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第六話 いざ、鹿狩りに



 城で行われた祝宴からあくる日の朝。

 雨が降りそうな曇天だったが、予定通り鹿狩りが行われることになった。

 

 アンジェとダン、それを取り巻く数人の貴族達。

 そこに申し訳程度に別行動となったシオンとリコエッタの二人が鹿狩りに参加することになった。


 予定通り、城から反対側にある森の中で催され数十匹の鹿が森に放たれる。

 皆がそれを追い、森の中に入っていった。


「いましたね」

「ええ」


 リコエッタとシオンはそれぞれ二頭の馬に乗り森の中をかける。

 眼前には3匹の鹿。


 リコエッタの後続にはシオンが乗る馬が付いてくる形となった。

 木ぶかい森のなか、ぬかるむの大地を蹴って、リコエッタの馬はようようと駆ける。

 

 すでに一匹の鹿の退路はふさぎ、もう少しで捕まえられそうだと、いうときに、後方で馬が大きな泣き声があがった。リコエッタは狩りを一旦中断して、後ろを振り向く。


 すると、シオンの馬がヒヒンといななき、前足と、後ろ足を交互に動かして、あばれていた。


 馬は前足を空中に放るたびに、まるで絵画『アルプス越えのナポレオン』のように猛る。


 絵画と違うのはシオンが今にも地面にたたきつけられそうなことだった。

 シオンを気遣い、リコエッタは馬から下りて鹿追いを今度こそ止めた。

 あっという間に鹿たちが森の奥に逃げていくところを見送り、リコエッタは深くため息をついた。


「…あなた、馬に乗るの苦手なの?」

「う、歩かせるくらいは出来るのですが…」


 リコエッタは肩をすくめた。

 先日ダンとの鹿狩りの話で、彼が言い淀んだ理由がこれではと推測していた。

 そういえば自室から城門に向かう彼を見つけたときも、馬に乗っていなかったことをリコエッタは思い出した。


「はぁ・・・なら、私が馬に乗るコツを教えてあげるわ。いい?まず姿勢を整えて・・・」

 シオンは、何とか馬から落ちないよう姿勢を崩さなないようにするのに精一杯だった。


 彼の乗馬が上達するのはずいぶん先になりそうだ。


「ちゃんとしなさいよ、あなたは私の夫になりたいんでしょ。馬ぐらい乗れるようになって」


 そう言って、自分がこのやりとりを楽しんでいることにリコエッタは気付いた。





 リコエッタたちがいる森から少し離れた平原で、アンジェとダンを中心に、貴族たちが鹿狩りに勤しんでいた。


 彼らは森の傍の平原で、獲物がくるのをいまかいまかと待っていた。

 

 木々の間から、鹿の群れが飛び出し、勢いよく茂みが葉が空中に飛び散る。

 その後ろを続くように、猟犬が森から顔をだした。

 草原でも必死に鹿たちは逃げるのだが、とうとう一匹の鹿が群れから離れた。


 それを弓と矢でダンは簡単にしとめた。


 周囲では「お見事」という声とともに拍手が沸く。

 これが、彼ら上位貴族の狩りだった。

 優雅に、自分達が汗をかくことを良しとせず、下のものを動かす訓練でもある。


「こんなものか」


 ダンはちらりとアンジェを見るも、それは機嫌を損ねる結果にしかならなかった。

 アンジェは目の前で起こった狩りよりも、森の奥のシオンとリコエッタが気になっている様子だった。自分のことなど気にも留めず。


「…彼が気になりますか、アンジェ様」

「ごめんなさいダン様。ええ、お恥ずかしながら。二人が狩りがうまくいっているのか気になって」


 アンジェは慌てて見繕う。それがさらに、ダンをムッとさせた。

 周囲にいた貴族令嬢たちは、ダンの不機嫌さを察知したのかご機嫌取りを始めた。


「あまりうまくいっていないようですわ」

「シオンって人、ダン様の言うように本当に竜を倒したのかしら」

「そうよそうよ!」

 会話はほぼ、シオンを批難するものばかりで、今度はアンジェが不機嫌になる番だった。

 狩りの内容は二人しか居ないリコエッタとシオンに比べ、順調なものだったが、一帯に流れる空気は最悪なものになっていた。


 ダンは鋭い目つきで、アンジェが目で追っていた森の奥のリコエッタとシオンを探す。

 離れた場所にいたが、彼らはすぐ見つかった。

 彼らは一箇所にとどまり、何かしらをしていた。少なくとも狩りなどではない。

 シオンは馬にすら、乗っていなかったからだ。

 ダンを一安心させるのは難しいことではなかった。


 あの様子を見ればアンジェも彼に幻滅するだろう。


 シオンよりも、立場が上な自分のほうが優れているのだ。


 確かに彼は竜を打ち倒したのかも知れない。だが、それがなんだというのだ。

 自分のほうが資産に領地、貴族としての周囲の立場は上だ。

 剣の技術も大会で上位に入る。

 あんなどこぞも知れない、辺境の田舎貴族などアンジェにはふさわしくない。


(そうだ、自分こそ、アンジェに相応しいんだ)


