孵化してからが大変です
「音程がずれてますね。」
「それは認める、そこが可愛いんじゃないか。」
言わずと知れたアレクセイとギルバートの会話である。
執務室の窓から、庭で卵に歌っているマリコの歌が聞こえる。
距離があるので普通は聞こえないのだが、ギルバートとアレクセイには聞く事ができる。
「ギルバート様、アレクセイ様まずはこちらの決済をお願いします。」
宰相は関係なく書類をつきだす。
慣れとは怖ろしい、もう少ししたら我慢できずにマリコの所にギルバートが行くだろうということも分かっている。
アレクセイは何年か前から執務に従事している、それは公然の事となっており、同じように王家の記憶のあるギルバートも子供の頃からそうであったらしい。
「ジョシュアがすねているな。」
「母上がシンシアに掛かりきりですからね、寂しいのでしょう。」
シンシアの名前はすっかり定着してしまった、アレクセイが名付けたことになる。
魔法をつかっても孵化するまで男女がわからないため、名前は孵化後に付ける、ギルバートもそのつもりでいたが、アレクセイに先を越されてしまった。
男の子だったら付けなおすか、ぐらいの気持ちだ。
「仕事が終わったら、少しジョシュアを遊んであげますよ。」
ギルバートでなくアレクセイの言葉である、それは父親の仕事だろうと思うが今さらである。
ギルバートは仕事が終わるとマリコのところに行く、そこに卵があるのはおまけだ、皆が知っている。
だからジョシュアはアレクセイが大好きである、シンシアもそうなるだろう、アレクセイは幸せである。
「兄上ー!」
アレクセイを見つけたジョシュアが駆けていく。
「仕事が終わったから遊んでやろう、何がいいかな。」
「兄上が作ったゲームがいいです!
でも卵が見たいです、孵化しそうなんです。」
「ジョシュアがそう言うんだけど、全然わからないの。ひびもわれてないし。」
マリコが卵をなでながらアレクセイに言う。
卵のシンシアは出産から3年が経っていたが孵化する様子はみられなかった。
アレクセイが卵に手をあてて話しかけた。
「シンシア、早く出ておいで待っているよ。」
卵に亀裂が入りあっという間に割れた。
「おにいちゃまーー!!」
そこには小さな女の子がいた。
アレクセイは自分の上着を着せると抱き上げた。
「アレクセイだよ、シンシア待っていたよ。」
「シンチアちゃんとおにいちゃまの声聞こえていたよ。ちゃんと魔法の言葉聞いてたの。」
それはアレクセイが卵のシンシアに繰り返し語りかけた魅了の魔法を抑える呪文の言葉だ。
シンシアからは魅了の魔法は感じられない、自分で抑えているようだ。
「偉いね、シンシアは魔法ができるまで卵の中にいたのだね。」
すぐにギルバートや王宮の者がやってきた。
「卵が孵化したと聞いた、元気か!?」
マリコと一緒に医師の診察を受けたシンシアはピンクのドレスを着ている。
ギルバートはマリコからシンシアを受け取りマリコの頬にキスをする。
「王家で初めての王女だ、マリコよくやったな。」
「初めて!?」
驚くマリコにギルバートがそうだと答える。
「シンシア、会いたかったよ。父のギルバートだ。」
ギルバートはシンシアを抱きしめて柔らかさを堪能する。
「おとうちゃま、おかあちゃま。」
きゃっと笑うシンシアは魅了の魔法がなくとも無敵であった。
デロデロアマアマの父親がここにいる、マリコは感じ取っていた。
「シンシア、ジョシュアだよ。」
下から存在をアピールするのはジョシュアである。
「じょちゅあおにいちゃま、あれくちぇいおにいちゃま。」
アレクセイはギルバートからシンシアを受け取るとソファに座った、横にはジョシュアが座る。
「シンシアは可愛いね、ドレスを作らねばならない。デザイナーを呼ぼう。」
といいながら、マリコを膝に乗せるギルバート。
すぐに大きくなるからと10年分ぐらいを用意するに違いない、アブナイ、アブナイ。
シンシアが気になるがアレクセイがいるから大丈夫だろうとマリコはギルバートの相手をする。
娘に番を取られたがごとく番の匂いを確認にしている。
娘にはアマアマだが、番は別格であった。
シンシアはアレクセイの膝の上でアレクセイにしがみ付いている。
「あれくちぇいおにいちゃま、しんちあのだから!」
「兄上は僕とシンシアの兄上だよ。」
ソファでシンシアがジョシュアにケンカを売っている、アレクセイの取り合いである。
ジョシュアはケンカにのったりしないが、苦笑している。
怖ろしい小姑が生まれた。
あれはきっとアレクセイに彼女ができたら追い出しにかかるな、マリコは横目でソファを見る。
うっとおしい程しつこいギルバート、あの娘は間違いなくギルバートの血だ、きっとしつこい。
妹に負けない彼女ができるといいね、と願うしかないマリコであった。