アレクセイの悩み
母は異世界人である、僕は竜と異世界人間のハーフであるが、母の要素はまるで入っていない。
見かけも父そっくりであり、王家の知識も能力も引き継いで生まれている。
黄金竜が僕の本来の姿で、きっと父と同じだけ寿命があるだろう。
だが僕が母から受け継いだものがある、それは母の記憶。
異世界の記憶だ、新幹線も自動車もテレビもエアコンも理解できる。
問題は電気の発電方法だとか、電池の作り方を母は知らないことだ。
パソコンがあれば調べるのにと思ってしまう。
母はそういうものには興味も知識もなかったみたいで、利便性を享受しているだけだった。
そこが僕は知りたいのに、役にたたない母である。
そして引き籠りの母は今日も絵を描いている。
マンガだ、父には理解できないらしい。
侍女も宰相も誰も理解できない、僕は母の記憶でわかるが、はっきり言って下手くそである。
登場人物が全員同じ顔だし、ストーリーもない。背景もない。
妹ができたら僕が育てようと思っている。
母には子育てを安心して任せられない。
「アレクセイお勉強終わったの?」
あーそーぼ、と母が来る。
「母上は勉強しないんですか?」
「何の?」
キョトンとしているが、湖畔地方では用意しておいた前知識の資料を読まずに行ったために、大変な目にあったろうに。
「母上は王妃ですよね。王妃が国の事知らないではすまないでしょ。」
「ギルバートもアレクセイも王家の記憶とかいって、最初から頭の中にあってずるい。」
どこから見ても親と子の立場が逆転している。
「ふー、参ったー。」
庭園の花壇の中でマリコは絵を描いていた。
我が息子ながら、あの頭のかたさには負ける。
「真面目すぎる。」
真面目はいいことだ、だが程度があるだろう。
日差しが暑い、竜は硬い鱗でおおわれているので日焼けはしないようだ。
羨ましい限りである。
虫除け、日焼けを避けるためにマリコは長袖、ロングドレスである。横に置いたジュースを飲みながら一心に絵を描いている。
その後は木陰に移動してお昼寝コースの日課である。
そして熱中症になった。
「熱中症?」
竜も獣人も、熱中症にはならない。
ギルバートがつらそうなマリコを支えながらソファに座る。
「はい。」
冷たいレモン水を差し出したのはアレクセイだ。
「塩分も入れてありますから、しっかり水分を取ってください。
父上、身体を冷やすといいのです。」
そうか、そうかと甲斐甲斐しく世話をやいているギルバート。
「ありがとうギルバート、頭が痛いの、吐き気がするの。」
「可哀想に。」
ギルバートがうっとりとマリコを見ている。
「なんて儚げに微笑むんだ、辛いんだねマリコ。」
聞いているマリコもアレクセイもビックリしている。
え?私?儚げ?
番を視る雄竜の眼は腐っているのではないらしい、歪んでいるのだ。
さすがにマリコも反省した、もう少しギルバートに優しくしてあげよう。
こんなに大事にしてくれる夫はなかなかいない。
「ギルバート。」
マリコの声のトーンが高い。
「マリコ!」
いつも地に這うような低いトーンに慣れているギルバートは飛び上がった。
「熱が頭まで回ったのか!!」
ギルバートは失敗した。
「何よ!
優しくしようとした私は変なの!?」
マリコがボロボロ泣き出した。
黄金竜のギルバートは真っ青竜になっている。
そうだ、後宮の女達は欲しい物があると声のトーンが高かった。
「マリコ、何か欲しい物はないのか?
新しいドレスはどうだ?」
「どうしてそんな事言うの?」
マリコの声は地を這うよりに低い。
「いや、その、あの。」
ギルバートはさらに失敗した。
「誰と比べているの!!!」
ギルバートがマリコに蹴りあげられた。
「痛い!!!!」
竜のギルバートはびくともしないが、マリコが蹴った足の痛みにうずくまる。
「マリコ!!」
「触らないで!!」
マリコが言った時にはギルバートはマリコを抱き抱え、ベッドに向かっていた。
「医者だ、マリコの可愛い足が腫れている!」
勝手にやってくれ、とばかりにアレクセイは匙を投げて部屋を出ていった。
あれはあれで仲がいいのだ。
母は一度頭を打つぐらいがいいかもしれない。
科学の授業でコイル電池の実験をしたはずなのだ。
全く覚えていない母は、それぐらいでないと思い出さないだろう。