゃいそう!」
マリコがきょとんと美女を見る。
「私はリンダ、海の王直属の諜報部員なの。あの男の実情を探っていたの。
すぐに王がいらっしゃるわ。
うちの王様はダメかしら?
真面目で誠実よ、イケメンだし私が保障するわ。」
リラは泣き止んでリンダを見る。
「貴方は有能なように見えるわ、その貴方が仕える人なの?」
「王として尊敬できる人です。」
「貴方を信じるわ。」
プロポーズが成功したのはリンダだった。
すぐにやって来たヴィットリオの求婚をリサは受け、婚約が成り立った。
結婚式の参列を約束してギルバートとマリコは王都に向かった、旅行も終わりである。
「ヴィットリオは独り身でずっと奥さんを探していたのに、ギルバートは後宮の女達と遊んでた!」
思い出したようにマリコが竜のギルバートの背中で怒っている。
「暴れるな、マリコ落ちるから。悪かったよ、動かないでくれ。」
「簡単に悪かったなんて言って、真剣さがない!」
じゃどうすればいいのか、マリコにもギルバートにもわからない。
ギルバートはマリコが落ちないように魔法をかけるが気が気でない。
マリコはギルバートをポカポカ叩いているが、竜の鱗には全然響かない。
旅が終わり、ありふれたギルバートの日常が戻って来た。




