趣味の時間
温かな光さす図書室でマリコは一人画集を見ていた。
この世界に来て7年になる、アレクセイも5歳になった。
益々生意気で、マリコにかまってくれない。
ギルバートはかまいすぎるが。
新しい刺繍の図案を探しているのだ。
暇なマリコがいろいろ覚えた事の一つに刺繍がある。
マリコの母が手芸を趣味にしていたので、刺繍には親近感があることもあり、すっかりはまってしまった。
マリコは元の世界ではヴァイオリンが趣味だった、運動の苦手なマリコらしい趣味である。
マリコの母親はマリコを幼児期ヴァイオリンメソードに入れた時期があり、受験が終わった後に再開したのだ。
上手い下手ではなく、ヴィオリンを奏でるのが楽しいのだ。
そのヴァイオリンはこの前の誕生日にアレクセイが魔法で作ってプレゼントしてくれた。
マリコの記憶で知っていたらしい。
もちろん上質な音まで期待できないが、マリコの喜びは大きくギルバートはアレクセイに対抗すべくプレゼント攻勢が続いている。
アレクセイはマリコの記憶でみた世界への興味が深く、いろいろ作っているようだ。電気を作りたいらしいが、上手くいかないらしい。
マリコの母はクロスステッチで風景画を刺していて、点描画のような作品は季節ごとに入れ替えて飾っていた。
図案として使えそうな絵を探しながら、母のことを思い出していた。
「元気にしているかな。」
突然いなくなった娘、あっちの世界で自分が行方不明か死亡したのかはわからない。
だが、自分が母となって子供を案じる気持ちは痛いほどにわかる。
もう会えないから、せめてここでがんばろう、伝えることはできないけど元気だよって。
「どうされました、ぼんやりして。」
アレクセイだ。
静かな図書室に足音が響いている。
「おやつに来ないと侍女たちが心配してましたよ。」
「あれ、もうそんな時間?」
「アレクセイも一緒に食べようよ。」
「僕は勉強がありますから少しだけですよ。」
仕方がありませんね、と言う。
心配して探しにきてくれたのだ、かわいいヤツとマリコは思っている。
また危ない事になってなくてよかった、とアレクセイは思っている。
父の気持ちがわかる、母は目が離せない。
母の行動は予想外だ、そして度胸がある。
父は賢王として2000年余り統治をしてきた、他に心乱れることがないから常に冷静に判断してきた。
王家の記憶を持って生まれてくると全てに超越した能力になるが、対等になる者などいない。
僕には同じ能力の父がいるが、父は3000年一人であったと言わざるを得ない。
周りにいた者は先に死んでいき、何人も見送ったろう、2代、3代とあったかもしない。
母は父の為にこの世界に来たのだ。
母ならばどこででも生きていけるだろう、だが父は母でないとだめなのだ。
「アレクセイー。プリンだよーー。食べよう!」
プリンぐらいで嬉しそうに笑ってお手軽な母だ。
僕にも父にもそういうものが欠けている。
「まーた難しい事考えているでしょ、知識も必要だけど休養も必要ね。」
「何しているんですか?母上」
「え、アレクセイのバニラアイスも美味しそうだもの、私のイチゴアイスと半分トレードね。」
許可なく勝手にプリンに添えてあるアイスを分けている。
「アレクセイ、ここは子供らしく、やだー僕のアイス、って言うのよ。」
「恥ずかしくって言えませんよ、子供じゃあるまいし。」
「5歳は子供です!!」
まったくどっちが子供だか、母には勝てない。
あはは、と声がでる。
同じ能力があっても僕は父の足元にも及ばない、経験が違う。
その父が母にはひれ伏すのだ、僕などが勝てる相手ではない。
「イチゴアイスも美味しいですね。」
「でしょ、一人で食べるより分け合う方が倍以上美味しいのよ。」
「さっきは画集を見ていたようですが。」
「次の刺繍の図案を探していたの、見ているだけで楽しかった。」
「この前刺していたのは出来上がったんですか、早いですね。父上がまた天才だと騒ぎますよ。」
「まったく、ギルバートたら大げさよね!」
ウフフと頬染めて笑う母はかわいらしい、父が大騒ぎするはずだ。
「僕はそろそろ行きます。ご馳走様でした。」
母にギュッと抱きしめられた。
「探しに来てくれてありがとう。」
「行き倒れていたら大変ですからね。」
僕の趣味は母の観察である。
見ていて飽きない。
まるで普通の5歳児のような自分に少し呆れている。
マリコは月の輝くテラスでヴィオリンを弾いていた、気持ちはソリストである。
観客はギルバート、大賛辞のオンパレードである。
2000年以上笑い声を出したことのない王様でさえ、番と一緒ならばこんなに笑うのである。
「明日は湖の近くの離宮で弾いて欲しい。」
1人で100人分ぐらいの拍手をしながら、ギルバートがおねだりしている。
「えー、あそこ遠いんだもん。」
「あの近くにはラズベリーが生ってる森があるんだ、仕事を早めに終わらせて夕方に行けば森に行けるよ。」
「行きたい!
摘んだらシェフにラズベリーパイを作ってもらうの。」
ヴァイオリンをサイドテーブルに置いて、カウチに座るギルバートの隣にマリコが腰かける。
「演奏しているマリコは月の女神の様だった。」
言い過ぎであるが、本人はいたって真剣である。
「ギルバートの趣味って何?」
「趣味、ないですね。何でも出来ますから趣味として続かないのです。」
何とも嫌みなヤツであるが、金髪のイケメンがアンニュイな姿は様になっている。どこまでも嫌みなヤツだ。
「興味がないんですよ、3000年仕事してたきた、それだけです。」
今は違います、マリコの観察が趣味です!と心の中で強く付け足す。
やはり親子だ。
ただしギルバートの場合は、マリコが生き甲斐で、観察が趣味、匂いを嗅ぐのが大好き、重度のストーカーである。




