ラズベリーの森
「まさか僕がラズベリーに釣られて一緒に行くと思ったのですか?母上ではあるまいし。
そんな事で邪魔しないでください、実験中なんですから。」
ギルバートにも冷たいアレクセイである。
朝から誘いに来たマリコも冷たくあしらわれている。
「母上が湖の離宮に行くとか、ラズベリーの森に行くとか言い回ってましたよ。
楽しみなんでしょう、良かったですね父上。
明日の朝議は重要案件はありませんので、僕が進めておきますから、こちらに戻るのはゆっくりで大丈夫です。
妹、お願いしますね。」
5歳児が父親に言う言葉ではない。
「弟でもいいだろう?」
答える父親はやる気満々である。
「第一希望は妹ですが、第二希望は弟ですよ。」
まるで志望校のようだ。
「母上ならその前に犬か猫でも拾ってきそうですね。」
「蛇はもう捨てた。」
ギルバートの言葉にアレクセイは、既に拾ってたのですか、と思うしかなかった。
黄金竜の飛行ならさほどの時間をかけることなく、離宮に着いた。
まだ陽は高い、マリコは既にラズベリーの採集体制になっている。
「早く、早く、陽が落ちてしまうよ。」
「待って、ここまで飛んできたのです。水分を取らないと。」
長距離飛行したギルバートはマリコに水分を取らせようとマリコを追いかけている。
二度と熱中症などにならせる訳にいかない。
「ありがとう。」
カップを受け取るマリコもギルバートが心配しているのは解っている。
「ギルバートこそ仕事の後にここまで飛んで疲れているんだから気をつけなくっちゃ。」
はい、半分ねとカップをギルバートに渡す。
本体が竜のギルバートにとって、マリコと体力が全然違うが嬉しそうにカップを受け取る。
しかも、たまには疲れた振りもいいかもと思っている。
マリコは甘えるタイプではないらしい、では自分が甘えればいいのだ。
「ギルバート、ラズベリーを摘みに行こう、森に案内してね。
ラズベリー摘みなんて初めて!」
「私も初めてだ、ラズベリーどころか、全ては農作物のくくりで、生産量とか天候とかしか気にしたことなかった。」
どちらともなく笑い声が漏れる、アハハハ。
「確かに、ギルバートにラズベリー摘みって想像できないね、アレクセイが想像できないのと同じね。」
「アレクセイは私の子供の頃にそっくりだな、いやもっと会話がなかったな。」
え?とマリコが目を見張る。
アレクセイよりも会話がない、って頭のできは良かったのだから凄い嫌みなヤツだったって事よね。
「マリコはアレクセイが卵の時に毎日話しかけていたろう。竜の母親はそんなことしない。抱卵しない親もいるぐらいだ。
竜は強いから自分で生まれる事ができる。」
「ギルバートのお母さんは?」
「王妃だからね、王子の私は大事にされたよ。
王家の記憶があるというのは、子供時代が無いことなんだよ。」
「子供時代がないなんて思ってるだけよ。
アレクセイはあんなに可愛いのよ。
ギルバートも絶対可愛かったわ!」
きっと鼻血がでそうな程に可愛いに違いない、マリコの鼻息が荒い。
「ああ、アレクセイはとても可愛いからな。」
親バカがここにいる。
「今は陽が落ちる前にラズベリーよ!」
わかった、と言いながらギルバートがマリコを抱き上げ歩く速度を上げる。
森と草原が接した辺りがラズベリーの自生地である。
「ねえ、ギルバート、全然実になってない。花が落ちたぐらいで実が小さくて色づいてない。」
「今年は日照りが少なかったから遅れているのだね。」
マリコがギルバートの手を取ると歩き出した。
「きっと日当たりのいいところだと実がなっているかも。一緒に探そう。」
ギルバートはラズベリーなどどうでもいいが、マリコと手を繋いで歩くのは大賛成だ。
森の中はマリコが木の根っこに足を引っかける等のハプニングがありギルバートをとても満足させた。
「ギルバート見て見て!あそこの陽だまりに赤い色が見える。」
待望のラズベリーが熟した実を成らしていた。
マリコは一つ積むとパクと口に入れた。
「マリコ、洗ってない。」
心配するギルバートの口にもマリコがラズベリーを入れた。
甘いより酸っぱさが強いが、マリコに食べさせてもらうのは楽しい。
ギルバートがマリコの指に着いたラズベリーの滴を舐め始め、さすがのマリコもわかった。
ガーン!!
ギルバートがマリコに蹴りあげられる。
「こんなところで変なことしないで!」
「ここには二人だけだよ、マリコ。」
雄竜のしつこさは身に染みて知っているマリコ。
おかしい、何故にこうなった、いや今更だ、マリコの知るギルバートはいつもこうだった。
皆が昔のギルバートは笑い声を出すことはなかったと言う、マリコの知らないギルバート。
これから1000年一緒にいたら、昔のギルバートは、と言う人はいなくなるかな、笑顔のギルバートしか記憶になくなるかな。
私が変えたんじゃない、ギルバートが変わろうとしたんだ。
ギルバートの笑顔を見て周りが喜んでいるのが嬉しい、周りも笑顔になるのが嬉しい。
「でも、ここではダメーー!!」