幸せの小さな足音
また来た。
ギルバートが執務中にもかかわらず、マリコの様子を見にやって来る。
しかも、本日4度目である、心配でしかたないんだろう。
ギルバートが4回、アレクセイが2回、ジョシュアはべったりへばりついている。
マリコはベッドで横になってタヌキ寝入りをしている。
ギルバートもアレクセイも来る度に魔法を与えて帰って行く。
ジョシュアは二人程魔力はないのに、小さい手で魔法をくれようとする。
小さな手がマリコの額や肩を撫でて呪文を唱えている。
その部分がほんのり温かくなるが、心はもっと暖かくなる。
「ありがとう、ジョシュア。」
マリコがベッドから起き上がりジョシュアの手を握る。
「母上には魔法がないのに、僕いっぱい取っちゃったって。」
「ジョシュア。」
「僕知らないの、覚えてないの。母上が命くれたのに。」
誰も言わないのに、どこからか耳に入ったのか、覚えてないという記憶があるのか、小さな身体でマリコを守ろうとしている。
「ジョシュアが生まれてくれた事が何より嬉しいのよ。」
マリコに抱きしめられたジョシュアが笑顔になる。
世界中のお母さんが同じ事思ってるよ、生まれてきてくれてありがとうって。
頑張ろうなんて思わないのに、子供がいると頑張っているんだよね。幸せってこういう事なんだな、って思う。
「ジョシュアやアレクセイやギルバートがいっぱい魔法くれたから、元気になってきた!」
「母上、本当に?」
「だから一緒に散歩行こうか。」
うんうん、と頷くジョシュアと手をつないで庭園の花壇に向かう。
ジョシュアの手が熱くなったと思うと黄金竜に変化した。
その視線の先には黒い何かがいる、うずくまっているように見える。
何かが動いた、それは魔法で駆けつけてきたアレクセイだった。
アレクセイが目の前に現れると同時に黒い何かはアレクセイの魔法で弾き飛ばされた。
「母上、大丈夫ですか、あいつらは父上のところに飛ばしました。父上が処理しているでしょう。
よく気づいて連絡してきたな!偉いぞジョシュア!母上を守ったな。」
人型に戻ったジョシュアがアレクセイに抱きついた。
「兄上、怖かったよ!」
「頑張ったな、偉かったな!」
直ぐにギルバートもやって来て、ジョシュアとアレクセイを誉めちぎり始めた。
ジョシュアにいたっては英雄なみの評価をしている。
4歳児は有頂天だ、俺は男だ、状態である。
ギルバートとアレクセイが執務室で話している。
「マリコの目の前で処理しないでよかったよ、胎教に悪いからな。
あいつらは最近増えた意思を無くした奴らだった。」
「王宮の奥にまで来るとは、かなりの術者がいたようでしたが。」
空気がおかしくなっている事には気づいていた。
誰も気がつかない程度であるが、ギルバートとアレクセイにはわかっていた。
ほんの僅かな数だが、ギルバートとアレクセイように気づきはしなくとも影響を受けるものがいるのだ。
それが、マリコの周りが濃くなっていることも。
ジョシュアが影響されないのは、黄金竜だからか、大物だからか、幼児だからかはわからない。
「女の子かもしれないな。」
「やっと第一希望がきましたね!」
「アレクセイ、王家の記憶のあるお前ならわかっていよう。」
当然です、とアレクセイが首を振る。
「王家に女の子が生まれたことはありません。」
「生まれながらに魅了の魔法を持っているのだろうな。」
それしか考えられないとギルバートが言う。
「希少魔法ですよ!
番を騙る偽者も出てきそうですね。」
嫁にはやりませんがね!とアレクセイが言う。
魅了の魔法、伝説でしか存在しない魔法で誰も使える者はいない。
そう考えざるを得ないマリコの周りの空気なのである。
「男の子にしろ、女の子にしろ魅了の魔法は自分で制御出来るようになるまで私が抑える。」
ギルバートが竜王らしいことを言う。
その前に父上が魅了されるでしょう、とアレクセイは思うが自分もそうなるのはわかっているので言葉にださない。
「マリコに影響が出るから妊娠中は魔法をかけられないが、魅了を抑えたら今の騒ぎも落ち着くだろう。」
ところで、産着はピンクにしませんか、と既に魅了されているアレクセイが言うと、
マリコもピンクにしてお揃いにしよう、とマリコに魅了されているギルバートが答える。
ギルバートが寝室に戻ると、勇者になったはずの幼児が母親の横で寝ていた。
ギルバートはジョシュアを抱き上げるとジョシュアの部屋のベッドに連れて行き、マリコの横に横たわる。
雄竜の心はとても狭い。
不穏な気配を残したままマリコの出産日が来た。
ジョシュアの事があるのでギルバートはピリピリしている。
「父上、母上が不安になります、抑えてください。」
ジョシュアの手をひいたアレクセイがギルバートに声をかける。
「そうだな、お前達も心配だよな、すまなかった。」
ギルバートが子供達に笑いかけ、やっと部屋の空気が和んだ。
やはり卵からは出産の様子がないが、ジョシュアの時のようにマリコが弱ってきた。
ギルバートがマリコに魔法を与えながら付添い、アレクセイとジョシュアが部屋から出た。
「ギルバート。」
「なんだい、マリコ。」
「手を離さないでね。」
「もちろんだとも、ずっと側にいるからね。」
やはり難産になり、卵が産まれた時にはマリコの力は尽きかけていた。
ジョシュアの経験があるので、医師達が出血を止めるのも早く大事にはいたらなかったが、ギルバートの顔は悲壮だ。
ギルバートは卵に魔法の幕を張るとアレクセイに手渡し、マリコから離れない。
マリコ、マリコと呼びかけるがマリコの意識はない。
しっかり命の鼓動はしているので、前回ほどの大騒ぎはしていないが騒いでいる。
卵を渡されたアレクセイは直ぐに魔法を分け与えながら、膝の上にジョシュアを抱き、そのジョシュアが背をアレクセイにもたれながら卵を抱くという光景でソファに座っている。
オタマジャクシの粘膜の時のような魔法を外に出さない、見えない幕が卵に張られている。
他の人には感知できないがアレクセイにはわかる、そして父がこれを準備していた事もわかる。
「兄上、薄いピンク色、綺麗な卵だね。こんな色の卵初めてみる。」
ジョシュアがアレクセイを見上げて微笑む。
竜の卵は白色であり、まれに斑模様の卵が生まれるが竜本体も斑模様がでる。
アレクセイとジョシュアは黄金竜なので白色だったが、金色のオーラが出ていたらしい。
ジョシュアの卵に添えられ手も魔法を与えている。
「シンシアだよ、ジョシュアはお兄さんになったんだからね。」
シンシアは女の子の名前だ、卵が孵化するまで性別はわからないが、アレクセイの意志は固い。