 普段のダンなら、ここまで浅ましく、他人を見下すことはない。だが、色恋が関わってくると話は別だった。事実、ダンはシオンに嫉妬し、恨み言を心の中で吐き出す。


「ワン!ワン!!」


 自分の中で、結論を出し、ダンが胸をなでおろしていると、急に猟犬が空に向かって吠え出した。


 数分の間遠吠えは続くが、すぐに何かに怯え、まるで目に見えない捕食者から逃げるように自分達を置いて森の中に逃げていった。

 こんなことは、初めてだった。


「お、おい!!逃げるな!」


 ダンは猟犬を追うため、馬を下りて、森の中に足を踏み入れようとした。

 だが、自体は急変する。 


 直後、警鐘が辺りに鳴り響いたのだ。

 それは、戦時中に鳴らすもので、ダンは生まれて初めて警戒音を聞いた。

 不快な音で、何か、危機的状況を知らせているのだけは確かだった。


「なんだあれは」

 ざわめいていた貴族たちの一人が呟く。

 彼は、空に向かって指を刺した。


 数十羽の鳥の群れが集まって、灰色の曇り空を飛び、カァカァと声を上げている。まるで悲鳴のようで、異様な光景だった。

 彼は一箇所に集まり、黒い塊となって、空を一定の方向に進んでいる。 


 その時、黒い塊よりもはるかに大きい一匹の鳥が、滞留する雲をかき混ぜながら、姿を現した。

 鷹の頭と翼。手足と胴体はライオンの姿。

 それが、翼をはためかせ、空中に浮かんでいた。


 ダンには心あたりがあった。

 あれはグリフォンだ。

 非常に獰猛で、竜には及ばないまでもかなり危険で、出会ったら、かならず逃げるように、とダンは貴族達から聞いたことがあった。


 本来、北の火山地帯に生息し、人里に訪れない。そのはずなのだが。

 どうして、こんな所に。


 ダンはごくりとつばを飲み込んだ。


 幸いなことに、グリフォンはまだこちらに気付いてもいなかった。

 グリフォンは、先ほどまで追っていた獲物である鳥を探し出し、黒い塊となった群れに突っ込む。

 蜘蛛の子のように散り散りになる鳥たちをおうように、四方八方にグリフォンは秩序のなく飛ぶ。

 

 しかしグリフォンは少しずつではあるが、こちらに確実に向かっている。


 あっけにとられていたダンだったが、城から兵士達が現れ、騎士団の人間の、早く避難しろという叫び声で冷静になり、アンジェに声をかけた。

 

「…念のため避難しましょう。アンジェ様はこちらに」

「は、はい」


 アンジェの手を取った直後、取り巻きの貴族が叫んだ。

「こっちにくるぞ!」


ダンたちが振り返るまでもなく、大きな衝突音が辺りに響いた。

 グリフォンが空から落ちたのだ。

 じたばたと地面に体をうちつける。まるで、体に張り付いた何かをこすり付けるように。


 (なんてことだ……)


 ダンは歯を食いしばり、腰の帯剣を引き抜く。

 万が一のためにと思い持ってきたが、まさか本当に使うことになるとは、とダンの手に汗がにじみ出るのを感じた。


 グリフォンは体勢を整えてダンたちのほうに向き直る。


 眼は血走り、すでに正気ではない。

 言葉の通じぬ相手だが、このグリフォンが異様であることはその場にいた誰もが思った。

 グリフォン立ち上がると同時に、後ろの貴族たちが一目散に走り出す。


 皆悲鳴を上げ、城があるテラスに向かっていくなか、ただ一人、ダンはアンジェの前に立つ。


「アンジェ様、どうかお逃げください!」

「は、はい!」


 振り返り、走り出すアンジェだったが、貴族の一人に勢いよくぶつかられた。だが、貴族はなりふり構わず、アンジェを気にもせず、走り去っていった。 


 グキッといやな音がする。

「キャ!」


 アンジェの声で、ダンは振り向いた。最悪な状況だった。

 アンジェの高価なスカートはぬかるんだ土にまみれ、スカートの端から見える足は赤く腫れている。立ち上がれない様子だった。


「アンジェ様!!」

 アンジェ様を起き上がらせる時間はない。

 そう判断したダンは覚悟を決め、すぐさまグリフォンに向き直る。

 剣を握り締め、ダンは走り出した。

 アンジェに決して近づけまいと、グリフォンに突撃を開始する。



 グリフォンの目はダンを捉え、咆哮を上げた。





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