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「勇者の魂よ、その猛き肉体に戻り甦れ。」
「蘇生魔法、リソシテーション!」
魔王討伐の旅に出て、幾度も経験した死。
何故だろうか、蘇生後には決まって何かを大事なことを忘れているような。
ようやく見つけ出した宝物を失ったような、喪失感に襲われるのだ。
そんな俺の顔を、僧侶が心配そうに覗き込む。
「御加減は如何ですか?勇者様?」
幼さを残しつつも、整った顔立ち。
俺たちのパーティーの回復役、死したものすら蘇らせる奇跡の魔法。
若くして蘇生魔法を扱う、僧侶の顔だ。
「そんなにジッと見つめないでください。恥ずかしいじゃないですか」
僧侶の頬が、ほんの少しだけ赤く染まる。
彼女の言葉を無視し、俺は彼女をまじまじと見つめる。
愛おしい笑顔と共にあるのは自信、誇り、達成感。
死を克服せしめた、自身の魔法に起因するものであろうか。
そんな彼女の笑顔が、謎の喪失感に戸惑う俺の、まるで胸にぽっかり空いた穴を埋めてくれるようだ。
「ありがとう、僧侶。すまないが、肩を貸してもらえるか?」
「ええ、もちろんです!」
彼女の支えで、上体を起こす。
視線を右に移すと、パーティーメンバーの戦士がイシシッと嫌らしく笑っている。
「女の子に肩を貸してもらえるだなんて、勇者様の役得だねえ。うらやましい!」
俺は戦士の戯言を無視し、僧侶の助けを得て立ち上がる。
「ん?」
「どうかしましたか、勇者様」
「僧侶、少し腕が太くなったか?」
「こら、勇者。女の子に対して何てこと言うの!」
俺たち4人パーティーの、もう一人の女の子。
魔法使いが、こちらを鬼の形相で睨みつけている。
「謝りなさい勇者!」
「す、すまなかった……」
「いえいえ、謝る必要はありませんよ勇者様。私たちは、魔王討伐を運命づけられた身」
「多少、腕が太くなったぐらい何ともないですよ」
そう言って彼女は、笑顔を崩さず俺を許してくれた。
海のより深く山より高い、僧侶の心の広さに、俺はついつい甘えてしまうのだ。
対して、俺のデリカシーのなさよ。ついつい、思ったことをそのまま口に出してしまう。
これは、若さゆえの過ちなのだろうか。
もしそうであるのなら、俺は俺自身の幼さを呪いたくなる。
「やっぱ、長く厳しい旅だからな。そら多少は筋肉もつくだろ」
俺の、苦悶の表情に気づいてか戦士がフォローを入れてくれる。
しかし、果たしてそれはフォローになっているのかという疑問は拭えない。
「いや、触れた感じだと、旅の中で身につくレベルの筋肉ではないな」
魔法使いが、再び睨みつけてくる。
またやってしまった。これは一朝一夕で治る性分ではないな。
長期的に矯正をしていく必要がありそうだ。
だが、しかし現状にそんな余裕はない。いますぐに話題を変えねば、俺は魔法使いに地獄の業火で焼かれてしまうかもしれない。
魔法使いの表情が、俺の予想を裏付けるように刻一刻と険しくなってきている。
「じゃあ、どういうレベルなんだ?」
戦士が、話に乗ってきてしまった。彼には、魔法使いの怒りのオーラが見えないのだろうか。
俺は彼の事を見誤っていたようだ、デリカシーのなさでは、戦士は俺の一歩上をいっている。
だがこうなっては致し方ない、デリカシーのない戦士は自身の疑問を解消するまで話題を変えることをよしとしないであろう。
ならば、なるようになれだ。魔法使いには後で確り怒られよう。
「そこいらの剣士に劣らないぐらい、引き締まっていると俺は感じた。もしかして俺たちに内緒で体を鍛えているのではないか?」
「いえ、そんなことはありませんよ?」
彼女の言葉に、嘘があるようには感じられない。
だが、俺とて戦士の端くれだ。あの張りと柔らかさをもった筋肉が、自然につくとは考えられない。
ならば、どういうことだ。彼女はどうやって、あの質のいい筋肉を身に着けたというのだ。
「嘘じゃないと思うわ」
怪訝な顔をする俺に、魔法使いが弁明のように捲し立てる。
「だって、あんたらが剣の練習をしている間は僧侶は神に祈りを捧げているし。夜だって、私と僧侶はずっと一緒にいるんだから」
「筋力トレーニングに割く時間なんて、一切ないわよ」
「あー、もしかしたらアレかも知れませんね」
アレ?あれとはいったい。
「勇者様たちが体を鍛えているのと同様に。私と魔法使いさんは、精神を鍛錬していますよね」
「うん、そうね。魔法を扱うものにとっては、自身の心の強さが何よりも重要だもの」
「そのとおりです。鍛えられた精神とは、いわば心の筋肉」
心の筋肉。
聞きなれぬ言葉に、俺は驚きの表情を隠すことができない。
いったい、この話はどこに行きつくというのだ。
「私、心の筋肉には少し自信があるんです」
「そ、それで……?」
「ここからは私の推測なんですが、おそらくそんな私の心の筋肉に引っ張られて」
「精神の器たる肉体も、引き締まったのではないでしょうか」
だめだ、何を言っているか一切わからない。
いや、これは俺が魔法を使わない戦士であるが故の無知なのかもしれない。
俺は、助けを求めるように魔法使いの方を振り向いた。
が、彼女は首を横に振る。
どうやら、魔法を扱う者達の常識というわけでもないようだ。
「心の筋肉……」
俺が、愛しい彼女の言葉を本当の意味で理解したのは。
それから半年後のことであった。